夏期の来訪者数が年々増加する長野県白馬エリア、その背景と、インバウンド誘客への次の一手を取材した

長野県白馬エリアでは、グリーンシーズン(4月~11月)の来訪者数が年々増加している。夏期はハイキングなどの山岳観光が主なマーケットだったが、近年はファミリーやカップルなど一般のレジャー旅行者が多く訪れるようになった。国内だけでなく海外からの旅行者も増加している。

近年、白馬エリアでは人気の高い冬季に加えて、夏の集客を増やすことで、需要の平準化を進めてきたが、その種が芽を出し、実を結び始めてきた。スキーリゾートから通年で楽しめるマウンテンリゾートへ。その取り組みをさらに加速させている。

増加が続くグリーンシーズンの来訪者数

大町市、白馬村、小谷村を管轄する地域連携DMO「HAKUBA VALLEY TOURISM」によると、2023年の3市村への夏期観光客数は、コロナ前2019年比162%の約266万人。長野県全体では92%にとどまったことから、その好調ぶりが伺える。

白馬村観光局事務局長の福島洋次郎氏は、白馬村の現状について「月によっては、コロナ前を大幅に上回っている」と明かす。3密が避けられる旅先として、コロナ禍は「追い風となっていた」(福島氏)が、その風はコロナ後も続いているという。

その傾向は、人流の面からも明らかだ。長野県松本市に本拠を置くアルピコ交通経営企画室長の上嶋圭介氏は「夏の長野駅/白馬線の利用者は確実に増えている」と明かす。新幹線の長野駅は首都圏から白馬への玄関口。同社は現在、長野駅発白馬行きを1日7便、白馬発長野駅行きを1日6.5便を運行している。2023年4月~11月の同路線の利用者数は、2018年4月~11月比で108%。直近の今年5月でも前年比106%だという。同社バス事業部路線バス営業担当副部長の大池康二氏は「便数はコロナ前にまだ戻っていないにも関わらず、利用者は増え、座席が埋まっている」と手応えを示す。

同社は新宿バスタ/栂池高原線でも高速バスを運行しているが、運転手不足もあり、現在、新宿発の自社運行は夜行便の1便のみ。夏期は山岳観光の利用者が多いという。

(左から)アルピコ交通の上嶋氏と大池氏

集客を牽引する岩岳リゾート

白馬エリアでのグリーンシーズンの集客を牽引しているのが岩岳リゾートだ。同社が運営する「白馬岩岳マウンテンリゾート」では、2023年/2024年シーズンの来場者数は、冬季(2023年12月15日~2024年3月24日)も含めて、過去最多の36万9000人を達成した。

そのうち、夏季(2023年4月28日~11月12日)の来場者数は22万2000人と冬季の14万7000人を超えた。この傾向は、コロナ禍の2019年/2020年シーズンから続いており、年々夏季の割合が増えている。

2024年ゴールデンウィーク期間中の来場者は約2万1500人。前年を約10%上回り、3年連続で過去最多を更新した。

岩岳リゾートでは、「世界⽔準のオールシーズンマウンテンリゾート」を目指して、グリーンシーズンでの集客に向けて様々な手を打ってきた。2018年には絶景テラス&カフェ「HAKUBA MOUNTAIN HARBOR(⽩⾺マウンテンハーバー)」の開業。「Iwatake Green Park(岩岳グリーンパーク)」や「ヤッホー!スウィング presented by にゃんこ⼤戦争」、展望エリア「⽩⾺ヒトトキノモリ」、超巨⼤ブランコ「⽩⾺ジャイアントスウィング」など立て続けにグリーンシーズン向けのアクティビティを打ち出している。

また、毎年5月にはイベント「HAKUBA ヤッホー!FESTIVAL」も開催。音楽ライブのほか、様々な体験を提供し、初夏の岩岳を1日中遊べる仕掛けもつくっている。このイベントにはアルピコ交通も協力し、長野駅から臨時便を運行している。

「ヤッホー!スウィング」で気分はアルプスのハイジ。

2023年12月に岩岳リゾートの社長に就任した星野裕二氏は「前社長が進めてきた攻めの施策が実を結んでいる。昨年から続く夏季の勢いは感じている」と胸を張る。

アルピコ交通の上嶋氏も「過去10年ほどで、岩岳では新しいコンテンツがどんどん出てきた。その効果は大きい」と話す。アルピコ交通は、その需要拡大に合わせて、新たなバス停「白馬岩岳マウンテンリゾート」を、ゴンドラ乗り場のロータリーに設置した。

岩岳リゾートのオールシーズン化の取り組みによって、来場する客層にも変化が出ている。岩岳リゾートの星野氏は、来場者について「全年齢層に広がっている。特にファミリーやカップルが増えている」と話す。上嶋氏も「グリーンシーズンの観光客は間違いなく若返っている。雰囲気が変わった」と驚きを隠さない。「パンプスを履いた女性でも楽しめる白馬マウンテンハーバー」(福島氏)は、夏山のハードルを劇的に下げた。

岩岳リゾートの星野氏広域で白馬エリアへの誘客を

白馬エリアでは、グリーンシーズンの集客拡大に向けて、さまざま取り組みが進められている。HAKUBA VALLEY TOURISMでは、大町市、白馬村、小谷村それぞれで風光明媚な景観8カ所を「HAKUBA VALLEY八景」として選定。オールシーズン楽しめるエリアとして、国内外で周遊を促す仕掛けを進めている。

