時速20キロ未満ゆっくり移動の「グリーンスローモビリティ」、広島県尾道市など3つの事例を解説、観光客と住民との共生がカギ【コラム】

こんにちは。東京大学公共政策大学院で、観光交通を研究している三重野真代です。本コラムでは、今、観光交通の観点から産業で起きている課題や取り組むべきテーマを解説しています。

地域を変える「グリーンスローモビリティ」、いわゆる“グリスロ”。住民が居住する・生業するエリアに観光客が訪問する場合、その共生の仕組みをモビリティとしてどう構築するのか、は重要な論点です。

今回は、具体的に東京都杉並区、京都府和束町、広島県尾道市の3つの事例を紹介しながら、観光交通としてのグリスロの活用法を解説します。

【事例1】東京都杉並区:地域の小さな移動ニーズをとらえる

グリスロには、Green、Slow、Safety、Small、Openの5つの特徴があります。

「Small」の力を発揮する場面は、国土が狭く、かつ古い街並みや道が多く残る日本では少なくありません。それは大都会東京にも当てはまります。車線数が多く高層ビルが立ち並ぶエリアもあれば、昔ながらの街並みや道幅の狭い「細街路」を残しているレトロな雰囲気のエリアも多くあります。また、鉄道・バス・コミュニティバスを持ってしても、補足しきれない「潜在的な小さな移動ニーズ」が実は多く残されています。

今回紹介する東京都杉並区は、2024年12月に、荻窪駅南側エリアにおいて、文化財「近衛文麿旧邸宅」を復元し、「荻外荘公園」をリニューアルオープンする契機にあわせ、当該エリアの回遊性向上に資するアクセスモビリティとして、11月からグリスロを導入することが決まりました。

荻窪駅南側エリアは、緑豊かな邸宅が並ぶ閑静な住宅地。そんなエリアで住民と調和し、観光客も地域も満足するような迎え方ができるのか。その解決策として白羽の矢が立ったのが、グリスロです。電動で静かなグリスロは、住民への騒音や排気ガス等の匂いも少ないことに加え、観光客を徒歩移動よりも速く公園等などに誘導し、観光客の住宅地での余計な寄り道を減少できます。

荻外荘公園などは、観光客と住民が共有する空間です。しかし、その手前の住民の日常空間は、観光客によって発せられる音や匂いなどが少ない方が、観光客と住民生活の調和のためには望ましいでしょう。

今回のグリスロのルートには、荻外荘公園以外にも、区民が親しむ角川庭園、公共施設などを結ぶため、住民の移動の利便性の向上も期待されます。平日と休日で観光客と住民の利用割合が異なるため、上手にミックスされて、全体としての利用率の向上も期待されます。

プレ運行がおこなわれ、都心にいながら遊園地のような体験ができると、長蛇の列ができるほど大人気だったグリスロ。11月から1周約2.5キロの本格運行が予定されています。

荻窪のまちに11月から本格導入

【事例その2】京都府和束町:狭い道も走れるグリスロに白羽の矢

京都府和束町は、「茶源郷」とも呼ばれる京都を代表するお茶のまちであり、京都府の約47%のお茶を生産しています。茶業を中心とした観光を展開する中で、茶畑景観を体感できるツアーとして、グリスロ「グーチャモ」による運転手ガイド付き茶畑めぐりツアーをおこなっています。

和束町内の道は非常に狭く、普通乗用車ではすれ違いが難しいほど。さらに、駐車場も少ないため、強みである美しい茶畑景観を活かすためには、通常の乗用車やバスとは異なるモビリティが必要でした。ここで、狭い道も問題なく走れるグリスロに白羽の矢が立ちました。グリスロを導入後、これまで観光客を案内できなかった茶畑めぐりを基本として居酒屋、カフェなど町内の観光スポットを回遊できるツアーの造成・販売を2021年に実現しました。

狭い道が続く和束町

グーチャモツアーの催行日は毎年3月から11月の間の土日祝日。1日4便、1時間15分。事業主体は和束町で、受付は和束町観光案内所でおこなっています。ツアー参加者には、和束茶パックセットと記念乗車証も準備されています。

駐車場も少ない和束町では、公共交通による訪町を促進するため、グーチャモの運行で奈良交通バスと連携しています。グーチャモ各便の発車時刻が奈良交通バスの到着時刻と連動することに加えて、奈良交通バスを利用した人は、グーチャモの料金が割引されます。既存公共交通との連携を促進する形で、環境に配慮したサステナブルな観光を実現できているとも言えます。

