先進技術やイノベーションを学ぶ産業視察(視察旅行)は、海外から日本に出張で訪れるビジネス旅行者やMICE参加者に提供するコンテンツとして、大きな可能性がある。しかし、現在、積極的にPRや誘致をしている地域は少ない。問い合わせに対応して実施されるケースが多いのが実情だ。そして、その調整役となる自治体やDMO、視察先となる企業は無償で受け入れることが多い。
この現状を打破し、ビジネスとして成立させようと、課題解決型の事業創出に取り組むイノベーション拠点「MUIC Kansai」(MUIC)と大阪観光局は、産業視察のプラットフォーム「Tech Tours Kansai(テックツアーズ関西)」を立ち上げた。2025年の大阪・関西万博に向け、産業視察の需要が増加している好機を生かす考えだ。
訪問する企業と受け入れ企業の双方にとってメリットのある産業視察をどのように提供していくのか。両者の担当者に話を聞いた。
無償の限界と慣習に風穴を開けるきっかけ
大阪観光局によると、大阪への産業視察は訪日MICEのなかで、特にアジア企業の報奨旅行で実施されることが多い。関西には、東大阪に代表される製造技術から次世代に向けた研究開発、伝統産業まで幅広い産業が集結しており、受け皿が多様だ。また、アクセスの良さも強みになっている。2025年の大阪・関西万博に向け、産業視察の引き合いは通常時の1.5~2倍に増加すると見込んでおり、大阪観光局ではMICE誘致の一環として、産業観光にも力を入れていく考えだという。
産業視察を受け入れる際は、調整役となる自治体や地域の観光組織が視察先を手配するケースが多い。また、視察を受け入れる企業には、対応の準備や当日の案内などの業務が発生する。海外では、手配の手数料や視察先の訪問を有償化していることが一般的だが、日本はこれらを無償で、つまり好意で受け入れているのが通例だ。
大阪観光局でMICE誘致を担当する西村智史氏は「現在の産業視察は単純な工場見学で終始し、次のビジネスにつながりにくい。マンパワーの問題もあり、深い価値を提供できていない」と現状を説明。万博に向けた好機をいかすためにも「産業観光をビジネスとして成り立たせたい」(西村氏)と力をこめる。
この課題に対峙したのが、MUICだ。三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)と三菱UFJ銀行が2021年2月に開設したイノベーション創出拠点であるMUICは、観光をテーマに課題解決につながるビジネスを創出し、社会実装までつなげることを重視している。
MUICマネージャーの益子泰岳氏はこの課題に取り組んだ背景として、「2010年の上海万博の時に、MUFGの上海オフィスで起きた経験が大きい」と話す。当時、万博とともに現地企業への視察を希望する日本企業の依頼が殺到し、MUFGの上海オフィスはその対応に追われた。この経験や、現在の産業視察の課題を踏まえ「上海万博と同じことが大阪・関西万博でも起こる。このチャンスを良い形にして、受け入れ企業や地域、そして訪問企業にもメリットがある形にしたい」と考えたという。
そこで、MUICの会員である大阪観光局とタッグを組み、MUICの課題解決プログラムとしてプロジェクトを推進。旅行会社や視察先となる日本企業と連携し、構築したのが、産業視察プラットフォーム「Tech Tours Kansai」だ。課題解決プログラムとして採択されてからわずか半年の2023年9月に稼働。このスピード感からも、早期に課題解決をすべき事業として、期待されていることがうかがえる。
有償の価値がある「産業視察」へ
「Tech Tours Kansai」で目指すのは、関西の産業視察の価値を高めて、対価を支払ってもらえるビジネスとしていくこと。海外企業や海外の旅行会社からの問い合わせをワンストップで受け、連携する旅行会社が、海外企業とのやり取りや視察先の手配を対応する。その対価として手数料を収受できるようにする。
視察を受け入れる企業側にも、世界的には視察料金の徴収が一般的であることを伝えていく考えだ。「プラットフォームを介し、視察する側も、受け入れる側にも、産業視察は双方にとってのビジネスであることを周知したい」と西村氏は話す。
また、産業視察をビジネスとしていくために、視察先の数の確保も重要。すでに、近畿経済産業局が抱える約250件の登録企業・施設のリストを有しているが、Tech Tours Kansaiとして、さらに100件の追加を目指していく。その際は、質の担保も重視し、言語対応に慣れている企業の選定や、非公開部分を解説するコースの造成など、視察内容の磨き上げに資する交渉もしていく考えだ。
さらに「Tech Tours Kansai」ならではの価値として、MUICの課題解決プログラムで関西各地に実装された事業への視察や、MUFGのネットワークの活用も視野に入れる。特に、MUFGの顧客企業に対しては、希望があれば「相手企業の情報を確認し、信頼度が高い状態で経営トップ同士のミーティングをセットしていきたい」(益子氏)と考えている。銀行と企業の信頼関係がいきる場面だ。
このほか、「Tech Tours Kansai」で紹介するモデルコースにも工夫を凝らす。「単に視察先への動線をつなぐだけでは、従来のコースと同じ。よりその企業や地域を理解できるヒントになるストーリーを、それらに関わるキーマンたちと作っていくことが必要なのではないか」(益子氏)とも考える。
産業視察が企業や地域のメリットになるように
益子氏は、この産業視察のビジネスモデルが広がることで、「視察を受け入れる企業に相乗効果がもたらされることを期待している」と話す。
例えば、職人のモノづくりで創業120年続いている富山県の老舗企業では、コロナ以前に国内外から年間13万人くらいの工場見学を受け入れていた。単純に認知拡大のための取り組みだったが、職人自らが視察時の案内役を引き受け、視察者とコミュニケーションをとることで、職人のモチベーションが向上。職場が活気づくことで、若い世代や女性の職人も増加し、課題であった次世代への事業継承ができたという。「売り上げに直結しなくても、企業にとって大切なものが生み出されれば、意義のある取り組みになる」(益子氏)。
大阪観光局も、壮大なビジョンを描く。Tech Tours Kansaiで目指すのは、1つ目に産業視察の有償化、2つ目に視察後の取引につながるビジネスにすること。これに加え、「ゆくゆくは産業視察をきっかけに関西で拠点開設をしたいと思われる、企業誘致につながるビジネスにまで成長させたい」(西村氏)。
プラットフォームで目指す世界を実現するために、やるべきことは多い。目下の目標はいち早く、「Tech Tours Kansai」を通じた産業視察の取り扱い実績を上げること。「まずは、海外企業の依頼を受けて訪日ツアーを手配する海外の旅行会社に『Tech Tours Kansai』を知ってもらい、関係性を作ることに注力したい」と益子氏。産業視察を積極的に受け入れている全国の企業にヒアリングをしながら、早期に海外の旅行会社100社程度と連携をしたい考えだ。
産業視察は、国も海外から日本に呼び込む強力なコンテンツになると注目しているところ。「Tech Tours Kansai」を知った経済産業省や観光庁から、産業視察を通した日本の地域活性化について意見交換を求められ、国が目指す方向性と一致していることを確信したという。
関西エリアでは、2025年の大阪・関西万博以降も、2027年には大阪梅田の再開発事業「グラングリーン大阪」の全面開業、2031年にはIR開業と、海外企業の視察対象となりうる大きなプロジェクトが続く。この勢いに乗り、「最終的には日本全国での展開を視野に、推進していきたい」(益子氏)と考えている。
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記事:トラベルボイス企画部