「AI(人工知能)チャットボット」という大きな波が、あらゆる産業に影響を与えている。旅行業も例外ではない。
だが、もっと冷静になれという意見も後を絶たない。なぜなら、人工知能のトレーニングに使われた大規模言語モデル(LLM)には、旅行商品の売買の際に必須になるであろうリアルタイムのデータが含まれていないからだ。
そこで、登場したのがチャットGPTプラグインだ。オープンAI社が最近、データを巡るジレンマを解決するために打ち出したもので、同社にとっては、さらなる足場固めの一策でもある。プラグイン・プログラムに参加した企業は、自社の所有データや最新データへのアクセス権をLLMに認める。これを使ってAIモデルはさらに学習を深め、リアルタイムのデータに対応できる対話機能が強化される。
AIとインスピレーション&プランニングは最高の組み合わせ
2022年11月のローンチ以来、チャットGPTは、旅行のカスタマージャーニー初期において、その破壊的な影響力を見せつけている。このボットは、予約する前のインスピレーション段階でユーザーが発した質問に対し、ターゲット顧客別のレコメンド情報を提供。旅行のプラン作りをしている人には、相手が欲している関連情報をすぐに提示できる。おかげでユーザーは、何時間もネットサーフィンに費やして、あちこちの旅行サイトを巡り、情報収集する手間が省ける。
観光・旅行業界では、こうした活用方法がすぐに注目されるようになり、新しいスタートアップが次々にインスピレーションやプランニング体験の新境地をうたっている。さらにエクスペディアやトリップ・ドットコムなどの旅行大手も、AIの波に乗り遅れまじと動き出し、旅行のアイデアやプランニングに活用できるAIボットを自社アプリに搭載している。
AIが実現する会話コマース
旅行の初期段階における静かなAIの波及は、もちろん興味深いことだ。ただし、ここ10年ほどの間に旅行業界が学んだことは、ユーザーが増えたとしても、その中から顧客をつかみ取る競争において、グーグルなど、デジタル世界のゲートキーパーには太刀打ちできないということだ。
その証拠に、オンライン旅行マーケットの勝者は、早い段階から、スケール拡大と検索・予約ファネルの最適化に力を注いできたところばかりで、今や残っているのは、少数の巨大企業だけだ。
だが、チャットGPTのプラグインは、リアルタイムの在庫や価格、データをまとめ上げることができる。つまり、これまでの検索・予約のあり方を全く違うものに変えてしまうパラダイム・シフトの引き金になるのか?
チャットボット・プラグインと既存インターフェースを比較した場合、想定されるメリットと今後の課題について、GPT-4に質問してみた。回答内容は、データへのアクセス制限に関することなど、かなり一般的ではあったが、以下に挙げたボットの能力に関する指摘は興味深い。
- 過去の対話履歴をもとに、よりパーソナライズした顧客体験を提供できる。
- 必要な部分では、“人間による”サポートも柔軟に取り入れる。
- 書く形式から、話す形式への移行は簡単だ。
「検索」は要らなくなるのか?
フライト、宿泊、レンタカーなど、旅行の検索結果が並んだページは、オンライン旅行の黎明期から現在まで、ほとんど変わっていない。有名なヒックの法則にある通り、選択肢が増えると、ユーザーが決定に要する時間も増える。だが過去10年間、これを解決する手立てはほとんどないままで、改善点といえば、検索項目が追加されたぐらい。あらゆる内容を網羅しつつ、ユーザーの認知能力に負荷をかけすぎないバランスを調整し、もっと便利に検索できるようにすることは、非常に難しい課題だった。
だが、チャットボットを使えば、膨大な数に及ぶ検索結果を、ユーザーにとって許容範囲内に収めることが可能で、これをさらに分かりやすく、対話形式で提示することもできる。
我々のデジタル生活において、今、最も頻繁に使われているのがメッセージングというのは周知の通り。顧客がボットと対話しながら旅行のオプションを選ぶようになるという予測は、それほど意外ではない。例えばエクスペディアのプラグイン・デモのように、ボットが迅速に、的確な内容を答えられるようになれば、充分にあり得るだろう。
プラグインでチャットボット商圏へ
テック分野では、チャットGPTの登場を、アイフォンがローンチした時の状況と比較する見方もある。プラグインを中心にしたエコシステムが形成されるようになれば、iOSのアップルストアに匹敵する新しい商圏が生まれ、爆発的な影響力を及ぼすことになるのか?やがて世界中の開発者や事業者が、新たに出現したこのマーケットの開拓に乗り出すのだろうか?
オープンAIは5月12日、ベータ版のプラグインを計70ほどリリースした。この中にはエクスペディア、カヤック、ブッキング・ホールディングス傘下のレストラン予約プラットフォーム、オープンテーブルなどが含まれる。
一方、グーグルは5月10日、同社のバードによる将来的なエコシステム拡大について明らかにし、例えばグーグルマップを会話の中に組み込み、「地図を見せて」という簡単な指示だけで表示する機能などを披露した。
テクノロジーの数々が、どれほど破壊的な変革をもたらすのかを予測するのは、科学というよりカジノでのギャンブルに近い。あのスティーブ・ジョブズでさえ、最初にアップルストアの構想を聞いた時の反応は、短く一言、「絶対にうまくいかない!」だった。
旅行会社の中には、しばらくは傍で様子見するだけにして、AIに熱狂する人々がどうなるかを見極めたいところもあるかもしれない。もしそうなら、よく考えた方がよい。
テック大手各社は目下、ライバルに先んじて、自社エコシステムの隅々までAIを拡げようと競争しており、その中には検索や生産効率アップのツールも含まれている。ベースとなる大規模言語モデルは、何兆ものデータポイントを使って、驚異的なスピードで改良が続けられている。
長い間、ほとんど変わらなかった旅行の検索・予約インターフェースに、チャットボットのプラグインによる対話形式の階層が加われば、やがてユーザーもこれを活用するようになるだろう。旅行業においても、こうした流れを早い段階から把握し、ユーザーとのあらゆる接点でチャットボット活用方法を試していくことで、来るべきAI時代をどう生き抜くべきかが見えてくる。
※この記事は、世界的な旅行調査フォーカスライト社が運営するニュースメディア「フォーカスワイヤ(PhocusWire)」から届いた英文記事を、同社との提携に基づいて、トラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
オリジナル記事:CHATGPT PLUGINS' POTENTIAL IMPACT ON THE TRAVEL BOOKING EXPERIENCE
著者:Mario Gavira氏(Kiwi.com グロース担当副社長、エンジェル投資家)