観光客を茶畑に案内することも可能に

和束町PR隊長の「茶茶ちゃん」とコラボしたYoutube「『走れ、茶茶ちゃん。』withグリーンスローモビリティ」は、大変可愛らしいPR動画です。ゆるキャラは頭が大きいので、グリスロへの乗車は厳しいことが少なくありませんが、それでもキャラクターとグリスロは愛らしい絵を作り出しています。

【事例その3】広島県尾道市:さまざまな身体状況に対応する足としても

広島県尾道市の備三タクシーは、「ゆっくり乗合観光」として、2024年4月からグリスロの本格運行を開始しました。尾道駅から3.3キロ離れた高台の浄土寺までをつなぎ、海の香りを感じながら、尾道特有の狭い路地を駆け抜ける、尾道ならではの箱庭的醍醐味を味わうことができます。尾道は美しい情緒あふれる町ですが、急峻で狭隘な道が多く、自動車のすれ違いの難しい場所も多々あります。そのような歴史的エリアの足として、グリスロが導入されました。

運行は、3〜11月の土日祝日。定期路線で、片道1日4便です。なお、尾道駅前のグリスロ乗り場には道路に「グリスロ」と書かれており、乗り場の路面に書くアイデアは尾道市が日本で最初に発案しました。

尾道のまちなかを走るグリスロ

尾道駅から浄土寺までは、多くの人が住む住宅エリアでもあるため、観光客のみならず、地元の人が多く利用しています。尾道で、私が印象的に感じたのは、車椅子の人の利用シーンです。ご本人は座席に座り、ドライバーが車椅子を折りたたんで後ろの荷物入れに載せていました。この方は、地元の車椅子ユーザーで、頻繁に尾道駅から利用しているそうです。

電動キックボードのように、若くて元気で体力もある方を対象にしたモビリティも必要ですが、歩行に困難が伴う方の移動を自由にするためのモビリティが必要です。グリスロは、低床でオープンであるため、通常の路線バスや乗用車と比べて乗り降りがしやすく、さらに速度がゆっくりで、走行中の身体的負担が小さく、安心した乗り心地があります。

オープンゆえに、クーラーはありませんが、「自然の風が心地よい」と話す人も多くいます。乗車時間も10~20分程度で、風が吹き込み、屋根が直射日光を遮ってくれるため、徒歩や自転車より圧倒的に涼しく感じられます。一方で、風に弱いという特徴もあり、強風時には運休する必要があります。どの天候でも快適に運行される公共交通とは異なり、休む日もある「南の島のカメハメハ大王」感覚の補完的モビリティとの認識も必要です。

歴史情緒あふれるまちの新たな足に

地域オリジナルを実現するために

観光客と地域住民の共生のあり方の1つの考え方は、観光客に対する負の感情を生ませずに、正の感情を生んでいく循環の構築です。

杉並区と尾道市では、観光客向けに新しい交通ルートができ、近隣住民も新たな移動手段を手に入れました。和束町では、茶畑での学び体験ツアーができたことで、街の主要産業であるお茶の消費拡大にも貢献しました。また、3地域とも走行場所が住宅地や茶畑などの狭い道で、グリスロのもつ静穏さや小型さが地区特性にフィットしている点も共通点です。グリスロは騒音や大気汚染、渋滞、交通事故、住民からの反感等の負の要素を生むことなく、地区特性と調和する形で、経済効果と、賑わい、豊かな住民生活などをもたらすことに成功しました。

グリスロの使い方は地域の数だけあるといっていいでしょう。そして、導入開始後も見直しや改善を図る地域がほとんどです。

観光客と住民の意見は異なるかもしれませんが、この両者の意見を同じ車両でどう実現するかが、地域の独自性を生みます。他地域の事例を参考にしつつ、自分の地域であればどの使い方がベストなのか。試行錯誤する過程を住民と楽しむ姿勢が、観光客も魅力に感じられる世界にただ一つのモビリティ、私たちの地域オリジナルのグリスロの誕生につながります。

三重野真代(みえの まよ)

三重野真代(みえの まよ)

東京大学公共政策大学院交通・観光政策研究ユニット特任准教授。運輸総合研究所客員研究員。2003年国土交通省入省。観光庁、京都市産業観光局観光MICE推進室担当部長、復興庁企画官(東北観光復興担当)等を経て、2021年より現職。編著書に「グリーンスローモビリティ~小さな電動車が地域と公共交通を変える~」(学芸出版社)がある。

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