ナビタイムジャパンは、大型観光バスに特化したナビゲーションアプリ「バスカーナビ」を進化させ、全国の高速乗合バス(高速バス)への対応を開始した。高速バス事業の課題解決に向け、積極的なテクノロジー活用に舵を切った業界大手WILLER EXPRESS(ウィラー)が、バスカーナビと行程表作成ウェブサービス「行程表クラウド」の導入を決めたことが背景にある。
ウィラーではバスカーナビを、国に申請した経路に沿った運行時はもちろん、人材育成にも活用。人手不足の解消に取り組み、安全運行のための体制強化につなげている。ナビタイムジャパンのバスカーナビ導入までの道のりと、その成果、取り組みを両社に聞いた。
運転士養成における高速バス事業者の課題
ウィラーが、従来の業務にテクノロジーの活用を始めた背景には、バスのドライバー不足がある。ウィラー取締役運輸本部長の柳原昭仁氏は、同社がリスペクトを込めて「ハイウェイパイロット」と呼ぶ運転士について「需要と車両数から算出した必要な人数を100とした場合、確保できているのは80%。多くのハイウェイパイロットを採用・育成し、少しでも早く現場で活躍してもらいたい」と話す。
しかし、ハイウェイパイロット養成は一朝一夕にはいかない。乗合バスは国土交通省に申請し、認可を得た経路通りに運行することが法令で定められており、ハイウェイパイロットは現場に出る前に膨大な経路や道路事情を覚える必要がある。経路の逸脱は、交差点を一つ間違えただけでも法令違反となるためだ。
そのため、ウィラーはしっかりと時間をかけて研修をしている。全国で毎日24路線・352便(2023年度末時点)を運行する同社の場合、新人が初乗務までに覚えなくてはならない経路は、上り線・下り線、その迂回ルート、高速道路を降りた後の主要ターミナルまでのバリエーション等をあわせると、最少でも30パターン以上。研修は約1カ月を要する。教える側の労力と時間も相当なものになる。
とはいえ、人間である以上、どんなに研修をして、乗務経験を積んでも、道を間違えることはゼロにはならない。「ならば、テクノロジーを駆使してこの課題を解決しようと、経営サイドが腹を決めた」。運転士としてキャリアを積み、高速バスに乗務する現場を知る柳原氏も、この検討と決断をした経営陣の1人だ。
本格的な検討に入ったところで、ナビタイムジャパンとの出会いに恵まれた。2023年10月、ナビタイムジャパンはバスツアーなどの旅程作成を支援する「行程表クラウド」とバスカーナビの連携を発表した。行程表クラウドで作成したバスの走行ルートを、バスカーナビでナビゲーションできるようにしたものだ。このアップデートが、両社の取り組みのきっかけとなった。
「バスカーナビ」を高速バスに対応するために
ナビタイムジャパンのバスカーナビは、日本初の大型バス向けカーナビアプリで、大型観光バスの運行支援を目的に開発されたもの。大型バス特有の車幅や車高などの制限、通行規制等を考慮して最適なルートを案内する。効率的な運行支援でバス運転士の負担を軽減するソリューションとして、貸切バス会社での導入が進んでいる。
ところが、高速バス事業者に関しては、バスカーナビに限らず、カーナビ自体の導入例はそう多くはない。それは、入力された出発地と目的地に応じ、その時点の最適なルートを案内するというカーナビのサービス設計の考え方が、高速バス事業者が求める経路通りのルート案内とは根本的に異なるからだ。
今回、ナビタイムジャパンは、バスカーナビをウィラー用にカスタマイズするのではなく、全国の高速バスにも対応するバスカーナビとして、サービス自体の進化を目指すことにした。
この決定について、ナビタイムジャパンのトータルナビ事業部セールス・アライアンスマネージャー、渡辺俊彦氏は「ウィラー様の課題である、経路逸脱を防ぐ安全運行と運転士の養成・確保は、高速バス業界全体の課題でもある。ナビゲーションサービスの提供者として、その課題に対応する後押しができればと考えた」と説明する。
バスカーナビを高速バスの運行に対応させるには、機能アップデートやデータベースの拡充が必要だ。
例えば、同じ大型バスでも、高速バスを含む乗合バスと観光バスでは乗降場所や進入ルートが異なる。わかりやすい例でいえば、空港やターミナル駅のロータリー内など、一般車が進入できないエリア内のバス停等へ向かう場合だ。そこへの入口や、その後の道路やレーンは複雑なことも多いが、そういった道路情報は、ベースとなる地図データに反映されていないことが多く、ナビタイムジャパンも道路情報を持ってはいなかった。
