近ツーの過大請求問題、調査委員会の報告書から読み解く、前代未聞の不正の背景と要因、再生への提言

KNT-CTホールディングスは2023年8月9日、子会社の近畿日本ツーリスト(KNT)による過大請求事案について記者会見を開催するとともに、外部の専門家で構成された調査委員会からの調査報告書を開示した。観光立国を担う国内有数企業による不正、重い代償を払うことになった事案の背景には何があったのか。調査報告書を読み解き、その内容を抜粋しながら根本的な要因、再発防止への道筋を探った。

過大請求額は最大50自治体、約9億円、逮捕者も

報告書によると、今回の事案に関与したのは、KNT西日本支社、KNT中日本支社、KNT東日本支社、KNT北日本支社のいずれも団体旅行やMICEを取り扱う4支店だった。自治体から受託した新型コロナウイルスのワクチン接種のコールセンター業務について、利益を増やす方策として主に再委託先へ発注する人員数を削減しつつ委託先へは契約どおりの人員数に基づき請求する業務手法をとり、妥当性の検証や是正がされないまま実行・継続した。まだ確定していないものの、過大請求額は最大で約50の自治体、約9億円に上り、関与した社員が詐欺容疑で逮捕される事態となった。

コロナ禍で主力の国内・海外の団体旅行の受注が激減するなか、当面は高い成長が見込まれたBPO事業。注力する方針は、KNTの経営会議などでも確認されていた。ただ、請負と準委託との契約形態、管理システムの違いなどに対する認識不足があったとはいえ、調査委は請求差異を発生させる行為が複数の支店で同時並行的に、かつ長期間にわたり実行されたことについて、個人の問題に過ぎないと矮小化するのではなく、「KNTの企業体質に関わる根深い問題が根底にある」との見解を明確化した。

その上で原因について、「利益追求への強い指向の中で、各人の行為の妥当性及び適法性に対する意識が希薄化していたこと」、「適切な業務遂行を担保するための管理態勢が極めて脆弱であったこと」、「社内組織の各階層間における正確な意思疎通が欠如し、現場の問題を躊躇なく経営陣に進言する風土が醸成されていなかったこと」の3点が複合的に絡み合ったと言及した。

KNT-CT:開示資料より

「上意下達」にとらわれた、利益追求の悪習

実際、某支社副支社長から管轄内の各支店長に対し、当月に見込まれている販売高や売上総利益が「必達」である旨明記され、さらに「やること、見込み、進捗のお話をいくら立派に並びたてられても私には、ほとんど響きません。重厚なアクションに裏打ちされ結果で勝負するのが箇所長です」というメールも送られたという。同様の指示は他支社の上長からも複数散見され、調査委は「利益の追求という営業方針が、いわば上意下達に形をとって強く打ち出されており、それがKNT全体を通じた傾向であったことをうかがわせる」と指摘した。

調査委はKNTにおける人事制度にも踏み込んでいる。KNTは社員に対し、2022年4月にGコース、10月にJコースを導入。Gコースがランク付けとともに評価を踏まえた月給・賞与制であるのに対し、Jコースは個人の貢献度に基づく年俸制。各人について設定された予算や部下の有無に応じて月給が決まり、予算の達成状況に応じて業績年俸が変化する仕組みとなっている。調査委は「過程よりも成果を重視する姿勢がうかがわれる。一定の成果を出すことは評価されるべきだが、あくまで適法・適正な方法で業務遂行にあたるという前提が不可欠である」などとした。

一方、KNT経営陣は、会議などの場で不正を働くことを戒める発言を繰り返していた。ただ、抽象的なものにとどまり、具体的な対策を講じるに至らなかった。BPO事業の受託に係る契約の法的性質をどう見るかを議論された形跡もなく、コンプライアンスは主に支店長などに委ねられていたため、調査委は組織内の広範囲でコンプライアンス軽視の姿勢が見られたと指摘した。

BPOガイドラインの徹底不足

また調査は、コンプライアンスやガバナンスを確保するための社内制度的な側面でも、契約内容の精査やそれに合致する精算をおこなう重要性についての職員教育の乏しさ、BPO事業におけるガイドラインの周知徹底不足、整備の遅れがあったことを浮き彫りにした。

