顧客データを収集したい企業が、これから最も力を入れるのは「イベント」になりそうだ。データのプライバシー保護規制を突破できる手法であり、求めている顧客像にぴったりの参加者を集められれば最強だ――。
2002年の映画「マイノリティー・リポート」を見た人は、プライバシーが侵害される近未来のディストピア(暗黒世界)に戦慄したことだろう。このサイエンス・フィクション映画では、第三者が集めた個人データを使うリアルタイム広告が登場し、インターネット時代の到来からまだ日が浅い当時、人々を驚かせた。それから20年が経ち、こうした広告手法は残念ながら当たり前となり、何も気付かない人さえいる。近年、ネット利用者が個人データ収集に反対するようになったことで、新たなマーケティング機会として、脚光を浴びているのが「イベント」だ。
クッキーとは? いったい何が問題視されているのか?
我々は日々、かなりの時間をインターネット上で費やしている。オンラインでつながった状態で、色々なウェブサイトやアプリをあちこち行き来し、メールやメッセージング・プラットフォームを利用している。こうしたサービス利用にかかる費用は、ほぼ無料だ。では、誰がコストを肩代わりし、歴史上でも類を見ない巨大企業の成長を支えてきたのか?
答えは広告。
ソーシャルメディア、電子メール、コンテンツ提供など、インターネット事業の多くは広告が支えている。そして広告主は、このテクノロジーが大好きだ。ターゲット顧客に狙いを定めるのに欠かせない貴重なデータを提供してくれるからだ。
これを可能にしている技術が、「クッキー」と呼ばれるもので、利用者を追跡するのに活躍する。インターネットのユーザーが、何かを閲覧するたび、その履歴が保存される小さなデータの塊のようなものだ。クッキーには、色々な種類がある。例えば、サイトへのログインを認証するものや、自社サーバー内での動きだけを追跡するファーストパーティー・クッキーなど。このうち、最もよく利用されると同時に問題にもなっていて、影響力の大きいクッキー、第三者(サードパーティ)クッキーについて、ここでは取り上げる。
サードパーティークッキーとは、利用者のあらゆるブラウザ履歴を長期間に渡り追跡し、各種データを収集したものだ。ユーザーが見た全てのウェブサイト、オンライン購入したもの、オンライン上で記入した名前などの情報を集めることができる。広告主は、このサードパーティークッキーのおかげで、利用者の人物像をよりクリアに把握し、何に興味あるかを推測しやすくなる。しかし、このタイプのクッキーを使用することは、プライバシー侵害にあたるとの反発も強まっていった。
クッキーをめぐる変化とは
クッキーの仕組みが広く知られるようになればなるほど、これを嫌う人が増えた。ユーザーがインターネットを利用している間中、追跡されていることが広く認知されるようになり、サードパーティークッキーはプライバシーへの脅威となった。
サードパーティークッキーをブロックするブラウザも登場した。2020年にアップルがリリースしたサファリは、トラッキングを制限する機能(ITP)をデフォルトで搭載しており、サードパーティークッキーによるデータ収集をブロックする。また2022年版のMozilla Firefox は「クッキーの完全防御」機能を採用。30億人が利用しているグーグルのクロームも、2023年末までに同様のトラッキング防止機能を付ける計画だ。これまではマーケティングの最重要ツールであり、その売上規模を合計すると、推定で年間5660億ドル(約73兆5800万円)に達していた。
クッキー喪失で注目高まるイベント活用
サードパーティークッキーが消えゆくなかで、新しいスタンダードになるのが自社(ファーストパーティー)データの収集・活用だ。ファーストパーティー・データというのは、顧客と企業が直接、やりとりする情報のこと。オンラインでの事例もあるが、むしろサードパーティークッキーを介した関係性より、イベント開催者と参加者の関係性に近い。イベントでのファーストパーティー・データ収集例を挙げると、参加登録、RFID(無線周波数での情報読み取り)、トラッキング、顔認証、さらにイベント終了後の調査などがある。
「イベントを開催すると、自社オーディエンスについての理解を深めることができる。顧客のクリックだけでなく、行動を促すものが分かる」とダリア+エージェンシー創業者のダリア・エル・ガザール氏は話す。
