主に宿泊事業者向けに金融・決済ソリューションサービスを提供するJTBビジネスイノベーターズ(JBI)が、2019年3月4日、都内で宿泊イノベーションセミナーを開催した。テーマは「ポスト2020以降の宿泊ビジネストレンドとイノベーション」。訪日外国人旅行者が3000万人を超え、日本の宿泊産業にとってビジネスチャンスが拡大すると同時に、過去にはなかった問題に直面するケースも増えている。そんななか、増加する訪日外国人旅行者への対応で、宿泊事業者がすべきこととは?
セミナー当日は、シティホテルやチェーンホテル、旅館などの経営層や事業企画の責任者、インバウンドの予約担当者など約100名が来場。海外の宿泊流通に関する最新情報や国内のスタートアップ企業の事例に耳を傾けた。その内容をレポートする。
観光先進国も重視する「数より質」
「日本の宿泊業は2030年に向けどのように変化するか?」をテーマにしたパネルディスカッションでは、トリプルウィン代表取締役の朝倉博行氏、スペインで宿泊施設向けソリューションを提供するパラティ・テック代表のジーナ・マティス氏、JTB個人事業本部WEB販売部戦略統括部長の三島健氏が議論を展開。オータパブリケイションズ専務取締役経営調査室長の村上実氏がモデレーターを務めた。
パネルディスカッションの最初の議題は、「2020年以降、訪日外国人は本当に順調に成長するか」。これに対し、三島氏は「一定程度伸びる」、朝倉氏は「4000万人までは順調に伸びる」とそれぞれ回答した。ただし、「来てもらった人の満足度や、オペレーションが適切だったかという、地に足が着いた部分もきちんとしないといけない」(三島氏)や、「1泊1万円以下で泊まるお客様を呼んで6000万人を達成したとしても、弊害が出てくると思う。もっと消費してくれるお客様をいかに呼ぶか、その延長線上で数の問題が出てくる」(朝倉氏)などの持論を展開し、課題が多いことも示唆した。
2018年に観光客数が8000万人を超えた観光先進国のスペインから来日したマティス氏は、「日本が4000万人を目標にしているのは素晴らしい。しかし、4000万人に達しなくても消費額の大きな観光客が来てくれる方がよい」などと語り、「数よりも質」の重要性をあらためて強調した。
販売チャネルの変化には、データを用いたマネジメントで対応
続くテーマは「販売チャネルはどのように変化していくか」。この分野で特に造詣が深い三島氏は、「オンラインは特殊な世界ではなく、3年後には7割の人がオンラインで物事を完結させるようになるとの試算もある。オンラインファーストの世界はすぐやってくる」と前置きしたうえで、流通のあり方を再度整理する必要性を説いた。
さらに、販売チャネルの多様化に起因する一物多価が、消費者の不利益につながる可能性についても指摘。この状況を回避し、多様化する販売チャネルへ対応するには、経営の意志としてデータを用いたマネジメントの重要性を説いた。マティス氏は、スペインで近年起きている販売チャネルの大きな変化に言及。スペインでは8年前まで、ホテルはツアーオペレーターを通してしか客室を販売できなかったが、現在ではOTAの台頭とともに、多くのホテルが直販に力を入れているという。直販を増やすためにはデータに基づいた分析が必要で、「データがあればさまざまな決断ができるし、次に何をすべきかにもつながる」と、その重要性を重ねて強調した。
単純ではない外国人労働者の雇用とテクノロジーの誤解
宿泊業界の人手不足については、宿泊業者に対するコンサルティングも手がけている朝倉氏が、相談内容の多くが人手不足に関するものであると指摘。人手不足解消のために外国人労働者の雇用に注目が集まっているが、その場合も自身の経験から「外国人は向上心の強い人が多く、3年頑張ったらどれだけステップアップできるか、と率直に聞いてくる。それに対応できる人事制度がないとうまくいかない」と、数を補うためだけの理由で外国人労働者を雇うことの難しさを指摘した。
また、テクノロジーの活用が進まないことについては、ホテルの現場スタッフには「ただでさえ忙しいのに、よくわからないものの導入を検討する時間も余裕もない」という一種のアレルギー反応があり、経営層にも「テクノロジーの導入ですべてが解決するという誤解もある」などと述べた。
最後にモデレーターの村上氏が、「日本に何千万人のお客様が来ても、そこで働く人のESが向上しない限り宿泊業界はハッピーにならない」などと話し、ディスカッションを締めくくった。
言語の壁を取り払い、宿泊客のユーザビリティを向上させるAIスピーカーの可能性
セミナーの後半では講演会が行われ、2人のスピーカーが先進事例などを交えてプレゼンテーションを行った。最初に登壇したのは、宿泊施設にAIスピーカーを活用したソリューションを提供しているトラッドフィット代表取締役社長の戸田良樹氏。「AIスピーカーで宿泊業界にイノベーションを起こす」をテーマに、AIスピーカーの展望と自社が提供するサービスを中心に講演した。
戸田氏はまず、増加する訪日旅行者が日本で感じた課題の多くがコミュニケーションに起因するものであることを指摘。多言語対応可能なインフラ整備や人材育成支援、IT技術活用でのコミュニケーション支援など、訪日旅行者に対する柔軟な受け入れ態勢を整備する必要性を訴え、AIスピーカーの導入はその一助になるとの見方を示した。ただし、AIに代表されるテクノロジーが、宿泊産業の人手不足を解決すると考えられていることについて、「我々のサービスは省人化にフォーカスしていない。AIにできることはAIに任せ、人にしかできない付加価値の高い部分は人が行うというサービス設計だ」などと話し、AI=万能という考えは誤解であると強調した。
宿泊施設がAIスピーカーを導入すると、多言語対応が可能になるだけでなく、さまざまなデータを取得することができる。これについて戸田氏は、「ユーザーがAIスピーカーに話しかけた内容によって、彼らの属性や何を知りたいかを把握できる。この情報はマーケティングやサービス改善に活用できる」とし、今後はAIスピーカーがサイトコントローラーやプロパティ・マネジメント・システム(PMS)などと連動するようになると、AIスピーカーのユーザビリティがさらに向上する点についても解説した。
OTAが台頭する中で直販を増やす際の注意点はコスト
講演会の第2部では、パネルディスカッションで直販の重要性を訴えたマティス氏が登壇し、欧州のオンライン直販の最新動向について講演した。スペインのインバウンドを取り巻く環境などについて説明した後、マティス氏が強調したのは、「インターネットのテクノロジーの発達により、生活が大きく変わり、すでに地理的な障壁はなく、いつでもどこでもオンラインで旅行や宿泊の予約と決済ができるようになった」という点。また、OTAを通しての販売が増えている事実から、流通も大きく変わっていると指摘した。
このような状況下で直販を増やすためのポイントとしては、「ネット上でのポジショニング」、「公式ウェブサイト」、「予約エンジン」、「レベニューツール」、「オンラインでの評価」の5つを挙げ、それぞれについて詳しく解説した。ただし直販を増やす上で、マティス氏は「直販コストは宿泊代金の10%以下に抑えるべき。コストがOTAに支払う手数料と同等レベルになるなら、OTAに任せた方がよい」などと注意を促した。
さらに、トリップアドバイザーに代表されるネット上でのクチコミについては、「そこで得られる情報は、オンラインマーケティング戦略に取り込むことができ、予約増にもつながる」などと力説。クチコミの活用や、顧客の期待値に沿った戦略により成功した事例を紹介した。
問い合わせ先: https://www.jtb-jbi.co.jp/inquiry/
記事:トラベルボイス企画部