インドからの訪日客が増えている。日本政府観光局(JNTO)によると、コロナ後、急速に回復。2024年は2019年を上回るペースだ。これに合わせて、JTBグローバル・マーケティング&トラベル(JTBGMT)が手がける訪日外国人向けパッケージ旅行「サンライズツアー」でのインド人旅行者の取り扱いも増加している。
今後を見据え、インド人向けのサービスの開発・販売を強化し、潜在性の高い新しいマーケットとして大きな期待を寄せる同社とJNTOに取材した。
インドからの訪日客、現状と売れ筋商品
2024年1月~9月の訪日インド人旅行者数は17万800人。前年同期比で42.9%増、2019年同期比でも26.2%増と好調だ。それに呼応するように、サンライズツアーへの参加者も増加。直販サイト「サンライズウェブ」でのインド人旅行者の2024年の予約数は、前年比34%増。マーケット別のシェアも、コロナ前は全体の1~2%だったが、2023年4月~2024年3月のデータでは9%まで上昇。米国、オーストラリアに次ぐ規模まで拡大しているという。
JTBGMTレジャー事業部エクスペリエンスサプライ部シニアプロデューサーの鈴木貴仁氏は、「ここまで伸びるとは、正直、想定外」と話す。伸長が実数として現れていることから、「これからしっかり対応していかなければいけない」と力を込める。
急成長の背景には、人口14億人を抱えるインドの経済成長がある。国際通貨基金(IMF)によると、実質GDPの成長率は、2023年度が8.2%、2024年度は6.8%、2025年度は6.5%の予測で、世界トップの経済成長率が見込まれている。JNTOデリー事務所長の文野領氏は、今年9月に開催されたJNTOインバウンド旅行振興フォーラムで、「アッパーミドル層が広がっており、海外旅行がブームになっている」と説明した。
インド観光省のデータによると、インド人のパスポート保有者は9626万人、2023年の海外旅行者数は2727万人。人気の海外旅行先トップ5はアラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビア、米国、タイ、シンガポールで、「日本については、行ってみたいと思っている人は多いが、まだこれからの国」(文野氏)という。
日本の印象についても、「『鬼滅の刃』や『ジブリ』ではなく、今だに『ドラえもん』の世界だ」(鈴木氏)だという。
その中でも、サンライズツアーに参加するインド人旅行者の属性として、JTBGMTの鈴木氏は、正確なデータは取れていないとしながらも、「サンライズツアーのガイドから聞くと、学者やITエンジニアなど、社会的ステータスが高い人が多い」。また、インド人は今や世界中で活躍していることから、世界に散らばる家族が日本に集まってバケーションを楽しむ傾向もあるようだ。
また、JNTOの文野氏は、インド人旅行の特徴的な傾向の一つとして、日本だけでなく、韓国や台湾なども含めた近隣国周遊を挙げ、「海外旅行初心者が多いため、パスポートにスタンプを多く押してもらいたい人が多いようだ」と話す。
人気の訪日先は、やはり王道のゴールデンルート。東京から富士・箱根、京都、奈良、大阪、広島などに向かう旅程が多く、サンライズツアーでも、そうした地域でのインド人参加者が多いという。
鈴木氏は、人気のコンテンツについて、「現地のエージェントからは奈良や鎌倉の大仏は外せないという話を聞く」という。また、インドには「クシュテー」と呼ばれる伝統的なインド相撲があることから、大相撲観戦ツアーもよく売れていると明かした。
インド人参加者向けに「ターリー食」を開発
サンライズツアーでは、初めて日本を訪れる人が多い一方で、将来的な潜在性が高いことから、インド人向けのサービスとして、今年7月に「富士箱根日帰りツアー」のランチで、インドの定食「ターリー食」の提供を始めた。「ターリー」とは、大皿という意味で、インド、ネパールなどの代表的な料理の形態。いくつかの料理が、大皿のうえにまとめられて提供される。
かねてからインド人参加者から希望があったことから、JTBGMT社員がインドに赴き、JTBインドの担当者とともに、現地のシェフと開発を進めた。カレーの種類や付け合わせなど何度も試作を繰り返し、ツアーのランチとして、日本食のしゃぶしゃぶ、ベジタリアン食、ムスリムフレンドリー食に加えて、ターリー食をオプションとして加えた。
鈴木氏によると、インド人は、ムスリムのような厳しい食事制限はないが、「日本滞在中、日本食は1回か2回体験できればよく、あとは自国で慣れ親しんだ食事が食べたいというニーズが高い」。日本食は今や訪日旅行のキラーコンテンツとなっているが、インド人に限っては訴求力はまだ高くなく、「まだチャレンジの領域」(文野氏)。
「とにかく安心して食べたいという人が多い」(鈴木氏)。しかも、インド人シェフが作ったカレーを求めるという。そこで、サンライズツアーでは、日本のインド料理店のインド人シェフに協力を依頼。現地インド現地で試作したレシピで作ってもらい、ランチ会場のホテルにケータリングを頼んだ。
その反響は大きく、インド人参加者からは「日本で4日間、食事をしたが、このツアーの食事が一番美味しかった」との声もあがった。また、意外なことに、インド人以外の参加者からもターリー食のオーダーが入り、1日8~10食が出る人気ぶりだった。
JTBGMTでは今後、インド人旅行者の参加が多い京都・奈良のツアーでもターリー食を提供していく考えだ。
今後はインド人訪日客の地方誘客も
航空座席供給も増加している。JALは、今年10月27日から羽田/デリー線と成田/ベンガルール線の2路線でインディゴとの共同運航を開始した。ANAとエア・インディアも、ANAの成田/ムンバイ線およびエア・インディアの成田/デリー線で共同運航を行っている。日本とグローバルサウスの有力国インドのつながりは今後ますます強まると予想されている。
ただ、鈴木氏は「インド市場の情報が限られているために、インド人旅行者の対応に迷っている日本のサプライヤーも多くみられる」と話す。そのうえで、「潜在力は非常に大きい。今後は、さまざまなサプライヤーと協力して、受け入れ体制の拡充を進めていきたい」と強調した。
JTBGMTでは、「訪日客の地方分散は使命」(鈴木氏)として、ゴールデンルートに加えて、新たに「北海道アドネイチャールート」「東北ディスカバーリールート」「レインボールート(東京から北陸)」「せとうちシーニックビュールート」「九州オーセンティックルート」の5ルートの開発に取り組んでいる。
2025年、北海道をロケ地としたボリウッド映画「ONE DAY」の公開が予定されている。「次は、北海道を狙いたい」と鈴木氏。インド人旅行者の地方への誘客はこれからだ。
トラベルジャーナリスト 山田友樹