KNTとBPO事業との関わりは、2016年5月に当時のKNT-CT地域交流部がガイドラインの初版を策定したことにさかのぼる。2019年にはプレミアム付商品券事業を受注し、売上が緩やかに上昇するなか、2020年初めから新型コロナの影響が深刻になり、関連するBPO事業の受注が拡大。2021年度、2022年度にはKNTの売上総利益の半分程度をBPO事業が占める状況となっていた。

こうしたなか、KNTの公務・地域共創事業部はBPO事業に関するガイドラインを2022年3月に改訂。イントラネットに掲示したほか、各支店に対する説明会を開催した。しかしながら、過大請求を引き起こした「請差」の定義を明確に定めたわけではなく、その後も「ゲタ履き」のような単価の請差を意味するのか、人数・個数などの数量に関する請差を意味するのか不明確な言葉の社内で飛び交っていた点にも、内部的な牽制機能の不全があり、同事案の遠因になったと見られる。

しかも、一部社員の「請求差異を発生させても、請負契約における合理的な業務遂行の範囲内である」といった誤った認識の継続もあり、調査委は、緊急事態下での公共的事業に参画しているという認識を欠く杜撰な面があったことも否定できないとした。

さらに、請求差異を発生させた行為の上長などによる黙認、委託費料請求の根拠となる人数の事後的変更があったことなども、上層部から実務担当者に対する目的意識の伝達の不備、経営層のリスクマネジメントの不足、現場裁量型の業務遂行方法など、KNTが抱えていたさまざまな問題が影響した。

観光立国担う有数企業、一段と高いレベルで改革を

こうした調査結果から、調査委がKNT、KNT-CTに提言したのが、「コンプライアンスを基軸とした、各階層の活力を生み出す経営方針及び人事評価制度の策定」、「法務・コンプライアンスに特化した部署の設置と当該部署の権限の明確化及び各経営人材の監督機能の強化」、「策定した経営方針の実施状況を確認する体制の構築並びに改装を超えた円滑な意思疎通の実行およびコンプライアンスに特化したレポートラインの確立」だ。

調査委は「同事案は、会社全体の体質や制度設計といった根源的な問題としてとらえるべきである。再発防止策は、抜本的な企業カルチャーの見直しを根底に置き、経営陣が率先的に意識改革を行った上で、その精神を個々の再発防止策に浸透させるという発想が重要である」とまで言及している。

この報告書を受け、KNT-CTホールディングスの米田昭三氏は記者会見で、「再び信頼をいただけるよう、全社を挙げて企業風土改革に取り組む」と強調。今後のBPO事業については、「我々の総合旅行業と近しい領域であり、信頼回復に務めるとともに、対応の早さなどを活かしながら増やしていく方針に変わりはない」などと語った。

具体的な再発防止策については、KNT-CTに米田氏を委員長とした「コンプライアンス委員会」、専属担当者による「コンプライアンス改革本部」、主要子会社であるKNT、クラブツーリズムに「法令倫理管理センター」を設置したのに続き、ITシステムを活用した契約内容の確認の仕組みづくり、社員の意識改革の徹底と倫理観醸成を図る「KNT-CTグループ行動規範(仮称)」の制定、社員の学びの場である「コーポレートアカデミー」を新設する。

KNT-CT:開示資料より

調査委は報告書の結語として、「元々、KNT、KNT-CTの職員は、これまでも旅行業を通じて社会サービスを提供し、観光立国という我が国の重要政策の一翼を担う有数の企業として、誇りを持って業務に取り組んできたはずだ。社会の信頼を回復するのは容易ではないが、企業風土をも含む抜本的で実効性ある組織改革・意識改革に真摯に取り組むことしか、信頼を取り戻す方法はない。一段と高いレベルで再出発することを期待する」と記した。

未曾有の災禍で本業が低迷するなか、経営を支えた新事業で露呈してしまった組織の歪み。KNTの再生への改革の可否が、日本の観光の未来にも大きな影響を与えるのは間違いないだろう。

取材、記事:野間麻衣子

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