2019年7月に開催されたWiT JAPAN & NORTH ASIA 2019。そこでは、タビナカ市場をけん引してきたベルトラ取締役ロッド・カスバート氏(トリップアドバイザー傘下ビアターとRome2Rioの前会長兼最高経営責任者)と、OTAアゴダからクルック(Klook)最高執行責任者として経営陣に加わったウィルフレッド・ファン氏がタビナカ市場について語った。値下げ問題からタビナカ・サービスの在り方まで、この市場を知り尽くした2人が今、考えていることとは? 以下、要旨を採録する。質問者はWiT創業者のイェオ・シュウ・フーン氏。
――今やクルックもゲットユアガイド(GetYourGuide)も、膨大な出資を獲得している。これに比べるとビアターのトリップアドバイザーへの売却額はかなり小さかった。少々、安すぎたと思うか?
ベルトラ取締役ロッド・カスバート氏(カスバート、以下敬称略):2014年当時としては、悪くなかった。あの頃、ツアー&アクティビティは、今のようにホットな注目分野ではなかった。本当に色々な企業と話したが、タビナカ市場の将来性を見出し、そこに賭けてみるガッツがあったのは、トリップアドバイザーだけ。
タビナカ市場をオンラインで扱うビジネスを始めた当時を振り返ると、最初の数年間、同業者は皆無だった。周囲は皆、このマーケットに対して懐疑的で、航空券や宿泊、レンタカー、クルーズなしでビジネスが本当に成り立つのか、という見方だった。しかし、時間はかかったものの、我々は成り立つと証明してみせた。
クルック最高執行責任者ウィルフレッド・ファン氏(ファン):私は2018年末にアゴダからクルックへ加わったのだが、決断の理由の一つは将来に対する野心と言える。アゴダが創業した頃、すでに(OTAの競合としては)ブッキングドットコムやエクスペディアという大手が君臨していた。だがローカルツアーやアクティビティ市場はまだこれからの分野。クルックを含め、新興勢力がアジア市場でナンバーワンになること、さらには世界トップになる可能性は大きいと考えた。
――これからナンバーワンになるためには何が必要か?
カスバート:大手企業、いわゆるトリップアドバイザー、エクスペディア、ブッキングホールディングス、それにグーグルも加えてよいと思うが、こうしたところは、グループ全体でエコシステムができあがっている。巨大かつブランドに対するロイヤルティも高い顧客ベースをすでに獲得しているので、そこにツアーやアクティビティ商品を投入すればよい。
これに対し、クルックやベルトラ、ゲットユアガイドは、まだ単体ビジネスにとどまっている。(出資を受けて)潤沢な資金をクリエイティブに活用し、巨大な顧客ベースを獲得できるようなエコシステムを築けるかどうかが、一つの分岐点になると考えている。
ファン:エコシステム、あるいは膨大な顧客ベースを確立している大手OTAの内実をよく見ると、最も利益を上げている分野は、主に宿泊関連で、リソースもこの部分にもっとも手厚く投じている。航空会社に喩えるなら、宿泊が主力ビジネスである「座席」、残りのトラベル関連サービスは「アンシラリー(付帯サービス)」という感じだろうか。つまりフォーカスしている部分が、大手OTAと我々では異なる。タビナカ分野のサービス・レベルや提供できるプロダクト内容では、我々の方が上だ。
カスバート:同感だ。もしも私がファン氏の立場にあったら、同じような考えをするだろう。ブッキングやエクスペディアのような大手OTAは、取扱いのキャパシティもチームも大きいから、一度に複数のボールを扱うことができるが。
ファン:クルックにアクセスしてきたユーザーが、どのように動いているか追ってみると、もちろん事前に航空や宿泊、レンタカーなど、様々な手配は必要だが、それが旅の目的ではない。美しいホテル自体が楽しみという場合もあるが、大半のユーザーにとって、現地での体験や食などが旅の目的で、それを探している。我々がフォーカスしているのはこうしたエクスペリエンス。旅行者はその途中で色々なことに関心が向くので、取扱うサービスの幅は広げたいが、航空券や宿泊など「どこかへ行く手段」としての旅関連サービスは、我々のフォーカス分野ではない。
――先ごろ開催されたタビナカの国際会議「アライバル」では、値下げ合戦が大きな話題だった。ダイナミックプライスが色々なサービス分野に拡大しており、ネット販売は、こうした手法に適している一方、価格を頻繁に見直す動きが加速する懸念もある。現状をどのようにとらえているか?