そのため、ナビタイムジャパンはウィラーから運行基準図や利用する道路情報の提供を受けたうえで、独自調査をし、乗合バス用の経路情報を作成。その後、ウィラーにて実際にバスに乗車して現場での目視による品質管理も徹底した。
また、バスが実際に走行しているルートが事前に登録した経路から外れた際、そこから目的地への最適ルートを案内するのではなく、登録したルートに復帰する機能も追加した。
交差点一つ違っても法令違反になる。この厳しい条件に対応する製品に仕上げるためには、慎重な調査や情報収集、ユーザビリティをはじめとする緻密な設計などが必要になり、ナビタイムジャパンにとっても大きなチャレンジだった。渡辺氏は「ウィラー様にはどんな要望も教えてほしいとお願いした。それに対して『高速バスにはこういう機能が必要』『この機能があれば、なお良い』といった具合に、優先順位を付けて的確に伝えてくれたことが、開発を後押しし、勢いがついた」と話す。
ナビタイムジャパンの開発姿勢に、柳原氏は「意見交換しながら、必要とするものをスピード感を持って作り上げていただいた。製品開発にかける情熱やブラッシュアップへの意欲には、当社と同じ感性を確認できた。同じ目線で同じ高みを目指せる最高のパートナーだと思えた」と話す。
研修時間を大幅に短縮、ハイウェイパイロット採用の後押しにも
ウィラーは2024年7月から一部営業所でバスカーナビをテスト導入し、同8月から全国7都市にある営業所の全路線で導入した。新人研修で、バスカーナビを搭載したタブレットを導入。動画映像でのトレーニングをあわせることで、経路を覚える期間を大幅に短縮できるようになった。
実車研修は欠かせないが、空港やターミナル駅のバス停への進入など一部の研修は、動画映像で代替できることも分かった。全体として研修期間を大幅に短縮できた。
何より、バスを運行するハイウェイパイロットからも、バスカーナビの使用に歓迎の声が上がった。バスカーナビが経路通りの運行を支援することで、安全運行により集中できる。乗客へ到着時刻を伝える際、バスカーナビ上には常に最新の交通状況を考慮した到着予測時間が表示されている。従来は、ハイウェイパイロットが残りの距離や道路状況などを踏まえ、経験と勘により都度時間を計算するので負担だったという。
さらに、ウィラーは、もう一つ大きな成果を得た。それは、採用面だ。
ウィラーでは若手ハイウェイパイロットの養成を強化しており、10代~30代の若手を採用し、大型二種免許取得段階から指導して育成する「WILLER LABO」プログラムを2024年5月から開始している。すでに2期の採用を実施し、約20名が入社。バスカーナビの活用を前提に業務内容を説明できたことが、功を奏したという。
柳原氏は「採用面接では99.9%の応募者が、『走行ルートを覚えられるか』『道を間違えないか』と不安を口にし、カーナビの有無を尋ねる。用意があることを伝えると、表情が和らぎ、採用にぐっと近づく印象がある。親御さんも今の時代、テクノロジーを活用している会社なら安心と賛成してくれるようだ」と採用への影響を説明。
ハイウェイパイロットや採用面接の反応を踏まえ、「次世代の若者の感性にあわせて経営側が視座を調整し、柔軟な発想でテクノロジーを取り入れた体制を構築していくことは、人材不足の解決に向けた観点でも重要だ」と強調する。
業界をあげてテクノロジーの活用を
今回、ナビタイムジャパンが整備・改修した内容は、バスカーナビの全ユーザーが利用可能だ。同社では今後も、バスカーナビの機能向上に、積極的に取り組んでいく。その1つが、事故や災害、急な工事など、道路状況が突発的に変化した緊急事態時の対応だ。
その際、高速バスでは営業所にいる運行管理者が迂回経路を決定し、ハイウェイパイロットは無線で伝えられる管理者の指示に従って運行する必要がある。渡辺氏は「バスカーナビを活用して、運行管理者とハイウェイパイロットがよりスムーズに経路変更のコミュニケーションがとれるような機能開発を検討したい」と意欲を見せる。
ウィラーも今後、ナビタイムジャパンとの連携で、新たな可能性を追求していく考え。柳原氏は「業界全体でもっとテクノロジーを活用していくことが重要であり、業界全体が良くなっていくためには必要なことだと思っている。そうなるためにも、当社はそのトップリーダーとして積極的に技術開発に協力し、テクノロジー導入を進めていきたい」と力を込めた。
広告:ナビタイムジャパン
対応サービス:
記事:トラベルボイス企画部