2019年5月末にカナダのトロントで開催されたトラベルトレードショー「ランデブー・カナダ(RVC)2019」。カナダ13の州と準州から観光素材や情報を提供するサプライヤーと世界30ヶ国から旅行会社が一堂に会するカナダ観光業の一大イベントだ。このRVC2019を取材、カナダの観光政策や動向をレポートする。
2018年は海外の訪問者が過去最高に
カナダ観光局(DC)の社長兼CEOデイビッド・ゴールドステイン氏は会見で、カナダの観光がこの5年間で平均6%伸びるなど順調に推移してきたことを評価し、「2018年は海外からカナダへの訪問者数は前年に続き過去最高の2110万人(対前年比1.4%増)を達成した」と総括した。カナダは2002年には海外からの観光客数で世界7位(UNWTOによる)だったが、その後の「失われた10年」以降トップ10圏外になっていた。2017年には、2002年以来の2000万人台に回復して過去最高となり、2018年はその記録をさらに伸ばした形だ。
新しい市場からの観光客増加もあり、近年は夏のカナディアンロッキーの混雑ぶりも伝えられていたが、ゴールドステイン氏は地域に負荷を与えるような「オーバーツーリズムはカナダにはない」と明言。「カナダには2002年にも海外から2000万人台が訪れていた。受け入れのキャパシティは2500万人から3000万人と見積もっており、まだ余裕がある」と述べた。しかしながら、世界のオーバーツーリズムの現状を鑑み、「世界遺産の国立公園については、今後影響を与えないように注視しないといけない」との考えだ。
特定の季節や観光地に集中する現状に対するカナダ観光局の対策は分散化だ。海外からの観光客だけでなく、国内旅行においても、これまで旅行しなかったシーズンやデスティネーションを提案するキャンペーンを実施してきたという。ゴールドステイン氏は「カナダにはまだ知られざるところがたくさんあり、特に北部はほとんど開拓されていない」と強調する。ノースウエスト準州の大自然の中にある国立公園から、トロントから2時間でアクセスできるプリンスエンドワードカウンティやムスコカといったのどかな郊外まで、多彩な分散化のオプションを指摘する。
ショルダーやオフシーズン提案で日本市場の回復を
RVC中には2018年の各国の動向も明らかにされた。それによると、日本人の訪問者数は25万1240人と前年より14.9%ダウン。この減少について、各観光局らは、150周年のプロモーションで好調だった反動、ヨーロッパ需要が盛り返したことが要因と見る。一方、現地旅行会社によれば、2018年から旅行関連企業への税金の優遇措置がなくなり、これまで40万円のツアーが50万円となるなど2018年下期からの商品価格に反映されたことも大きかった、と明かす。
かつてカナダ観光局の日本地区代表でもあった国際市場担当の副社長モーリーン・ライリー氏は日本市場について、「バンクーバー、ロッキー、トロント、ナイアガラの人気観光地に集中するため、春の花や冬の寒さ楽しみ方などショルダーやオフシーズンを提案することで回復に期待したい」という。
さらに日本人が直行便の就航するゲートウエイの4都市に集まっていることについても、「各都市から足を伸ばすようになれば消費額も増えると見ている。旅行会社や地方観光局の協力も得ながら、カナダのユニークな面をもっと紹介していきたい」考えだ。カナダには、バンクーバーの春にはスキーした後にゴルフができたり、北極に近いホワイトホースの夏の白夜などをカナダのユニークな素材の具体例として挙げた。
カナダへの日本人訪問者はピークだった1990年代前半の60万人から半減している。それでもRVCには海外市場では中国・米国に次いで3番目に多い48人の日本人(現地旅行会社を含む)が参加するなど、カナダが日本市場を重視するのは長く築いてきた関係性を重んじているためとライリー氏はいう。「数字が落ちてもカナダにとって日本市場が大事なのは、リピーターの存在と、レイクルイーズの湖面の色から料理の作り方まで、背景に深い興味を持つ日本人はカナダが紹介したいマーケティング戦略と合っている」と話す。
カナダは人生が変わる旅の舞台になる
このRVCではカナダ観光局の新しいブランドコンセプトが発表されたが、そこで打ち出しているのが「トランスフォーマティブな旅」だ。日本での正式な日本語でのタグライン(ブランドキャッチコピー)などは10月以降に展開していく予定というが、新ブランドに合わせて、25歳から34歳の女性をターゲットに雑誌とのタイアップ、人気インフルエンサーとのコラボを通じて「トランスフォーマティブな旅」を紹介していくという。
「トランスフォーマティブな旅」とは「人生を変えるような旅、自分が変わる旅」といった意味合いだが、ライリー氏にとっての「トランスフォーマティブな旅」を聞いてみた。「ニューファンドランド・ラブラドール州での大西洋カヤック。6月初旬だったが、カヤックの上で氷山の氷を入れたアイスバーグマティーニを飲んでいるときに南からクジラがやって来たのに遭遇した」。当時は、日本に住んでいたライリー氏が日本でのペースの遅さに違和感をもっていたときで、この旅以降、生活の中で自分の時間と場所を意識して作るようになったという。
さらに、ライリー氏はブリティッシュコロンビア州のハイダグワイでの体験も挙げる。「先住民ハイダ族のガイドとともに森の中を歩きながら空気を体いっぱい五感で味わい、熊が魚を採っている様子を見ているうち、自然を大事にしなければいけないと実感。ライフスタイルをエコに変えるきっかけになった」。
考え方や生活を変えるような感動の瞬間は、非日常な場所で出会うことが多い。カナダにはそういった旅の舞台が揃っているようだ。最後にCEOのゴールドステイン氏の「トランスフォーマティブな旅」を尋ねると、2017年に行ったラブラドール地方北部のトーンガット国立公園での体験を挙げた。「ここにはホッキョクグマと黒熊が共存する特別な場所がある。素晴らしい景色の中、イヌイットの人たちのカルチャーに触れた時間はトランスフォーマティブな特別な瞬間だった」と語る。
取材・記事 平山喜代江
取材協力 カナダ観光局