修学旅行の農山漁村「民泊」が実施される意義とは? SDGsと平和学習、人との交流から得られる学びを解説【コラム】

こんにちは、日本修学旅行協会の竹内秀一です。

前回のコラムでは、修学旅行をめぐる現在の課題についてお伝えしました。今回は、現地の方々との交流・対話という点で、修学旅行の新たなトレンドになっていると前々回お伝えした農山漁村での「民泊」について、もう少し詳しく解説したいと思います。

また、今、話題になっていSDGsと民泊や歴史学習、平和学習とのかかわり、現地で「人」とふれ合って学ぶことの大切さについて、実際の生徒の意見も交えながら述べていきたいと思います。

修学旅行で実施される民泊とは

読者の皆さんは、「民泊」というとどんなイメージをお持ちでしょうか。コロナ禍前、急増する外国人観光客を主な対象として、京都をはじめ観光地に続々と現れた「民泊」を思い浮かべる方も多いのではないかと思います。

修学旅行で実施される民泊は、それとはかなり違っています。

修学旅行での民泊を受け入れている地域の多くは農山漁村です。生徒は、その地域の受入れ家庭に5名前後で宿泊し、家族の一員としてその家庭の暮らしや家業・生業などをまるごと体験します。そうすることで、改めて家族の‟よさ„を知るとともに、受入れ家庭の方々との深い交流・対話を通してものの見方や考え方の自分との違いに気づき、視野を広げるとともに、自らの成長につなげる機会にもなるという「学び」の効果が期待できるのです。

宮城県南三陸町で民泊体験をした生徒は、「家族の中でも一人ひとり役割を持って生活することが大切なのだと感じました。家庭のなかで、自分が今何をすべきなのかを考えられるようにもなりました」と感想を述べています。

農山漁村民泊と「探究的な学習」とはどう関連するか

「探究的な学習」の観点から見れば、たとえば受入れ家庭が農家なら、農業従事者の高齢化や後継者不足、地域の過疎化、食料自給率の低さ、フードロスといった課題について、現地の方々の話や実体験を通して考えさせることができます。さらに、勤労観・職業観を育むいわゆる「キャリア教育」としての効果も期待できるでしょう。これはまさに、学習指導要領のいう「主体的・対話的で深い学び」になっているわけです。

民泊での生業体験(写真提供:安心院グリーングーリズム研究会)

和歌山県で民泊体験をした生徒の感想には、「民泊は地域との距離が近く、地域について知ることができました。地域の課題や問題を見つめるだけでなく感じることができました」とありました。

実施する前には文句を言っていた生徒たちも、実際に体験した後は、修学旅行で一番思い出に残った活動として農山漁村民泊をあげることが多いようです。受入れ家庭からも、「生徒たちとの交流によって元気をもらえる」といった声が多く聞かれ、修学旅行での民泊が地域の活性化につながっていると評価する受入れ地域も多くありました。

しかし、コロナ禍によって受入れ家庭・地域が激減してしまい、現在もまだ回復には至っていません。学校のニーズは今後増えてくると予想されるのですが、こうした状況が続いてしまうのはとても残念なことです。

農村漁村民泊の受入れと実施状況

「SDGs」と「人」にスポットをあてたプログラム

学習指導要領の理念を示した「前文」に、これからの学校には「持続可能な社会の創り手」を育てることが求められるとあります。今、学校でSDGs(持続可能な開発目標)に関する学習や活動が積極的に取り組まれている要因の一つがここにあります。「探究的な学習」の探究課題としても、17のさまざまな目標があげられているSDGsは、設定しやすいテーマではないかと思われます。

農山漁村民泊にもSDGsに関わる学びが期待されていますが、それ以外の、これまで学校が修学旅行で重点を置いて実施してきた活動にも、SDGsを踏まえた新しいプログラムが生まれてきています。

修学旅行で学校が重点を置いた活動

修学旅行で重点を置いた活動として、学校が毎年度トップにあげているのが「歴史学習」です。中学校・高校ともに、京都・奈良が修学旅行の旅行先の上位になっているので当然のことと思われますが、この「歴史学習」に、単に建築物や文化財などを見学するだけでないプログラムができてきています。

