将棋・王将戦会場になった、都心から30分の滞在型リゾートホテル、JR立川駅前に開業した狙いを取材した

JR立川駅北側に2020年6月に開業した「SORANO HOTEL (ソラノホテル)」。手掛けたのは立川で不動産事業を展開する立飛ホールディングスだ。駅前開発の大型プロジェクト「GREEN SPRINGS (グリーンスプリングス)」の一角に位置する、同社にとって初めてのホテル事業。駅から徒歩8分ながら、隣には広大な国営昭和記念公園が広がり、利便性とともに自然に近いロケーションもこのホテルの特徴のひとつとなっている。新宿から中央線で約30分、観光というイメージからは遠い近郊の街に「都市型リゾートホテル」を開業した狙いとは。

「ウェルビーイング」をコンセプトに立川のイメージを変える

立飛ホールディングスの前身は「立川飛行機」。戦前は陸軍飛行練習機「赤とんぼ」や戦闘機「隼」を製造していた。戦後、所有不動産は接収されたが、昭和52年に全面返還。その後は不動産事業を中心にビジネスを展開している。同社が立川市で所有する土地は全体の約25分の1にもあたるという。

グリーンスプリングスは、「空と大地と人がつながる、ウェルビーイングタウン」をコンセプトに2020年4月から入居店舗が順次開業した。ソラノホテルのテーマも「滞在そのものがウェルビーイング」。癒しやリラックスを気軽に体験できる「都市型リゾートホテル」を目指している。

ソラノホテル・コミュニケーション・キャプテンの須田麻紗子さんは、ソラノホテルの意義について「立川の都市格を上げること。立川の街のイメージを変えるとともに、地元の人たちに喜んでもらえるホテルにしていきたい」と話す。グリーンスプリングスも含めて、新街区の開発には、立川の100年後を見据えた同社の村山正道社長の地元貢献への思いが強いという。

立川駅周辺にはホテルが数軒あるが、いずれもビジネス系の機能性やイベント会場としての役割を意識したもの。ソラノホテルは、既存のホテルとの差別化、言い換えれば「共存」していくために、高付加価値サービスを提供することで、価格帯を上げた。観光の拠点というよりも、滞在型の宿泊施設としてホテルライフを楽しんでもらうのが狙いだ。

全81室はすべて昭和記念公園ビュー。近くに立川飛行場があるため、高層ビルの建設には制限がかけられていることもあり、「都心と比べて、空が開かれている風景を生かした」(須田さん)。その利点を生かして、屋上にはソラノホテルのアイコンとして「インフィニティプール」を設けた。建設にあたっては、天然温泉を汲み上げ、「SORANO SPA」を整備。温浴施設やサウナ、ジャクジーなどを備えることで、心身ともリラックスしてもらう環境を整えた。

客室では、スパトリートメントがセットになった「スパスイート」、「愛犬と泊まれる部屋」、自由にチェックアウト時間が選べる「24時間ステイ」プランなども提供し、滞在を意識したサービスを展開している。

「インフィニティプール」では昭和記念公園越しの広角の風景が広がる。コロナ禍のマイクロツーリズムが追い風に

ウェルビーイングは、コロナ後の旅行のキーワードのひとつとして取り上げられているが、立飛ホスピタリティマネジメント西国立地区PJTの岩元麻衣さんは「構想段階から、このコンセプトを考えていた。欧米と比べて、日本ではまだそれほどウェルビーイングへの意識は高くなかったが、これからの時代は身だけでなく心の健康も大切になっていくだろうと考えた」と明かす。

開業前に想定したターゲット層は、客単価を高く設定したことから、大人がゆっくり過ごせる場所として50~60代の富裕層、あるいは都心で働き、日頃の疲れを癒したいと思っている30~40代の女性などだ。

ところが、開業するとファミリーでの利用が意外にも多かったという。複数人泊まれる部屋があり、ペットと一緒に泊まれる部屋があることも大きな理由になっているようだ。また、宿泊客には立川周辺の地元の人や南武線沿線の川崎、横浜、世田谷などの近郊からが多い。「コロナ禍で移動が制限されるなか、マイクロツーリズムが追い風になった」(須田さん)。2022/23年の年末年始もほぼ満室の日が続いたという。

流通については、公式ホームページからの直販がほとんど。外資系大手OTAにも掲載はしているものの、顧客管理の点から直販に力を入れる。ソラノホテルでは、様々な特典がついた会員制度「ソラノ・ロイヤルティ・プログラム」を提供することで、リピーター獲得にも注力。宿泊者の約7割が登録し、開業2年半余りですでに10回以上宿泊している人もいるという。

人気の「愛犬と泊まれる部屋」。ロビーでもゲージに入れる必要はない。(報道資料より)インバウンドには奥多摩などへ周遊の拠点として

明らかに都心のホテルとはターゲットが異なる。地方からの集客には課題が残るものの、「まずは地元や近郊からの集客に力を入れる」(須田さん)。また、復活が期待されるインバウンド市場については、立川は奥多摩や山梨への周遊の起点になることから、滞在というよりも、拠点としてのソラノホテルの活用に期待を寄せる。2022年暮れには東京観光財団がMICE誘致の一環としてメディアファムを実施し、参加者はソラノホテルにも滞在した。

ソラノホテルは、アメニティを最小限に抑えて、プラスティック製の使い捨てアメニティを廃するなどサステナブルにも気を配っていることから、須田さんは「環境問題に敏感な欧米からの旅行者にも訴求力は高いのでは」と話す。

2023年2月9日と10日には、ソラノホテルで藤井聡太王将と羽生善治九段の王将戦第4局が行われた。今後も、ホテル施設を活用した様々なイベントのほか、グリーンスプリングスの多目的ホール「立川ステージガーデン」などを活用したMICEなどを仕掛けることで、「ソラノホテルがある立川」という認知を高めていきたい考えだ。

ソラノホテルの須田さん(左)と立飛ホスピタリティマネジメントの岩元さん。

宿泊事業で新展開、「オーベルジュときと」が今春オープン

立飛ホールディングスは今春、宿泊事業で新たな展開を見せる。南武線西国立駅から徒歩1分の場所に、歴史ある料亭「無門庵」を改修し「Auberge TOKITO (オーベルジュときと)」を4月6日に開業する。

「宿房」は4室。広さは106平米と広く、地下1300メートルから汲み上げた源泉掛け流し露天風呂も備える。

「食房」は10席のカウンター席のほか、個室も設ける。ミシュラン2つ星を獲得したロンドンの懐石料理「UMU (ウム)」で総料理長を務めた石井義典氏が、総合プロデューサー兼総料理長として、独自の日本料理の世界観を表現する。生産者から直接食材を仕入れるとともに、フードロスにもこだわり、市場に出回らない食材を使い、一流の技術で料理に磨きをかけるという。

このほか、全16席の「茶房」も設け、多彩に進化してきた日本茶の魅力と文化を発信していく。

宿泊は食事とパッケージ化され、価格帯はソラノホテルよりも高めに設定する予定。ターゲットは国内外の富裕層だ。岩元さんは「コロナも落ち着いてきた。心身ともにくつろげる『とき』を過ごしていただきたい」と、春の開業に向けて期待を込めた。

オーベルジュときとの宿坊イメージ(報道資料より)

トラベルジャーナリスト 山田友樹

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