リレーションシップ主導型のファーストパーティー・データ収集は、これからのマーケティングにおいて最も強力な新潮流になる。その結果、イベントへの投資は、オンライン対策と同じぐらい重要になるだろう。オンライン広告によるプライバシー侵害を嫌う消費者にとっても、イベントに関与する方が好ましいのではないか。少なくともイベントでは、登録手続きやネームバッジの着用、ネットワーク作りへの参加などを通じて、参加者との間には、明確な合意が形成されている。
「イベントは、参加者との関係を深め、その動機や要望を知るために絶好の機会となる。サードパーティークッキーができることは、あくまで推測に過ぎない。だがイベントならば、購入者や潜在顧客から直接、シグナルを得ることが可能だ」とエアミートの最高マーケティング責任者(CMO)、マーク・キレンズ氏は話す。
新世界に照準を合わせたイベント準備を
オンラインでのユーザー行動の変化には、イベントプランナーにとっても、多くの有意義な学びがある。最も重要なことの一つは、データ・プライバシーがいかに重要な問題になっているかだ。データ保護を重視する時代へのシフトは、フェイスブックの収益源に大きな影響を与え、アップルやグーグルもブラウザの見直しなどの対応を余儀なくされた。
こうした大手各社だけでなく、あらゆる企業や組織においても、開催イベントでのデータの扱い方やデータポリシーをチェックし、最新標準へとアップデートすることは必須だ。データ・プライバシーとは、責任であると同時に、自社を差別化するチャンスでもある。地域ごとに異なる法律、会場での撮影、参加者データの取得や管理方法など、あらゆる規約や手続きについて、透明性と安全性、(会社の方針などとの)齟齬がないかを確認しよう。
イベント・テクノロジーの刷新
イベント企画者にとって、もう一つのハードルは「既存の技術」だ。イベントプランナーが、企画をより最適化し、組織内で小さくまとまる閉塞感を打ち破るためには、自社や関係各社が利用している既存の技術の蓄積と統合できる形で、データを収集しなければならない。例えば、CRM(顧客リレーション・マーケティング)やマーケティングツールと完全に連携できるものであれば、営業やマーケティング担当チームをはじめ、様々な意志決定の場で、正確かつ同一の情報をべースに議論することができる。
「これまでサードパーティークッキーに頼り過ぎだったが、より深く顧客の要望を理解するのに役立つのがイベントだ。目の前に、実際に顧客がいるのだから、あとは注意深く、見守るだけでよい。」とマリッツ・グローバル・イベントの体験アーキテクト責任者、グレッグ・ボーグ氏は話す。
充実したデータを構築するために
適切な手法で集めたデータを、適切なテクノロジーに統合していくことは、イベント参加者情報を構築する上での基本だ。参加登録と終了後のアンケートだけでは足りない。イベントを通じて、インサイトを貪欲に吸収したいと考えるならば、イベント立案の段階から、使えるデータや情報が集まる仕組み作りを目指すべきだ。参加者に選択肢を与えたり、参加者の行動をトラッキングしたりすることで、集めたデータから、より鮮明な顧客像が浮かび上がる。
さらにバッジのスキャンや、様々なトラッキング技術を使うことで、参加者の嗜好に関する貴重なデータが収集できる。ただし、計画段階から、どんな顧客情報を集めることが目的なのかを明確にしておかないと、すばらしい技術をいくら投入しても、具体的な行動に役立つデータを集めることはできない。
鋭いプランナーは、イベントから得られるデータの価値は充分、知っており、次のイベントに役立てている。さらに一歩進んで、こうしたファーストパーティー・データがあらゆる関係者にもたらす数多くのメリットにも目を向けてほしい。様々な目標達成に活かすことができるからだ。イベントでのデータ収集を強化し、そこから得たインサイトをパートナーと共に活用するなら今だ。
※編集部注:この記事は、米・観光専門ニュースメディア「スキフト(skift)」から届いた英文記事を、同社との提携に基づいてトラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。
オリジナル記事:Why the End of Cookies Is Good for Events
著者:ニック・ボレリ(Nick Borelli)氏