たとえば、世界遺産の国宝・姫路城。姫路城が白鷺城とも呼ばれているのは、壁や屋根瓦の目地など城の外側部分に塗られている漆喰の白さによるものです。漆喰は、主原料の消石灰に海藻糊とスサと呼ばれる麻などの繊維を混ぜ、水で練ってつくります。正しくメンテナンスすれば100年以上の耐久性があり、すべて国産の材料でつくることができて、廃棄してもやがて自然に還っていく。漆喰はとてもサステナブルなものだといえるでしょう。

ただし、城を美しいまま次代に伝えていくためには、修理・修復を繰り返していかなければなりません。修理・修復のための漆喰塗りを担っているのは左官と呼ばれる職人さんたちです。プログラムでは、専門知識を持つガイドの案内で城の漆喰塗りの部分に着目しながら見学します。その後、職人さんから漆喰についてのレクチャーを受け、その作業を見学。そして、職人さんからの指導を受けながら実際に自分で漆喰塗りを体験します。体験後には、職人さんと対話する機会もあります。このプログラムで重視されているのは、SDGsに加え「人」に学ぶことなのです。

姫路城での漆喰に着目した案内

修学旅行での「歴史学習」では、歴史的な建築物や文化財を見学することが多いのですが、それらは修理・修復を繰り返すことによって現在まで保存されてきました。その修理・修復に携わってきた人々の技術や、保存に力を注いできた人々の思いは、建築物や文化財を見学するだけではわかりません。「人」にスポットを当てたこのようなプログラムは、「歴史学習」だけでなく、これからの修学旅行の新たなトレンドになっていくことと思われます。

「平和学習」にディスカッションをとり入れる

「平和学習」も、学校が修学旅行で重点を置いて実施している活動です。「平和学習」の定番の旅行先は広島・長崎そして沖縄ですが、学校はこれまで、被爆された方や戦争を体験された方から生でお話を聴くことを重視していました。しかし、そのような方々が年々少なくなり、学校も修学旅行の受入地もそれに代わる新たなプログラムを模索してきました。

そんななか、長崎では、従来おこなってきた原爆資料館の見学と平和ガイドの案内による被爆遺構めぐりに加え、場所をホテルなどに移し、生徒10人ほどのグループごとに平和ガイドやホテルのスタッフなど現地の方が一人入って「戦争と平和」の問題などについてディスカッションする、というプログラムをつくりました。このプログラムは、SDGs、のうちの「平和と公正をすべての人に」について、生徒たちに「自分ごと」として考えさせるうえでとても効果的であると、学校からは高い評価を得ています。

長崎でのディスカッションの様子

沖縄でも、沖縄国際大学の学生が戦跡や普天間基地を望む場所を案内し、その後、学生がファシリテーターとなって戦争や基地問題などについて考え、ディスカッションするというプログラムがつくられています。

沖縄の学生によるガイド

事後学習を重視する「探究的な学習」への対応

 学校では、事前学習、現地学習、そして事後学習という一連の活動を修学旅行として位置づけています。しかし、事後学習については、感想文や訪問先へのお礼の手紙を書いて終わり、というのがこれまで多くの学校でおこなわれてきたことでした。

ところが、修学旅行を「探究的な学習」とリンクさせようという学校は、しっかり時間をとって事後学習をおこなうようになってきています。「探究的な学習」では、「まとめ・表現」をきちんと行い、そこで得られたことを次の学習につなげていくことを重視しているからです。長崎や沖縄の事例は、事後学習の一部を現地で、しかも現地の方々との交流・対話をとり入れるかたちでおこなうことをプログラム化したものといえるでしょう。これらのプログラムは、SDGsを踏まえているのはもちろんですが、旅行先の人々との交流・対話から学ぶことも重要なポイントとなっているのです。

次回のコラムでは、修学旅行で重点を置いた活動として、いつも上位にランクされる「平和学習」のプログラムについて述べてみたいと思います。

竹内秀一(たけうち しゅういち)

竹内秀一(たけうち しゅういち)

(公財)日本修学旅行協会理事長。東京教育大学文学部史学科(日本史専攻)卒業。神奈川県立、東京都立の高等学校教諭(いずれも日本史担当)、都立高等学校副校長を経て都立高等学校長。東京都歴史教育研究会会長、全国歴史教育研究協議会副会長。昨年度まで順天堂大学国際教養学部の非常勤講師として教職課程担当。

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