京都市長に聞いた現在と未来の観光政策とは? 混雑問題の集中打破から全国一厳しい民泊条例の背景まで、門川大作市長に聞いてきた

オーバーツーリズムを考える京都深掘り取材(連載第1回)

イギリスの旅行雑誌『Wanderlust』では「ベストシティ」部門で2年連続1位、アメリカの旅行雑誌『Travel + Leisure』 では「ワールドベストシティ」部門で7年連続トップ10入り。京都は紛れもなく世界に認められる観光都市となっている。2017年の観光客数は5362万人。宿泊客数(実人数)は1557万人、そのうち外国人宿泊数は2012年頃から急増し、2017年は353万人になった。合わせて、現地観光消費額も2016年で1兆862億円となり、目標を4年前倒しで達成した。一方で、入洛数の増加に従って、観光客の増えすぎ問題(オーバーツーリズム)という課題も顕在化してきている。

トラベルボイスでは、日本国内の観光で数歩先を歩む京都市の観光政策と課題を深掘りして取材。4回の記事で京都市が直面するオーバーツーリズムについて報告する。1回目は門川大作市長。外国人も日本人も憧れる京都観光の現在地と未来図について聞いてみた。

京都の美学がつくりだした観光都市

「京都は観光都市ではない」。

門川市長は、開口一番そう話す。京都は長い歴史の中で、モノ作りと物語作り、物質文化と精神文化が相互に刺激を与えて、街が作られてきた。茶道がなければ千家十職はなく、京舞がなければ西陣織はない。食文化が清水焼をつくりだした。京都が世界から認められるのは、「そうした歴史的背景が評価されているから」であり、「京都の人たちの暮らしの美学、生き方の哲学、そのなかから生まれる『おこしやす』のおもてなし、それを大切にしてきた結果」だと強調する。

そのうえで、観光政策とは、「街づくりのひとつ」と指摘する。

外国人旅行者へのアンケートでは、京都観光の満足度は高く、特に清潔な街並みが高く評価されているという。京都では公共施設だけでなく商業施設でも朝、周辺を掃除するのが日課になっている。門川市長は「外国人からは『京都には清掃会社がないのか』という笑い話も聞かれるが、それが暮らしの美学」と話し、「掃除が京都観光のキモかもしれない」と続けた。

「単に時流に乗らず、その土地でできることをやること」。それが、街づくりであり、同時に京都市の観光政策となっているのだ。

京都の観光について熱く語る門川市長

「人数は追わない」、求めるのは観光の質

京都市の観光客は2000年に4000万人を突破。その後、訪日外国人数の伸びもあり、右肩上がりに増加し、2014年には5500万人を超えた。それでも、門川市長は「京都市の方針は数を追わず、観光の質を高めていくこと」と明快だ。

具体的には、観光消費額の増加を目指す。当初目標の年間1兆円を4年前倒しで達成したことから、今年5月に新たに策定した「京都観光振興計画2020+1」では、2020年までの目標額を1兆3000万円に上方修正した。

「京都の伝統産業品は高価。京料理も決して安くない。後継者不足も重なり、そういう伝統的な産業が危機的な状況にある。それを持続可能な産業にするために観光の質を高めていく」と門川市長は説明する。観光コンテンツとしての地場産業。京都の街づくりの伝統の中で生まれてきた伝統産業が、観光を助け、観光に助けられる。そういう関係を作っていきたい考えだ。

質を追求する、もうひとつのカギとなるのは、観光客の満足度の高める取り組みだ。ただ、それは訪日外国人に特化したものではない。その数は増加しているものの、市内での宿泊客数は全体の4分の1にしか過ぎない。「京都市はインバウンドに頼っているわけではない。国内の観光客が大事なのは論をまたない」。

京都市の観光客満足度調査によると、2017年の「大変満足〜やや満足」の割合は外国人で96.7%、日本人は90.9%。「残念があった」は外国人15.6%に対して、日本人は46%。日本人の方が期待値が高いこともあるが、この差に日本最大の観光地である京都市が抱える課題が透けて見えてくる。