ファン:インターネットやデジタル・プラットフォームは、中小規模の事業者にも、世界中のマーケットにアクセスする機会をもたらすようになった。例えば日本でいえば、かつてはJTBのような大手だけがグローバルな流通ネットワークを展開できた。だが今では限られたリソースしかない事業者も、自社プロダクトを大手のプロダクトと並べて提示できるようになり、その結果、消費者は会社の規模とは関係なくプロダクトを比較できるようになった。
その分、比較する対象はどんどん増えており、当然、価格も以前より比べられるようになった。価格が適正かどうか、チェックする目は厳しくなる。
カスバート:現状の割引き合戦は、決して健全な状況ではないし、キャンセルが横行している状況もサプライヤー側にとっては大問題だ。
再販が必要になり、安売り、値崩れにつながっていく。こうしてサプライヤーとリセール(再販)業者のいびつな関係ができあがる。値引きが主なマーケティング手法という販売業者であれば、サプライヤーとの関係は長続きしない。だが今や、あらゆる販売業者がやっている。クルックだけを責めている訳ではない。
ファン:他の業種に目を転じると、例えばウーバーの登場により価格破壊が起こり、オンデマンドサービスが手軽になり、利用者の考え方まで変えてしまった。その結果、世界中でタクシー業界は競争力アップを余儀なくされた。ツアーやアクティビティ市場で今、起きていることも同じだと考えている。今はまだ序盤戦で、現地ツアーやアクティビティのうち、オンライン対応しているものは全体の5~6%ほどだが、オンライン化は確実に進み、タクシー業界のような変革が進んでいく。
カスバート:値下げ合戦について、私のもう一つの批判は、マーケティングにおける工夫がまったくなく、割引きだけに頼っているということだ。もっと付加価値を付けるとか、想像力を駆使するべきだ。
――とはいえ、ホテルも航空会社も割引きで注目を集める手法は、旅行業界ではみんながやっている。それに消費者は間違いなく喜ぶ。
カスバート:消費者は、付加価値を付けることも喜ぶ。ベルトラの場合、プランに特典を付けることで、特に日本人利用客に対して非常に効果を発揮している。
ファン:リソースに余裕があるなら、付加価値を付けることはもちろん効果的だ。利用者はハッピーになるし、サプライヤーには、より多くの顧客を届けることにつながる。
――カスタマージャーニーについてはどう考えているか?
カスバート:Rome2Riの頃から現在に至るまで、共通して感じるのは、利用客はスペシャリストが好きだということ。ベルトラやビアターが支持されるのは、タビナカに専門特化しているからだ。
ひとつの場所にすべて必要なものが揃っていて、そこで旅行のあらゆる手配が完結するのが一番よいのか疑問だ。私の見方だが、消費者はそのようには考えていないのではないかと思っている。エアビーアンドビーは民泊で大成功した後、エクスペリエンスにも領域を拡大しているが、どうだろうか。消費者は、専門特化した別のサイロがあれば、そこもチェックするだろうし、そこで予約することも厭わないだろう。
――スーパーアプリはどうか。例えば私が暮らすシンガポールでは、ホテル到着してから、こうしたアプリでレストランやアクティビティを予約できる。
ファン:スーパーアプリは、私もよく使っている。鍵になるのは、購買を検討しているプロダクトに関するコミュニケーション、そして決済ができるかどうかだ。だが旅行というのは特殊な分野で、かならずしもこうした条件は当てはまらない。
トラベル分野の場合、サービスが一番重要になると考えている。旅行する場合、万一に備えて、誰か頼れる相手がいてほしいものだ。いろいろな事態が想定されるだけに、すべてを自動化するのは不可能だ。
モノを購買する場合は、売り手と買い手、2つのポイント間で完結するやり取りになるが、旅行の場合は状況が常に変動し続ける訳だから、話はもっと複雑になる。何かあったとき、いつでも頼れる相手を確保しておくことが重要になる。
――サービスの良し悪しを体験する機会がたくさんあるほうが有利になるのではないか? つまり、利用頻度の多いサービスが揃っている方が、有利になるのでは?
