京都市長に聞いてきた、新たなオーバーツーリズム対策、世界も注目する「京都モデル」とは?

世界を代表する観光都市が観光客の増え過ぎによるオーバーツーリズム問題に対峙しなくてはならない時代を迎えている。観光産業が大きな経済波及効果や雇用効果をもたらす一方で、押し寄せる観光客が地域住民や環境に負の影響をもたらす状況は、観光に関わるすべての地域・事業者にとって大きな課題だ。

そんなオーバーツーリズム問題が指摘される都市のひとつ、京都。「市民の暮らしを大切にしなければ京都が京都でなくなる。あらゆる課題に真正面から向き合って解決していく」と話す京都市長の門川大作氏に、これまでの観光政策から今後重視するポイントまで聞いてきた。

京都市は昨年11月、文化と観光で課題を解決する「観光課題解決先進都市」への方針を打ち出し、「市民生活と調和した持続可能な観光都市」の実現に向けた方向性を発表した。その重点項目には、オーバーツーズムから発生する3つの課題への対応として、これまでの方針から大きく転換した内容が盛り込まれた。また、昨年12月に開催された「国連世界観光機関(UNWTO)/ユネスコ観光と文化をテーマとした国際会議」では、これまでの京都市の取り組みが「京都モデル」として活用を推進するよう、会議の「観光・文化京都宣言」に明記されている。

市民の安心安全・文化の継承を重視、宿泊施設は「お断り」も

京都市が昨年11月に発表した「『市民生活との調和を最重要視した持続可能な観光都市』の実現に向けた基本指針と具体的方策について」(中間とりまとめ)は、これまでの成果と今の課題を再検証し、観光政策の深化、または転換を図ろうというもの。そこで定めた3つの柱が(1)混雑、(2)宿泊施設の急増、(3)観光客のマナー違反、への対応だ。50の事業で、市民生活と観光の調和に向けた課題解決を重点的に行なっていく。

「市民生活との調和を最重要視した持続可能な観光都市」の実現に向けた基本指針と具体的方策について(中間とりまとめ)より

とりわけ象徴的なのが、(2)宿泊施設の急増に対する方針転換。市民の安心・安全、地域文化の継承を重要視しない宿泊施設の参入は「お断り」を宣言し、これまでの宿泊施設の誘致施策から大きく舵を切ったのだ。これは、想定を超えたスピードで宿泊施設が急増したことによるという。

かつて、京都市への旅行者は日帰り客が多く、宿泊施設を充実させることは大きな課題の一つだった。そこで2016年に当時の約3万室から2020年までに4万室へ増やす方針を掲げたが、わずか3年後の2019年3月には約4.6万室まで増加。この間に、旅館業法上の宿泊施設のひとつ「簡易宿所」が急増するという想定外の事態も同時進行した。違法民泊の根絶を目指して、日本一厳しいと言われる民泊条例などで規制を行なってきたことも背景にあるとみられる。

門川市長は宿泊施設の増加が「想定よりもあまりに急激、かつ、京都駅周辺に集中している」と「お断り宣言」の理由を説明。京都市で必要性が高まっているオフィスや住宅等への対応に、「あらゆる都市計画の手法を駆使して実行する」との考えだ。

ただし、宿泊施設の増加によって、京都市の宿泊客数はこの3年間で20万人増加しており、これは観光消費額の増加や雇用創出、朝・夜観光の促進による混雑の分散化にも寄与している。今後の宿泊施設の受入では「将来を展望したより質の高い施設が大切」とし、地域との連携による文化継承や環境対策、防災、バリアフリーなどの新たな観点を含めた、質の向上を図る機会とする方針だ。

例えば昨年、北区に開業した「アマン京都」は100名の正規雇用を受け入れており、門川市長は「京都の75%を占める森林部の集落の近くに、地域の文化と伝統産業、自然を継承する宿泊施設ができるのは歓迎」と話す。他にも、ホテル近くの特別支援学校に調理スタッフを講師として派遣し、卒業生が調理スタッフとして働く例を紹介。「共生社会に文化と観光が大きな可能性を秘めている。関係者全員が喜ぶ宿泊施設を歓迎したい」と力を込める。

文化と観光の実践での変化、地域の豊かさに繋がる観光に

いまでこそ「観光混雑」で悩む京都だが、「20年前、京都観光は極めて低迷していた」(門川市長)。当時の観光客数は4000万人程度で、桜と紅葉時期以外の観光地には大きな混雑は見られなかった。当時発表された「京都市基本構想」には、課題として「産業や観光の伸び悩み」「工場や大学の流出」「文化の創造力と発信力の低下」「都市の空洞化」「風情ある街並みの喪失」が書かれていたという。

