新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けが2023年5月に5類に移行し、行動制限がなくなるのに合わせて旅行需要は急回復。旅行会社の業績も回復基調に乗ってきた。一方で、今年は旅行業界で数々の不適正事案が発覚した1年でもあった。失墜した信頼を取り戻すため、再発防止に向けて業界をあげて取り組んでいるところだ。旅行業界の光と影が顕在化した2023年を、観光庁観光産業課の庄司郁課長に振り返ってもらった。
安定化への基礎となる1年、アウトバウンドは継続支援
「コロナからやっと抜け出した1年。力強い回復が見られた」。庄司氏は、まず2023年をそう振り返る。GoToトラベルなど旅行支援の下支えもあり国内旅行の需要は安定し、入国規制解除後はインバウンドが急速に回復。旅行会社、宿泊事業者の業績も上向いてきた。
そして、「旅行会社も宿泊事業者もコロナ禍では大変な思いをされた。なんとか創意工夫をしながら乗り越えられたことには敬意を表したい」と話すとともに、「今後は、しっかりとビジネスを本来の形に戻し、経営を安定化させていく。その基礎となる1年だったのではないか」と振り返った。
宿泊事業者については、「地域経済を支える大事なプレイヤー」として位置づけ、高付加価値化を進め、適正な価格に引き上げ、稼げる産業にしていくことの重要性を指摘。観光庁としても「再生・高付加価値事業」で支援していくと強調した。
インバウンド市場では、訪日客数が単月でコロナ前を上回る月が出るなど順調な回復を見せている一方、日本人の海外旅行(アウトバウンド)市場については、旅行者数は2019年比で半分にも回復していない。庄司氏は「コロナの余波ではなく、円安や物価高などの影響が残っている」と分析しつつ、パッケージツアーなどが伸び悩んでいる状況から、「業界は旅行者のニーズをとらえて、ビジネスを考えていくことが必要だろう。各旅行会社もいろいろと検討していると思うが、今後の方向性を深く考えていくタイミング」との見解を示した。そのうえで、観光庁としても、業界とともにアウトバウンドを伸ばしていく施策を続けていくとした。
旅行業の不適正事案は遺憾、改めて遵法精神の徹底を
一方、今年5月には日本旅行と近畿日本ツーリストで受託事業での不正請求が発覚。11月には青森市のコロナ関連業務の入札案件で、大手の会員会社5社の談合疑いが明らかになった。庄司氏は「不適正事案への対応に追われる1年でもあった」と振り返り、「何度繰り返しているのかというのが率直な感想。憤りを感じている」と苦言を呈した。
いずれも、非旅行分野での不正で、旅行業法違反ではないが、「公金を使った不正は、国民を裏切る行為」と断罪。「業界が持っている負の体質があるのではないか。利益至上主義があったのではないか。ルールを守る、契約を履行することが疎かになっているのではないか。総点検をして、直していく必要がある」と指摘した。
観光庁は、再発防止策の取りまとめで日本旅行業界(JATA)に対して第三者委員会の設置を指導。JATAは、12月にコンプライアンスと企業倫理の専門家で構成する有識者委員会を設置し「総点検」に乗り出した。委員会では、(1)会員各社による点検調査での留意事項、(2)点検結果からの原因分析、(3)JATAのこれまでの再発防止対策の評価と改訂に向けた指導助言、の3点を取りまとめる。
不適正事案は支店レベルで発生していることから、庄司氏は「経営陣だけでなく、末端まで遵法精神が行き渡っていたのかどうか」と疑問を呈し、改めて社内コンプライアンスの確立、適法性の遵守の徹底を求めた。
また、不適正事案は旅行業以外のBPOなどで起きているが、「法を守らないことが会社として蔓延しているのてあれば、それは旅行事業でも影響が出かねない。社内コンプライアンスや取引先との適正な契約やその確認を疎かにすると、必ず安全の問題に関わってくる」と危機感を示し、安全は行政として最も重重視する側面であることを強調した。
そのうえで、「業界は膿を出し切って、全力でケジメをつけてもらいたい。来年は業界と旅行の発展について対話できる年にしていきたい」と力を込めた。
今年は、海外OTAであるブッキング・ドットコムの支払い遅延問題も発生した。海外OTAは旅行業法適用外ではあるが、トラベルボイスからの質問に対して庄司氏は「一義的には本国の法律が適用されるが、観光庁としては、不適正と言われる事案が起きないように緊張感を持って、事業を行ってほしい。利用者や事業者に不利益にならないよう、可能な範囲で指導していく」考えを示した。
来年は「人手不足」解消が最優先事項
来年度に向けては、需要が回復したことで顕在化した宿泊施設の人手不足を「トッププライオリティのテーマ」と位置付け、来年度予算でも「さらに踏み込んだ政策を進めていく」。
採用活動の支援だけでなく、少ない人でも回るような省力化や省人化の取り組み、設備の補助などもさらに進めるほか、宿泊業で採用が広がっていない特定技能実習生も含めた外国人労働者の採用も支援する方針。庄司氏は「人手不足が宿泊事業のボトルネックにならないようにしていく」と積極的な姿勢を示した。
また、将来の人材確保の面で、「若い人に旅行業や宿泊業に興味を持ってもらうことも大事」との認識を示し、観光教育の重要性にも触れた。
コロナ禍を経て、旅行のスタイルも変化してきた。これまでの旅行会社のビジネスモデルでは立ち行かないところも出てきた。「SIT(Special Interest Tour)的な視点は大事だろう。企画力で勝負してほしい」と庄司氏。さらに、旅行会社の強みとして地域とのネットワークを挙げたうえで、「地域の観光の核になってほしい」と地方創生での役割についても期待感を表した。
庄司氏は、「観光は世の中に大きなプラスの効果をもたらす産業」と強調。行政も業界も世の中の変化にアンテナを立てて、新しい消費者のニーズに応えられることの必要性を説くとともに、消費者が求めるものに応えられる業界にしていくために、業界とのコミュニケーションを積極的に行っていく考えを示した。
聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫
記事・取材:トラベルジャーナリスト 山田友樹