世界遺産がある5市町リーダーが議論、オーバーツーリズム対策から交通課題まで、「世界遺産サミット」を取材した

観光客の集中によるオーバーツーリズムが各地で課題となるなか、「世界遺産」をどのように保全し、その魅力を伝えていくのか。2024年9月、全国各地にある世界遺産の現状や課題について話し合う「第11回世界遺産サミット」が開催された。

山梨県富士吉田市、奈良県吉野町、新潟県佐渡市の取り組み報告に続き、栃木県日光市、岩手県平泉町の市町長らも加わり首長会議を開催。喫緊の課題となっているオーバーツーリズム対策として、駐車場の確保やEVバスの導入、徒歩での周遊ルート整備などが示された。

吉田ルートの通行規制で「弾丸登山」が激減 -富士吉田市・堀内市長

富士吉田市の堀内茂市長は、山梨県側の富士山登山口である吉田ルートの通行規制やその効果について説明した。コロナ禍後に登山客が急増し、狭い登山道への密集やごみのポイ捨て、夜間に山頂を目指す「弾丸登山」などが問題となっていたことから、山梨県は2024年7月1日から9月10日にかけて、登山規制をおこなった。

具体的には、吉田ルート五合目の登山道入り口にゲートを設置し、任意の富士山保全協力金1000円とは別に、ゲートを通る際に通行料として1人1回2000円を徴収。午後4時から翌日午前3時までは閉鎖し(山小屋に宿泊予約をしている人を除く)、登山者が1日当たり4000人を超える場合も通行できないようにした。その結果、2023年度に比べて弾丸登山が96%減少。「安心・安全で快適な登山を多くの方に楽しんでいただける環境を作ることができた」(堀内氏)。

また、富士山信仰の歴史を感じられる、麓から登るルートを提案していこうと、山小屋などの調査や整備を進めていることにも触れた。堀内市長は「麓から登れるのは吉田口登山道だけ。一合上るごとに植生が変わり、小鳥の種類も変わる、家族連れで楽しめるコース。これからは本来の富士登山の道を主流にやっていこうと取り組んでいる」と話した。

富士吉田市の堀内茂市長

世界遺産登録20周年記念事業「関係人口も増やしたい」 -吉野町・中井町長

続いて、奈良県吉野町の中井章太町長が登壇。「紀伊山地の霊場と参詣道」が2024年で世界遺産登録20周年となることから、観光庁や鉄道会社などと連携してさまざまな記念事業を展開していることを強調した。

中井町長は、今秋、平安時代の貴族、藤原道長が中宮・彰子の懐妊祈願に訪れたとされる金峯山寺(きんぷせんじ)の国宝・蔵王堂で国の重要文化財である秘仏、金剛蔵王大権現3体が特別に開帳されるほか、人間国宝の大倉源次郎氏らによる「権現能」などがおこなわれることを紹介。近畿日本鉄道や南海電気鉄道の観光列車を乗り継ぐ特別ツアーを実施するなど、鉄道会社の協力を得て観光客の誘致を図っていることにも触れた。

「単なるイベントで終わりではなく、関係する企業や人口も増やしていきたい。人工的な開発をできるだけ抑えて、吉野の風景を残していく、守ってくれる人を増やすということに主眼を置きながら展開していきたい」と中井氏。2024年9月に世界遺産の国内候補に推薦された「飛鳥・藤原」とも連携した取り組みを展開することにも意欲をにじませた。

吉野町の中井章太町長

リピートしてもらえる価値の創造を -佐渡市観光振興部・小林部長

2024年7月に「佐渡島(さど)の金山」が世界遺産に登録されたばかりの佐渡市観光振興部の小林大吾部長は、世界遺産登録までの道のりや構成資産を紹介した。

小林部長は1997年、佐渡市に合併する前の旧相川町で民間による「世界文化遺産を考える会」が結成されたことをきっかけに、世界遺産への登録を目指す運動が始まったことを説明。新潟県と佐渡市が連携し2021年、5度目の挑戦で国内推薦候補に選ばれたが、ユネスコ(国連教育科学文化機関)から推薦書の不備を指摘され、再提出するなどの困難を乗り越え、ようやく登録を果たしたことなどを振り返った。

小林氏はインドで開かれた世界遺産委員会で登録の瞬間を見届けた。帰国して船から降りた時は多くの市民が出迎えてくれたといい、「市民の方々に喜んでいただけて、この取り組みをやって本当に良かった」と振り返った。また、会場の参加者から能など無形文化遺産と組み合わせた発信について問われ、「地元のDMOと協力しながら佐渡に伝わる能文化や『鬼太鼓』などを見てもらうツアーを作っている。金山をきっかけに来ていただいた方に2回目、3回目と来ていただく価値をどのように生み出していくかを考えている」と答えた。

佐渡市観光振興部の小林大吾部長

振興だけでなく、より精神性の高い観光の推進を

首長会議には、富士吉田市の堀内市長と吉野町の中井市長に加え、平泉町の青木幸保町長、日光市の粉川昭一市長が参加した。モデレーターは神奈川大学国際日本学部教授の島川崇氏が務めた。

日光市の粉川市長は、飲食店のメニューや社寺の説明看板の多言語化、Wi-Fi整備、キャッシュレス決済導入などインバウンド対応を強化していることや、「日光の社寺」の世界遺産登録25周年の記念事業を実施していることをアピール。平泉町の青木町長は、岩手県などと連携して「柳之御所遺跡」の追加登録を目指す取り組みを進めていることを紹介した。また、東京国立博物館で開かれた特別展「中尊寺金色堂」に展示されていた仏像を見た住民から「この平泉に生まれ育ってよかった」と言われたエピソードを明かし、「文化を周りの方々に伝えるのも大事だが、自分たちが地域の文化財や文化をしっかり知ることが、今後につないでいくためには大事だと改めて知らされた」と話した。

平泉町の青木幸保町長

その後の首長会議は、オーバーツーリズムが議論の中心となった。日光市における現状と対策について問われた粉川氏は、交通渋滞によって市民生活にも影響が出るようになり、パークアンドバスライドなどさまざまな方策を試したことを説明。「国や県の施設の駐車場を開放してもらったり、仮設駐車場を設置したりすることで多少緩和された」という。

日光市の粉川昭一市長

観光周遊のための交通手段の状況についても話題にあがった。富士吉田市の堀内市長は、空港や駅でレンタカーを借りて訪れる外国人観光客が増えているため、市内各地に駐車場を整備するなどの対策を取っていると説明した。また、「今後はEVの無人バスを市内で走らせて、交通の問題を少しでも解消しようと努力している」という。

モデレーターの島川氏は、会議を進行しながら、富士山の麓から登るルートや吉野の修験道を歩いて回ることに触れ、青森県から福島県までの太平洋岸を歩く「みちのく潮風トレイル」など「歩く観光」が注目されていることを取り上げた。そして最後に「オーバーツーリズムの問題は避けて通れない状況になってきた。観光振興だけで進んでいっていいのか、いったん立ち止まる必要があるのではないかとも考えさせられた。もっと歩いたり、静かに考えたりして世界遺産を静かに見つめ直していく。もっと精神性の高い観光を推進していく時期に差し掛かっているのではないか」と締めくくった。

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