リアルエージェント(リアルAGT:店舗を持つ旅行会社)とOTAとの販売比率は7:3くらいが限界――。そんな意見も聞かれた日本旅行業協会(JATA)経営フォーラム2016の分科会B「宿泊業界との新たな連携の在り方と課題」では、3軒の旅館・ホテルの実際の販売状況を数値で示しながら、リアルAGTに対する期待が語られたセッションとなった。
モデレーターを務めたのは、2月にJTBのOTAであるi.JTBの代表取締役から本社取締役旅行事業本部長に就任した今井敏行氏。今井氏は冒頭、「リアルAGTとOTAの違い、日本OTAと海外OTAの違い、リアルAGTに期待するのは何か、を掘り下げる時間にしたい」と述べ、議論をスタートさせた。
パネリスト
天童温泉ほほえみの宿滝の湯(株式会社滝の湯ホテル代表取締役社長) 山口敦史氏
- 日光千姫物語(春茂登旅館代表取締役社長)(春茂登ホテルグループ) 根本芳彦氏
- 箱根湯本温泉ホテルおかだ(株式会社ホテルおかだ取締役営業部長) 原洋平氏
- 日本旅行取締役常務執行役員営業企画本部副本部長企画・開発部長 吉金嘉洋氏
モデレーター
ジェイティービー取締役旅行事業本部長 今井敏行氏
旅行会社との関係が緊密な宿泊施設が登壇
旅館・ホテルと旅行会社との関係は、施設の方針によっても異なる。そのため、まずは初めに発表された自己紹介から、登壇した3軒の旅館・ホテルの特徴をまとめてみた。
各施設は規模や所在地は異なるが、共通点が多い。いずれも温泉地や宿泊施設が組織する団体の幹部なども務める地域を代表する施設であり、旅行会社との関係も密接。大手各社との協定団体(旅ホ連)にも所属し、支部や委員会などの要職も担う。旅行商品のパンフレット掲載も多く、消費者にも知られている旅館・ホテルグループである。
長く旅行会社との関係を築いている一方で、時代に即した対応も行なっている。例えば、個室の食事部屋や露天風呂付客室など、団体から個人化の旅行トレンドにあわせた施設改修を行なったほか、日光千姫物語の春茂登ホテルグループでは着地型の体験日帰りツアーを企画販売する第2種旅行業の子会社を設立。各施設とも個性や魅力の磨き上げにも余念がない。
さらに、各施設とも特徴やイメージを伝える自社ホームページを展開。「スクロールせずに、宿泊プラン検索が見えるようになっている」「検索結果に“公式”とちゃんと表示されている」など、OTAの代表を務めた今井氏が予約動線を含めて評価するクオリティで、「旅行・宿泊先を決定する際の参考にしたもの」の1位である自社ホームページの重要性を認識した上で作り込まれたサイトとなっている。
直販VS旅行会社の考え方
では、各施設の販売の現状はどうなっているか。パネルディスカッションで発表された数値は以下の通り。(施設ごとの数値が発表されたが、当記事では個別記載は割愛)
- 旅館・ホテルの自社販売(直販)とAGT販売比率:直販33~38%、AGT 62~67%
- 団体客と個人客の比率:団体24~48%、個人52~76%
- 総宿泊人員に占める自社ホームページ販売比率:5~10%
- AGT販売に占めるリアルとOTAの比率:リアルAGT 70~78%、OTA 22~30%
- インバウンド比率:3~10%
このうち、気になる販売比率については、直販と旅行会社のバランスで若干、考えの相違がみられた。ほほえみの宿滝の湯の山口氏は、「ちょうどいいと思っている。直販の限界はあるし、多くのチャネルを持つことは大切」と現状に満足しており、総パイを上げていくことを重視している。
ホテルおかだの原氏は直販で、「自社ホームページ以外で3割」を目指す方針。それは地域の団体客を現状以上に取り込めるとの考えによるもの。「自社ホームページの宿泊客は流動的で、そこまで伸ばしたいとは思っていない。それよりも継続的に来ていただける仕組みを考えたい」のが理由だ。
日光千姫物語の根本氏は「理想は5対5」との考えを示した。その理由として「手数料の関係もある」としつつ、「リアルAGTとはむしろ深い付き合いをしたい」と重視する姿勢も強調。「リピーター率は5割、高単価で館内消費も高く、良質なお客様が多い」と送客の質の良さを説明する。また、自社ホームページの販売も10%を超える程度まで上げたいとの希望があるが、これについてはOTAで売れ残る分を自社のホームページで取ろうとする考えで、「稼働率を限りなく100%に近づけるための施策」という。
リアルAGT対OTAの考え方