白馬村観光局の福島氏は、異なる視点からグリーンシーズンの活性化を考えている。「地元の人たちの趣味を土台として造られる観光コンテンツは強い」と話す。例えば、マウンテンバイク。白馬には、マウンテンバイククラブが複数あり、体育として取り入れている学校もあるという。マウンテンバイクが白馬の夏の文化としてさらに地域に根付けば、その地域文化に共鳴して訪れる人も増える。「遠回りに見えて、実は一番効果的のように思える」と福島氏。青木湖でのサップや姫川でのラフティングも、地元で楽しむ人が増えれば、観光コンテンツとしての価値はさらに上がるとの考えだ。

また、グリーンシーズンの集客に向けては、他エリアとの協業にも積極的だ。岩岳リゾートは昨年、黒部ダムと立山黒部アルペンルートを運営する立山黒部貫光と観光客誘致に向けた協定を結んだ。北陸から黒部ダム、扇沢を抜けて信濃大町に抜けるルートから白馬に観光客を呼び込む。岩岳リゾートの星野氏は「特にインバウンドを呼び込むためには、面で呼び込む必要がある」と話す。さらに、開業が延期になっているものの「黒部宇奈月キャニオンル一ト」の一般開放への期待も大きい。

面的な誘致策は白馬エリア内でも模索が続いている。夏山営業を行なっているスキー場は、岩岳のほか、八方尾根、白馬五竜、栂池があるが、八方尾根には八方池に向かうトレッキングコース、白馬五竜には「白馬五竜高山植物園」、栂池には「栂池自然園」や「白馬つがいけWOW!」など、それぞれ特徴がある。HAKUBA VALLEY TOURISM代表理事の高梨光氏は「それぞれを周遊できる共通リフト券を考えていきたい」と意欲を示す。すでに冬のスキーヤー向けには共通リフト券を販売しているが、それをグリーンシーズンでも展開し、できる限り来訪者の滞在時間を伸ばしていきたい考えだ。

(左から)HAKUBA VALLEY TOURISMの高梨氏と中川氏。

さまざまなアイデアでインバウンド誘客

星野氏によると、グリーンシーズンの白馬マウンテンハーバーへの来場者は、長野県内からが約半数、首都圏から約3割、残りが関西、東海、北陸からだという。そのなかで、「最近、東南アジアからの来場者が増えてきた」と明かす。

HAKUBA VALLEY TOURISMによると、2023年のインバウンド来訪者は、大町市で2019年の7500人から1万860人、白馬村は2960人から5240人、小谷村が360人から1450人に増加。実数はまだ少ないものの、着実に増えている。

事務局長の中川友生氏は「最大のマーケットは台湾。台湾を含め香港、韓国、タイを『稼ぎ頭』と位置付ける一方、シンガポール、中国、欧米豪を成長市場と捉え、プロモーション活動を展開している」と説明する。HAKUBA VALLEY TOURISMは、ターゲット市場での商談会に積極的に出展するほか、ファムトリップも実施。SNSでは「HAKUKBA VALLEY八景」や「塩の道」などの広告配信などで訴求を強めながら、広域周遊コンテンツを造成していくという。さらに、今後は地域の事業者や生産者との協業でガストロノミーツーリズムにも力を入れていく考えだ。

一方、白馬村観光局では、台湾や東南アジアを中心に、グリーンシーズンでの山小屋体験を提案していく計画。福島氏は「山小屋はアジアからのインバウンドにとってはユニークな体験。山に登って、下界から隔絶された世界に滞在しながらも、生ビールが飲める、温かい食事が味わえる、快適な布団で寝れる、といった体験を楽しんでもらいたい」と話す。

白馬村最大の山小屋「白馬館」もインバウンドの受け入れを進めており、昨年は宿泊者全体の5%が外国人だったという。

このほか、サーキュラーエコノミーを考える「グリーンワーク白馬」などSDGs関連のイベントにも積極的に取り組んでいることから、国内外からの教育旅行の誘致にも期待をかける。

HAKUBA VALLEY TOURISMの高梨氏は、「日本のインバウンド市場全体でいうと、冬よりも夏の方が来ている。その需要を白馬を含めた3市村にも引っ張ってくる」と、グリーンシーズンでのインバウンド市場拡大に意欲を示した。

白馬村観光局の福島氏。ハード、ソフト両面をさらに高度化

世界で高級ホテルブランドとして知られる「バンヤンツリー」が、八方尾根スキー場の咲花ゲレンデ隣接地に100室前後のホテルを2026年以降に開業すると発表した。白馬東急ホテル(102室)、コートヤード・バイ・マリオット白馬(72室)などに続く、大型ホテルとして地元の期待も大きい。

また、岩岳リゾートでは、新しいゴンドラを今年の12月に設置する。現在の6人乗りから10人乗りになり、スピードもアップすることから、輸送力が格段に向上することになる。

一方、岩岳リゾートの星野氏はソフト面の強化も口にする。「接遇や接客、場内美化などがこれまで手薄になっていた。もっと満足度を上げていくためには、力を入れていかなければならない」と強調。今年の春からは外部講師を招いて社員教育も始めたという。

国内でも白馬エリアは冬のイメージがまだ強い。福島氏は、グリーンシーズンの白馬にとって「ライバルは冬の白馬とも言える」と話す。岩岳リゾートは、冬はスキーヤーやスノーボーダーの来場者を維持しつつ、ノンスキーヤーを増やし、グリーンシーズンの集客に向けては、国内初のアクティビティにこだわり、新しいコンテンツをさらに打ち出していく。

オールシーズンのマウンテンリゾートへ。それは、地域の持続可能な観光地づくりに向けたチャレンジでもある。

トラベルジャーナリスト 山田友樹

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