昨年11月にオーバーツーリズム対策を柱とする4項目50事業の充実・強化を発表した京都市。市民生活と観光の調和に向け、新たな観光の基本指針を打ち出した。この指針は、2019年5月にプロジェクトチームを設置し、情報や意見収集と分析などによる状況把握と検討内容を約半年で取りまとめたもの。一部先行で取り組みを先行するなど、この課題を最優先に取り組む京都市の姿勢が伝わってくる。
プロジェクトチームで同事業を推進する京都市産業観光局MICE推進室・観光戦略担当部長の福原和弥氏に、その具体的な内容と取り組みの現状を聞いてきた。
宿泊施設とバス混雑で大きな改革
京都市が2019年11月20日に発表した「『市民生活との調和を最重要視した持続可能な観光都市』の実現に向けた基本指針と具体的方策について」(中間とりまとめ)は、「混雑」「宿泊施設の急増に伴う課題」「観光客のマナー違反」への対応の3つを柱とする基本指針で、いわばオーバーツーリズム対策の方向性と具体策を示したものだ。
すでに2018年には「京都観光振興計画2020+1」で「混雑」「違法民泊」「マナー問題」の対策を打ち出し、違法民泊では46名体制の専門チームで99%の対象施設を営業中止とするなど、徹底した取り組みを実行してきた。
今回打ち出した具体策で、特に大がかりとなる取り組みは「バスの混雑と宿泊施設の対策。大きくこの2つ」(福原氏)。宿泊施設対策については、従来の誘致策から「お断り」へ方針転換をした(参考:門川大作・京都市長のインタビュー記事)。その具体策は年明け早々にも発表される見通しだ。
一方、市バスの混雑対策で大きな項目は、「各種割引乗車券の抜本的見直し」と「前乗り後降り方式の拡大」。「割引乗車券の見直し」ではICカードを活用し、乗降時間の短縮化と移動経路の分散化を図る。ポイント還元でICカード利用を促し、利用頻度の高い人に対する将来的なバスの無料乗継の実施を検討。利用頻度が高い人の多くは市民になるので、「そういう方々に割引ができる一方、混雑路線からバスの乗り継ぎをしやすくすることで分散化に繋がる」(福原氏)という狙い。
また、バス停での停車時間を短縮するための「前乗り後降り方式の拡大」では、観光で便利な系統での導入拡大とともに、均一運賃区間の全系統で導入を進める。これにより、全系統の7割が対象路線になる見込みだ。実現すれば大幅な効率化が見込めるが、バスの付属機器やバス停の変更など手間とコストを要するものになる。
福原氏は、「大都市でありながら公共交通のメインがバスである京都にとって、これらは本当に大きな改革。これをこの短期間で行なっている」と、バス対策の重要性を強調する。
取りまとめに至るまでには、2019年7月に委託先を含むほぼすべてのバス運転士1350名からの聞き取り調査も実施。実際の車内混雑の実態を把握した上で各事業方針に反映させており、解決に向けた意志の強さが感じられる。なお、「割引乗車券の見直し」の制度案と「前乗り後降り方式の拡大」の計画案は、2020年度中に策定する予定だ。
「できるものからやる」、先行開始した取り組みも
さらに「やれるものはすぐやろう」という方針で、すでに開始した事業もある。その一つが、観光地の混雑対応でのテクノロジー投入。「AIやICTを活用した観光需要のマネジメント」では、「観光快適度の見える化による分散化事業の拡大」にも着手した。
これは、観光客の位置情報等を活用し、AIによる混雑予測を表示するもの。2018年秋に嵐山で行なった実証実験で、観光快適度を表示する専用ページを見た人の約5割が混雑時間をずらして訪問した結果を踏まえ、2019年秋には「全市版」と、ピーク時に混雑の多くなる「祇園・清水」「嵯峨・嵐山」「伏見」の「エリア版」をスタートさせた。
「地域にとって混雑時間を表示するのはネガティブ情報にもなりかねない。それでも各所の了解を得てこの短時間で実現できたのは、嵐山で効果があり、商店街など地域事業者に喜んでもらえたことが大きい」と福原氏。事業者には、京都は混んでいるから行くのをやめようと思う客層が、既に一定数あるとの危機感もある。だからこそ「混雑時期と同時に空いている時期も示すことができる。行きやすい時間帯が分かれば観光客の増加に繋がるという捉え方をしていただいている」(福原氏)と、事業の成果とそのメリットを関係者が認識する重要性を強調する。