一方、旅行会社販売におけるリアルAGTとOTAの比率については、概ね現状で納得しているようだ。
山口氏は「これでもOTAが多くなった」といい、「これくらいが限界」という見方。むしろ「これからは対面販売が伸びると思う」と、リアルAGTへの期待が高い。根本氏も「我々もこの程度が限界だと思う。伸びてもあと5%くらい」との考え。
原氏の「これくらいのバランスでいい。もしOTAを増やすなら在庫を引き上げることになる。そうなるとパンフレットの商品がなくなってしまうので、全体で見ることが大切」との発言からは、各者の「限界」の言葉には「現状のバランスに留めたい」との意向が含まれていることがうかがえる。
ただし、インバウンドでは状況は少し異なるようだ。比率はそれぞれの施設によって異なるが、例えば春茂登ホテルグループでは、日光東照宮の境内にあり、料金も安価な東観荘ではインバウンドが6割を占める。そしてその9割が海外OTAだという。
ホテルおかだでは現在、インバウンドの中心は台湾だが、今後は消費額の高い欧米市場の比率も上げたい考え。そのためのチャネルとして「OTAは勉強しないといけない」(原氏)という。ただし、「海外OTAは、旅館の1泊2食の考え方が旅行者に伝えきれない」と指摘し、日本の旅行会社がインバウンドで介在する役割を示唆した。
在庫の課題、対等に言いあえる関係に
今後、旅館・ホテルとリアルAGTは今後、どのような関係を築いていけるのか。特に在庫については、本パネルディスカッションで最も白熱した場面となった。「お互いが言いたいことを言えるバランスで、健全な販売をしたい」(原氏)、「お金の流れが発生して初めて仕入れという言葉が出てくる」(山口氏)といい、「買い取りがありがたい」(根本氏)との本音も。
返室については、その後の販売を考えると「1週間前では難しい」(山口氏)、「一定のルールが必要」(根本氏)などの意見も聞かれ、共有在庫の考えも示された。「稼働率がすべて。提供客室がどれくらい稼働するか、旅館も見ている。旅館も旅行会社を選ぶ時代が来ている」(根本氏)との指摘もあった。
このほか、リアルAGTへの期待としては「地域振興とインバウンドの拡大。これに向けた資源の共同開発や発地着地のピーアール」と根本氏。山口氏も「各支店でのDMC的な役割」と、新たなアイデアも提供した。原氏は、共同での総需要の拡大を呼びかけるとともに、OTAの手数料値上げにも言及。「競争激化によるマーケティングコストの高騰を宿泊施設に転嫁している。こういうことがリアルAGTでは起きないようにしてほしい」と話した。
以上を受け、旅行会社のパネリストとして登壇した吉金氏は、「よりシビアな状況になっていて、仕入れの在り方が問われている。商品の作り方、販売の仕方まで一貫して、預かった客室をいかに早く、そして平日やオフシーズンを売っていくか、さらに真剣に取り組んでいきたい」と述べた。さらに「利便性や付加価値で購入先を選ぶのはお客様なので、選ばれるリアルAGTでありたい。旅行業の利益の根幹は宿泊券販売であり、そのために変化に対応していく。引き続きWIN×WINの関係をお願いしたい」と力を込めた。
2、3年で進んだ旅館・ホテルのIT対応
また、今回のパネルディスカッションでは、オンライン販売にかかるマーケティングについても様々な見解が聞かれた。
例えば、自社ホームページ販売の話題のなかで今井氏は、i.JTBでリスティング広告の経費効率が最も良かったキーワードでも13%(1万円の売上げを建てるための広告費が1300円)であったことを明かし、「経費効率を考えると、リスティング広告費よりも、リアルAGTに10~15%の手数料を払った方が安いのではないか」と話題を提起。
すると「いま、力を入れているのはリマーケティング。OTAのサイトを見て、情報を見るために弊社のホームページに来た予約に繋がりそうな人を追いかけて結果に繋げていく。キーワードだと高いが、この方法だと非常に安い」(原氏)との考えも聞かれた。
今井氏は、各施設のホームページが戦略的に作られていることもあわせ、「旅館・ホテルの経営者はどこに行っても、このくらいホームページやEマーケティングを考えている。こういうことを積極的に知ろうとしている動きが、この2、3年で顕著」とし、「しかし、旅行会社は専門家や専門部署に任せてしまっている」と指摘。旅館・ホテルとの新たな連携を目指すためには、旅行会社も同等の知識が求められていることを示唆したといえるだろう。
取材:トラベルジャーナリスト 山田紀子