ファン:利用頻度が多いことと、ビジネスの根幹は別の話だ。利用頻度が高くなれば、旅行サービスをいずれ利用してくれる可能性も増えるので、もちろん客との接点は増やしたいし、そのためには提供できるサービスのカバー領域は広いほうがよい。例えばクルックでは、アジアの複数マーケットで飲食関係も取扱っている。一部の飲食サービスは、確かにツアーよりも頻繁に利用があるので、顧客ベースの拡大に役立つと考えている。ただしビジネスの基盤は、顧客へのサービスを何層にも渡り、あらゆる段階で用意しておくことにあり、旅行先で困ったときに対応できるかどうかだ。
――ベルトラではどうか?
カスバート:ベルトラは日本市場に強いので、日本市場に関心の高い海外パートナー企業との取引が多く、私自身も勉強している。日本人利用客の特徴は、エモーショナルなエンゲージメントを重視するところだと感じている。安全性や、企業に対する信頼性、自分のことを理解しているのか、日本の会社なのか、といったこと。海外企業の場合、こうした日本人客の求めることを理解して対応しているつもりでも、日本人の期待通りにはできていないことが多い。日本人スタッフが多いベルトラの強みになっている。
――日本市場に支えられて成長してきた企業の場合、そうした日本的DNAが、逆にグローバル化に着手する際、足かせにもなることもあるのでは? アドバイスはあるか?
カスバート:もちろんグローバル市場に出ていかないとビジネスは拡大できないし、私がベルトラから声をかけてもらった理由でもある。オンラインプラットフォーム上でもう少し積極的になるべきだ。日本のタビナカマーケットは、オンライン化しているのはまだ20%程度に過ぎず、周知の通り、これからの潜在的なチャンスは巨大だ。だがビジネスを拡大するためには、何かしらの方法で、海外市場にリーチする必要があるのは明らかだ。
――最後にお互いに対する質問を一つずつどうぞ。
ファン:もしもトリップアドバイザーがビアターを無料で返してあげるといい、再び経営をかじ取りすることになったら、何を変えたい?
カスバート:まったく想定外の質問がきたな。まずは、トリップアドバイザーにビアターを売却した当時のチームを呼び戻したい。
カスバート:クルックは、資金調達であんなに大金を手にして、一体何に使うのか? 永遠に使い切れないほどの額だ。
ファン:賢く使います。大部分はインフラに投資する予定で、具体的には、チームとプロダクト。それから先ほどの話にも戻るけど、サービスの強化で足りていない部分に投資する。スタートアップが資金を獲得すると、まずマーケティングに投じる例は多いが、クルックは逆だ。
――特に注目している企業は?
ファン:グーグル。検索や広告に徹し、仲介業は手掛けないでほしい。ますますキャンセルが増えることになるから。個人的にグーグル社員は良い人が多いが、境界線を越えてトラベル分野に進出するような戦略は好ましくない。
ガスパード:同じくグーグルは注視している。ファネルの頂点に君臨している企業だから。だがグーグルがどのような戦略に出ようとも、トラベル分野において、選ぶのは利用者だ。