しかし現在では、京都市内の観光消費額は1.3兆円となり、市民52%の年間消費額に相当するまでに拡大。観光客数は5275万人で2015年から409万人減少したが、その多くは近隣地域からの日帰り客の減少によるもので、宿泊客数は増加。国際会議の開催件数は2013年から約2倍の348件となり、ほぼ毎日どこかで開催されている状況になった(いずれも2018年の数字)。

さらに市民生活を見れば、この10年で5万人減少すると言われた人口はほぼ横ばいを維持。雇用者数は2017年度に63.7万人となり、過去5年間で5.7万人増加した。うち、正規雇用が13%増の4.3万人で、全国平均4%増を大きく上回る状況だ。交流人口を含む人口や経済が活性化する一方で、ごみの量は5年間で半減し、エネルギー消費量はピーク時から26%削減している。

さらに犯罪の数(刑法犯認知件数)は2013年から2018年の5年間で45%減と大幅に減少し、保育所等は6年連続・学童保育は8年連続で待機児童ゼロなど、観光成長とともに生活の質の改善も図られた。日本経済新聞による「SDGs持続可能性先進度調査」でも、京都市が全国1位となっている。

門川市長は、昨年12月に開催された「国連世界観光機関(UNWTO)/ユネスコ観光と文化をテーマとした国際会議」で、これらの成果とともに、京都市が行なってきた取り組みを、観光と文化の力であらゆる社会的課題を解決する「京都モデル」として発表。会議の「観光・文化京都宣言」では、世界の観光都市が「京都モデル」の活用を推進するべきとの文言が明記された。会議の参加者によると、門川市長の講演時には、その観光成長と実績の対比に、会場を埋めた世界の観光リーダーの口々から感嘆の声が漏れたという。

京都市長・門川大作氏

四方よし、観光の恩恵をすべての関係者が感じる京都観光に

門川市長が京都市の観光政策を話すときに、必ず強調することがある。それは、「京都は観光のために作られた観光都市ではない」ということ。長い歴史と人々の暮らしの哲学や美学などから文化が継承され、それが外部から訪れる観光客から評価されている。観光ありきの都市計画ではなく、文化を基軸にした都市計画を行ない、その上で観光に力を入れる「京都モデル」を実践してきた。

そしていま、重視するのは「市民」「観光客」「事業者」「未来」の“四方よし”の持続可能な観光地マネジメントだ。「観光には強い力があるので、文化と地域の消費者になりかねない」(門川市長)と、コントロールをする必要性にも言及する。

ただし、門川市長は、京都市のオーバーツーリズムが発生しているのは「地域や市バスの一部」と話す。市内には寺社仏閣や観光スポットがそれぞれ2000以上あるが、問題となっているのはそのうち1%弱。嵐山や祇園は混雑スポットとして有名となってしまったが、それらのエリアも、10分ほど歩けば静かで趣のある場所がある。京都市ではすでに、混雑について「季節」「場所」「時間」の3点で集中を拡散する取り組みを行なっており、徐々に効果が表れ始めている。それを今後さらに拡充して加速させていくのが、今回発表した基本指針だ。

また、市バスの混雑については課題である一方で、過去20年に渡る年間数十億円の赤字から、昨年は18億円の黒字計上となった。路線も74系統から84系統に増加しており、多くの生活路線が4割の黒字路線で守られているのも事実だ。もちろん、混雑は早急に解決しなくてはいけない問題であり、門川市長も「必ず改善して解決していけると確信している」と力を込める。

市内を走る市バスの一部路線では、観光客増加による混雑で市民が利用しづらい状況に。

最後に、門川市長は観光混雑に関連した自身の体験談を話してくれた。タクシー乗車時に、運転手から「観光客を運ぶ私たちが、その地域に迷惑をかけているのではないかと、申し訳なく思っている」と話しかけられたというのだ。

門川市長は「観光の仕事をしている人が誇りを持てない迷惑産業であるように捉えられるのは、本当に悲しいこと。観光が人々の幸せと平和に貢献する産業として従事者が誇りを持てるよう、しっかりとの課題解決をしなければならない」と強調。さらに「伝達者としての観光従事者がもっと社会から評価され、適正な報酬が得られるようにならないと観光は基幹産業にならない。それが最大の課題で、今後の大きなテーマ。『観光は人なり』にも踏み込んでいきたい」と続ける。

数を追わずに質を高め、奥深い京都の本当の魅力を感じもらい、文化と市民生活が継承されて発展していく。その観光政策にブレずに徹する。観光と文化で課題を解決し、持続可能な観光都市を目指す「京都モデル」は、今後の先進事例の一つになるかもしれない。

聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫
記事:山田紀子

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