ロボットが運ぶルーム・サービス、キオスク端末でのチェックイン、顔認証テクノロジー、コンシェルジュ顔負けの「スマート」スピーカー―――。近未来のホテルはまるでSF小説のようだが、雇用へのマイナス影響に不満を募らせているのが、米国各地のホテル従業員。2018年10月初旬、全米各地のマリオット系列ホテルで大規模なストライキが勃発したこと、その背景をAP通信が報じている。※写真は、10月4日のサンフランシスコ・マリオットホテル前のデモの様子
全米各地のホテルで1万人規模のストが発生
米国のホテル労働組合の発表によると、10月初旬、東海岸のボストンから西海岸のサンフランシスコ、そのほかサンディエゴ、オークランド、サンノゼ、デトロイト、そしてハワイ・ホノルルと全米各地のマリオット系ホテルで計8000人ほどの従業員がストライキを行った。ボストンのWホテルでドアマンとして働くファン・エウゼビオ氏は、「テクノロジーは、私たちの仕事の役に立つものであってほしい。私たちの仕事を奪うのではなく」と話す。
ハウスキーピングに従事する労働者から、やり玉に挙がっている施策の一つは、環境保全を目的にマリオットが導入している「グリーン」プログラムだ。宿泊客に対して、必要ない場合に清掃サービスを断ることを促す「環境保護」の取り組みで、近年、利用者が増えている。西海岸では、食事のデリバリーサービスやライドシェアの台頭に伴い、バーやレストランなど、併設の飲食施設を縮小するホテルが増えていることや、ドアマンのチップが減少していることも、雇用不安の一因となっている。
世界最大のホテル運営会社、マリオットでは、従業員によるストライキ断行について「遺憾」とコメント。しかし、雇用不安などの問題については言及を避けた。同社は北米で5000軒以上を展開しているが、このうち労使交渉が難航しているのは40軒ほど。今回の大規模ストに先立ち、今年9月には、シカゴでマリオットの他、ヒルトン、ハイアットなど複数の大手ホテル計26軒で約6000人規模のストが勃発している。
要求は「利益に見合う給料や労働条件の改善」
組合団体「ユナイト・ヒア」の国際代表を務めるD.テイラー氏によると、労働者側の要求は都市によって様々だが、「共通しているのは、家賃や物価の上昇に見合う給料や労働条件の改善」。景気低迷期は、賃上げを見送るかわりに雇用を維持する方針とする経営側に協力してきたが、都市によっては、ホテルが記録的な利益を出すようになった今、従業員にも恩恵があるべきだと主張している。
マリオットが今年8月に発表した第2四半期決算は、利益が前年同期比25%増の6億1000万ドルだった。
テイラー氏は「規模は世界最大、利益も最も大きいホテル会社なのだから、(従業員の要求に応えることが)できるはずだ」「組合員は生活していくために仕事を2つ3つ掛け持ちし、ぎりぎりの状況だ」と訴えている。
加えて組合側は、マリオットが推進する「グリーンな選択肢(Make a Green Choice)」プログラムがハウスキーパーの労働状況に及ぼしている影響も問題視し、経営側に改善を求めている。同プログラムは、ハウスキーピングサービスなしを選択した宿泊客に対し、優待ポイントや特典を贈呈するもの。導入から10年ほど経過し、いまや競合ホテルも同様の施策を行っている。
しかし組合が9月に発表したレポートによると、同プログラムの影響で、ハウスキーパーの労働時間が減る一方、チェックアウト後の清掃では作業負担が増大し、スタッフが怪我するなど深刻な事例が出ている。
マリオットは、グリーン・プログラム導入によるコスト削減額は明らかにしていないが、同社の2017年レポートでは、環境や持続可能性実現への取り組み効果で、エネルギー消費量は10年前と比べて13%減、水の消費量は8%近くの削減を達成したと報告。これに対し、労働組合ボストン支部長のブライアン・ラング氏は「環境対策というのは表向きで、実は『労働コスト削減プログラム』だ」と批判する。同プログラムの影響で、ボストンの場合、ハウスキーパーの勤務時間は15~20%減少したという。
またテイラー氏は、新しいテクノロジー導入の際は、遅くとも180日前までの事前告知を経営側に要望。併せて組合員に必要なトレーニングの実施と、最終的に解雇に至る場合の「公正な契約解除」を求めている。
ライドシェアサービスや「モバイルキー」も従業員の懸念要因に
一方、ユナイト・ヒアのサンフランシスコ支部代表、アナンド・シン氏によると、サンフランシスコでは、グラブ・ハブ(Grubhub)やウーバー・イーツ(Uber Eats)など食事デリバリーサービスの人気を受けて、ルーム・サービス提供を全面的に廃止するホテルが出ている。ウーバー(Uber)やリフト(Lyft)など、ライドシェア・サービスの普及も、ドアマンの仕事が減るなど、ホテル従業員には逆風だ。
マサチューセッツ州チェルシーのあるホテル従業員の場合、過去3年で収入は4割減。その大きな理由が、タクシーを呼んだり、荷物を車に載せることでゲストから得ていたチップ減だという。最近では、ライドシェアを利用する宿泊客が多くなった。こうした時代の流れのなか、ドアマンのファン氏は会社に対し、給与を1時間10ドルから18ドルに上げるよう求めている。
また、ホノルルのシェラトン・ワイキキで、フロントデスクを担当する29歳のボラム・シン氏も将来を心配している。新しいチェックイン・テクノロジーが導入されるからだ。スタッフ向けに、宿泊客が自分のスマホでチェックイン手続きを済ませ、場合によっては部屋のドアも開けられるという「モバイル・キー」アプリについての研修が行われたが、こうなると、ゲストがカードキーを受け取るために、フロントデスクに立ち寄る理由はなくなる。「我々の立場は厳しい。でも大勢が解雇されたら、島内で他に仕事が見つかるのかどうか」。
ホノルル現地紙によると、ハワイのマリオット系列ホテルで10月8日から1週間に渡って続いたストに参加した従業員数は計2700人。組合とホテル経営側の労使交渉が行き詰まり、マリオットが運営するシェラトン・ワイキキ、ロイヤルハワイアン、ウェスティン・モアナサーフライダー、シェラトン・プリンセス・カイウラニ、シェラトン・マウイでストが断行された。ハワイを代表する有名ホテルだけに、組合側も「最大手との契約交渉が最優先」と力を入れており、交渉はしばらく続きそうな気配だ。今後、他のホテルも巻き込み、さらに拡大する懸念すらある。
ハワイへの旅行者数は今年初め、好調に推移しており、年間の訪問客数が1000万人を突破するのではと期待されていた。しかし「火山の噴火、ハリケーンと洪水、そして今度は労働組合の問題が勃発した。大台に乗るのは難しいかもしれない」と現地の旅行会社社長は嘆く。
スト期間中、チェックインは長蛇の列となり、レストラン、バレットパーキング、ハウスキーピングなども通常よりサービスの規模を縮小しての運営を強いられた。