ますます注目が高まる訪日市場でのタビナカ。名所旧跡を訪れ、美しい風景を鑑賞し、食事を楽しむ観光の途中で「何かを体験したい」という需要は確実に増加し、それに応えるためにさまざまなオンラインプラットフォームも登場している。都内で和食料理教室を開いている明子さんも複数のオンラインチャネルを通じて訪日外国人を自宅に迎えている。海外でも和食の人気が高まっていることもあり、「特に春と秋は忙しくなります」と話す。彼らにとっては、「和食が好き」「自分でも作ってみたい」など料理自体への関心だけでなく、それ以上の楽しみがあるようだ。
初来日の大学院生5人、「簡単には行けない国だから」
「Misoは何からできてるの?」
参加者の一人マケーラさんはそう尋ねた。彼らは、Miso Soupが日本の味噌汁であることは知っているし、この日の前日には下北沢のミシュラン寿司屋「鮨福元」にも行っているが、それを聞く機会はなかったようだ。
「大豆を発酵させてできるのよ。日本には地域によっていろいろな味噌があるの」と明子さんは説明し、異なる3種類の味噌をテイスティングしてもらった。5人は恐る恐る舐めると、「味は違う」と言いながらも、それ以上言葉が続かない。味の違いを英語で表現するのは難しそうで、ちょっと困ったような表情を浮かべたり、隣の人と顔を見合わせたりした。
今回明子さんの料理教室に参加したのは、アメリカ・ペンシルバニア大学ウォートン校の大学院生。毎年大学主催の海外旅行の企画があるようで、今年は日本、ケニア、モロッコが行き先として選ばれ、日本旅行の参加者は一番多く70名ほど。料理教室に参加した5人も「簡単には行けない国だから」と日本を選んだという。いずれも初来日。京都、箱根、横浜をまわり最後の数日を東京で過ごした。
「日本の普通の家庭に行ってみたかった」
この日のメニューはエノキとお揚げの味噌汁、ほうれん草の胡麻あえ、なすの味噌田楽、太巻きの5品。明子さんが素材や調理法を説明しながら料理し、生徒たちがそれをサポートするというスタイルでレッスンは進む。アメリカでも和食は人気だが、彼らは実際につくったことはない。英語で書かれたレシピを見て、エイミーさんが「和食はヘルシーだと思ってたけど、意外と砂糖を使うのね」とつぶやいた。胡麻あえにも、田楽にも、酢飯にも砂糖が使われる。味噌にしても味は甘辛い。すると、チャールズさんは「たぶん、アメリカではスナックやキャンディをたくさん食べるからダメなんじゃないのかなあ」とエイミーさんに応えた。
彼らにとって自分たちで日本食をつくるのは新鮮な体験のようだ。調理中いろいろな疑問を明子さんに投げかける。
「Dashi(出汁)って何?」
「Kombu(昆布)は何に使うの?」
「なぜ、酢飯をうちわで煽るの?」
「なぜ、なすに切り込みを入れるの?」
「太巻きには普通何を入れるの?」
などなど、日本の家庭料理に対する素朴な質問が多い。
逆にこちらからも聞いてみた。
「なぜこの和食料理教室を選んだの?」
「もともと和食に興味があったから」とメラニーさん。
「日本らしい体験をしてみたかった」とコナーさん。
「和食もそうだけど、日本の普通の家庭に行ってみたかった」とチャールズさん。
明子さんによると、この教室にはさまざまな外国人が来るそうだ。SNSにアップするためにひたすら写真を撮る人、日本のマンガから影響を受けて和食に興味を持った人、日本人も説明できないようなことを知っている日本通の人など。
「でも、共通しているのは、彼らは普通に生活している日本人と話がしたいんだと思います。旅行をしているなかでは、そういう機会はあまりない。たぶんホテルやショップのスタッフと話すくらいでしょう」と明子さん。彼らは求めているものを「authentic experience」としばしば表現するという。「本物の体験」。それは言い換えれば「日本人の普通の生活」ということなのだろう。
「トリップアドバイザーの力はすごい」
明子さんは、この和食教室を始めて3年になる。友人に誘われて、外国人向けの和食料理教室を提供している「Musubi Cooking Class」に参加した。現在は、そのホームページ、現地アクティビティ予約プラットフォームの「ビアター」、世界中の料理教室を集めたプラットフォーム「Cookly」から予約を受け付けている。
そのなかでも予約流入が多いのは「Musubi Cooking Class」で、特にトリップアドバイザーの認証を受けてから急激に増加。明子さんも「トリップアドバイザーの力はすごい」と認める。トリップアドバイザーのクチコミからMusubiを見つけて、そのホームページから予約が入る動線に加えて、最近ではトリップアドバイザーの傘下に入ったビアター経由の予約も増えているという。
最低料金は、メイン1種類、サイド2種類、味噌汁で1人8000円(75ドル)。最大催行人数は6人で、1人のみの場合は1万円に設定している。1人の場合は、日にちを調整し、他の参加者と混載とすることで8000円として提案することもあるそうだ。サイトが英語のみということもあり、参加者はアメリカとオーストラリアが圧倒的に多く、そのほかカナダやヨーロッパからの旅行者からも予約が入る。
「最近はラーメンの希望が多いですね」と明子さん。海外でのラーメン人気を受けて、自分でもつくってみたいと思う外国人は多いが、ラーメンの起源が中国とは知らず、日本オリジナルの食だと思っている人も多いという。そのなかでも圧倒的な人気はとんこつラーメン。「手間も時間も寿司よりかかります。参加者も『なんて大変なんだ』と感想を漏らしますね」。和食はヘルシーという固定概念から、ラーメンもヘルシーフードと認識している外国人も多いようだ。
味噌汁の「スプーンがないようだけど・・・」
海苔のうえに酢飯を盛り、きゅうり、アボガド、マグロ、エビなどをその上にのせ、巻き簾で不器用に巻いていく。巻き終わった太巻きを一口サイズに切り分け、お皿に並べると、参加者から笑顔がこぼれた。味噌汁を飲もうとするエイミーさんが「スプーンがないようだけど・・・」と不思議がる。明子さんが「そのまま口に付けて飲めばいいのよ」と教えると、「このまま? 持ち上げて? 直接?」と聞き直しながら実食した。これもauthentic experience。
これまでの日本旅行でメラニーさんは着物の着付けが楽しかったという。チャールズさんは、大広間に列を並べて、一人一人に料理が配膳される宴会が印象に残っていると話した。いずれも日本らしい体験だが、タビナカの和食料理教室は彼らにとって一歩踏み込んだ日本。日本とのつながりが強くなる経験になったようだ。
この日が彼らにとって日本滞在最後の日。夜まではフリータイムだという。
「これから渋谷に行ってみない?」
エイミーさんはマケーラさんを誘った。
取材協力 Musubi Cooking Class
取材・文 トラベルジャーナリスト 山田友樹