2020年度は、その対象エリアや時期を拡充させていく方針だが、その一方で「観光快適度の見える化」を国内の旅行会社等にも提供する取り組みも進める。事業者から「顧客に情報を提供したい」という要請もあり、「今後、各社のサイトやチラシなどで露出される」と福原氏。「これをコース提案や商品づくりなどでも活用していただきたい」とも話し、混雑状況の多方面への共有で、さらなる分散化に繋げる方針だ。
また、マナー問題では8000以上の旅行会社や18か国の大使館・領事館、48の海外メディアへの周知協力の要請をしたほか、9月には祇園町南側地区でマナー対策の実証事業を開始した。祇園・花見小路に巡視員を配置し、高札やポスター掲出でマナー啓発を促している。
成果検証はこれからだが、巡視員からは問題だった私有地の立ち入りや舞妓の待ち伏せが減ったという感想が聞かれたほか、訪日ツアーのガイドがポスターの前で参加客にマナーを説明するシーンも見られたといい、福原氏は「非常に良いと思う。精査はこれからだが、これも一定の効果ではないか」と話す。
さらに、観光地の分散化では、定番観光地以外の魅力を紹介する「とっておき京都プロジェクト」の対象エリアの山科で、通常非公開の寺院を含む「京都山科非公開文化財等の特別公開」を実施。新コンテンツの開発では、世界的なトレンドであるアドベンチャーツーリズムの観点を取り入れた新感覚のランニングイベントを伏見で開催するなど、分散化とともに新たな客層の誘致にも取り組んでいる。
「ワンチーム」で推進、基盤は「京都モデル」
2019年5月のプロジェクトチームの発足から11月の具体策の発表までは約半年。これらの取り組みをこの半年間で進めるのは、関係各所との調整が必要な行政機関にとってかなりのハードワークだったはずだ。このスピード感で、なぜ実行できたのか。
その理由を問うと、「やはりリーダーシップ。やるべきことが明確で、『観光の課題が生じているので解消する、そのためにアイディアを出そう』と言われれば、そこに向かって進むしかない。京都市はもちろん、京都市観光協会と京都文化交流コンベンションビューローも一丸となり、まさにいま流行りの『ワンチーム』だった」と福原氏。
さらに「実施する手法が効果的かどうかはやってみないとわからないところも多いが、失敗してもいいからやろうという方針もよかったし、京都市は素晴らしいメンバーにも恵まれている」とも付け加える。
市長の強力なリーダーシップと自由に取り組める環境、それを実行できる人の力の3つが揃った結果ということだが、ではなぜ、京都の観光施策でこの3つが実現したのか。それはやはり、京都で続いてきた「京都モデル」の基盤にほかならないだろう。
観光の成長とともに社会的課題を解決してきた京都市。文化を基軸にした都市計画を行ない、観光は京都の力の源である市民文化と地域コミュニティの推進役として取り組まれてきた。その結果、観光消費額が市民の年間消費額の52%にまで拡大すると同時に、市内の雇用者数も5年間で5.7万人増加。観光交流が増える一方で、ごみの排出は10年間で半減し、エネルギー消費量はピーク時の1997年から20年間で26%減を実現した。
「京都モデル」を人気の観光コンテンツである「祇園祭り」を基準にして例えると、祇園祭りは本来、京都の暮らしの文化である。祭りがあるから担い手である地域の絆が強まり、アイデンティティが生まれる。その祭りを楽しむために観光客が消費をし、祭りや地域を称賛する。地域はこうした評価を得ることで自らの誇りを高め、地域力を高めていく。このループが京都の文化や伝統、歴史等の各場面で起こり、その連鎖が京都市全体の「都市格」の向上に繋がっている。
今回発表した基本指針は、オーバーツーリズムに直結する3つの課題対策が柱であるが、最後の4項目に掲げるのは「市民の豊かさ・地域文化の継承へ市民の共感の輪の拡大」。毎年実施している「京都観光総合調査」を改善し、来年度からは観光に関する市民の意識調査を実施することも記載した。観光の恩恵を広げ、それを市民に感じてもらうためにも、「市民」「観光客」「事業者」の3者が満足し、「未来」を含めた「四方よし」のマネジメントを行なう必要がある。真のオーバーツーリズムの解消には、この4項目めこそがカギになるのだろう。
福原氏はこうも話している。「人口減少下、観光で交流人口を呼び込み、観光消費額を増やして経済活性化に繋げるというのが国の方針。だからこそ、観光とうまく付きあっていく必要がある。市民生活と観光を調和させていくモデルを作る責任が京都にあると思って、我々は取り組んでいる」。
聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫
記事:山田紀子