顕在化してきた混雑問題、3つの分散化で集中打破を

もう少し、観光満足度調査を詳しく見てみる。個別の残念度調査では、日本人では「人が多い、混雑」と「外国人観光客のマナーの悪さ、交通マナーの悪さ」がトップ2。その割合も混雑が前年の15%から17.1%に、マナーが9.0%から14.0%にそれぞれ上昇した。他の項目が減少あるいは微増に比べると突出している。興味深いのは、外国人のあいだでも、「バスが混雑して乗れなかった」などの公共交通に対する残念度が2位となり、割合も前年の9.5%から14.2%と急増している。

いわゆる「オーバーツーリズム」問題。「観光公害」と刺激的な表現も使われる課題が顕在化してきていると京都市でも危機感を持ち始めた。

門川市長は、その課題に対する取り組みとして、まず「分散化」を挙げた。具体的には時間、場所、季節の3つの集中を打破していく方針を示し、「混んでいる時期に混んでいる時間に混んでいる場所に行くから混んでいる」観光客の動線を変えていきたいとする。

「たとえば、今朝も島原花街の角屋に行きましたけど、静か、そして涼しい。嵐山は確かに混んでいるが、その奥の奥嵯峨は静か」。大原三千院、高雄山神護寺、鳥獣戯画のある高山寺などへの観光客は最盛期の3分の1ほどに減っているという。

時間の集中については、門川市長は「あるインド人観光客が、『早朝6時の清水寺に行ったら、お坊さんと話せた』と喜んでいた」というエピソードを披露しながら、昼間から朝夕夜へのシフトを促す施策を進めていく考えを示す。

季節の分散化は一番難しい課題だ。桜と紅葉の季節はどうしても混雑度は増してしまう。以前からそのような状況だが、そこに外国人が加わることでさらに混雑具合は悪化している。京都市のデータによると、観光客が最も多かった月と最も少なかった月の差は、最も大きかった2003年の3.6倍(11月と2月の差)から2017年は1.5倍(3月と9月の差)に縮まり季節の平準化は進んでいる。しかし、2017年の月別宿泊客数を見ると、最も多い月のトップ4は春の4月と5月、秋の10月と11月。いずれも140万人を超えており、やはり相対的に混んでいる。

桜と紅葉の季節の分散化については、場所と時間の分散化で解決できるところもある。「京都市の75%は森。その森のなかに1000年以上続く集落があり、そこに素晴らしい文化力もある。そういった限界集落にも人を呼び込みたい」。京都市の桜や紅葉は、名所ばかりではないことを伝えていくことが大切になってくる。

鞍馬の山間にある貴船神社まで足を運ぶ訪日外国人はまだ少ない。

違法民泊による混雑は解消へ

また、別の観点で京都市内の混雑を助長してきたのが違法民泊だ。住宅地域に訪日外国人が流入し、そこにアクセスするために生活路線であるバスの混雑度も増した。しかし、今年6月15日から施行された住宅宿泊事業法で状況は変わりつつある。京都市は「全国でもっとも厳しい条例」をつくった。「観光客と市民の双方の安心安全と満足度なくして持続可能な観光はない」という考えからだ。

京都市は、全国の政令指定都市のなかでも火災発生は少なく、人口あたりの火災発生件数も全国平均の半分以下。その理由は、住民自治が強く、コミュニティーの防災意識が高いためだという。京都市には住宅密集地が多いという都市特性は基本的に昔と変わっていない。そこに突然、民泊が入り込むという事態が常態化していた。旅行者にとっては暮らすように旅をするローカル体験が楽しめるが、住民にとってはその暮らしの安心安全が脅かされることになる。「それでは京都が京都でなくなってしまう」。

「民泊はホストがおもてなしをするのが原則。外国生活経験者がその語学力や知見を生かす。農家が独自の文化体験を提供する。そうした姿が本来の民泊ではないか」と門川市長。現在までのところ、厳しい条例のもと、違法民泊も激減。京町家民泊を含め本来的な民泊が少しずつ誕生しつつあるという。

「観光は理念を明確に取り組んだときに可能性の広がる産業」。だから、京都市はカジノはつくらない。旅行者の満足度を高める観光とは、住民の満足度が高い街づくり。『おこしやす』や『おおきに』は、サービス産業用語ではない。住民の生活の言葉なのだ。

次回記事(京都市の深堀取材2回目)は産業観光局部長の福原和弥氏。オーバーツーリズムに対する具体的な施策について取材した。

聞き手: トラベルボイス編集長 山岡薫


記事: トラベルジャーナリスト 山田友樹

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