太平洋アジア諸国の観光施策や取り組みを取材した、ニッチ開拓からMICEの貢献まで ―PATA国際会議

太平洋アジア観光協会(PATA)が主催する「PATAデスティネーションマーケティングフォーラム(PDMF)2024」が2024年11月、タイ中部のペッチャブリー県チャアムで開催された。今回のフォーラムでは、観光産業の回復と多様化するニーズを背景に、地域主導の持続可能な観光に焦点を当てて講演や議論がおこなわれた。

太平洋アジア地域を中心に26カ国から370人以上の観光業界関係者が参加したフォーラムでは、注目されるニッチ市場、地域住民が観光イニシアティブに参加できる仕組みづくり、MICE開催による地方都市のレガシー創出などについて、最新の知見が共有された。

持続可能性重視する新世代、「ニッチ市場」を開拓

PATAデスティネーションマーケティングフォーラム(PDMF)は、PATAが実施する国際会議のひとつ。新興の観光地域の持続可能な観光開発を目的に2018年から開催されている。

今回の開催地となったペッチャブリー県チャアムは、バンコクから車で南東に約3時間に位置し、2021年にユネスコ食文化創造都市に選ばれた地域。PDMFは過去、2018年に東北部コーンケーン、2019年にはパタヤ、2022年は南部のソンクラーで開催されてきた。PATAはトラベルマートや年次サミットなどの旗艦イベントはアクセスのよい大都市で実施する一方、PDMFは地方部と会議の特性によって開催地を選定している。これは共催のひとつ、タイ国政府コンベンション&エキシビションビューロー(TCEB)による観光収入の地域分配を促進するという方針にも合致している。

会議は、タイ、ネパール、スリランカの観光局代表者によるニッチ市場と持続可能な観光に関するパネルディスカッションでスタート。ニッチ市場は細分化するニーズに応え、コミュニティとの関わりを深めるセグメントとして注目されており、タイ国政府観光庁(TAT)の国際マーケティング担当副総裁シリパコーン・チェウサムート氏は、新世代の持続可能性を重視する傾向がニッチ市場の成長を促進していると指摘。環境に配慮する旅行者は高額な料金も受け入れる傾向にある点も示した。

さらに、各国の代表者はそれぞれが展開するニッチ市場について説明。タイではウェルネス、スポーツ、ロマンチック(ハネムーン)など多様なニッチ市場を推進し、食で知られる開催地のペッチャブリーは、未開拓のスポーツとウェルネスを組み合わせるアプローチが注目されている。また、ネパールはエベレスト以外の観光地の周知に注力し、自然体験やサウンドヒーリング、スピリチュアルツーリズム、民族文化体験、さらにコミュニティが進めるトラの保護活動を活用した素材も開発している。

スリランカではアドベンチャーと食に焦点を当て、特に世界的に知られる香辛料の活用を計画しているという。スリランカ観光開発庁アントン・ディレシュ・デ・コスタ氏は、持続可能な観光の実現に向けて、訪問者の志向やコンプライアンスへの配慮、国際的な規則に従った環境保護が重要だとしたうえで、「どのように持続可能性をローカルに落とし込み、変革していくかが問われている」と述べ、地域レベルでの実践の必要性を訴えた。

「ニッチな旅行」について議論

地域主導の再生可能エネルギー開発とエコツーリズム

地域主導の持続可能な開発に関するセッションもおこなわれ、コミュニティリーダーとエネルギー関連のスタートアップ企業が先進事例を紹介した。

タイ南東部チャンタブリー県のジック島では、太陽光発電やバイオガスを活用し、島のエネルギー自給率を98.5%まで引き上げることに成功した。同様に、ペッチャブリー西部のパデン村でも島の生産品であるバナナの皮を燃料としたバイオマスエネルギーの活用により、脱炭素化とゼロウエイストも達成しているという。

ジック島のエネルギー開発を支援するリチャージエナジー創設者、タナイ・ポティサット氏は地域主体による開発の重要性を強調。「単なる太陽光発電システムの援助でなく、コミュニティのニーズを深く理解し、長期的な視点で協力することが不可欠」だと述べた。成果として、ジック島が発行したカーボンクレジットがアメリカの民間企業に購入されるなど、経済価値の創出にもつながった。

これらの再生可能エネルギー開発は、エコツーリズムの可能性を生み出した。ジック島では、マスツアーではなく、地域の生活や文化を体験することを目的とするホームステイの観光客が訪れているという。ジック島村長ナロンチャイ・ヒームスワン氏は、観光客にも地元の文化や自然を尊重する行動を求めることで、持続可能な観光を実現していると語った。

地域住民が、観光イニシアティブに参加できる仕組みを

コミュニティ主体の観光開発と地域社会の利益に関する議論では、タイ王国持続的観光特別地域開発管理機構(DASTA)副局長のチューウィット・ミトルチョブ氏が、観光による経済効果の不平等な分配について指摘。具体的には、観光収入が100バーツ(約450円)増加した場合、最も裕福な層が46バーツを得るのに対し、最も貧しい層はわずか3バーツしか得られないという15倍もの格差が存在すると説明した。この格差を解消するためには、地域住民が観光イニシアティブに参加できる仕組みづくりが不可欠だと主張し、DASTAが定めたコミュニティのサステナブルツーリズムの評価基準「CBT Thailand」を紹介した。

ミトルチョブ氏は観光が地域社会へ良い影響を与えた例としてタイ東北部の町チェンカーンを挙げた。この小さな町では、朝食クーポンを導入して観光客に地元レストランを利用してもらうことで、地域の市場や農家に経済効果が波及したという。

旅行会社イントレピッド・トラベルのマイク・スチュワート氏は、観光客の満足と地域社会の保護を両立させることの重要性を強調した。特にパンデミック以降は観光客の間で地域との交流や学びを求める傾向が強まっていることを指摘。旅行会社は地域のニーズを理解し、コミュニティが観光客に期待することを明確に伝える責任があると主張した。

イベント会社創業者でタイインセンティブ&コンベンション協会(TICA)副会長のクリツァニー・スリサティン氏は、MICEイベントもまた、地域社会との連携を深める方向へと変化していると述べた。MICEイベントを通じて、食品や工芸品など地域産品を大量に購入したり、地域交流プログラムを実施したりすることで、地域経済に貢献していると説明した。

「コミュニティ主導の持続可能性」のパネルディスカッション

MICEの地方都市への貢献とレガシー創出

後半は、MICEの地方都市への貢献とレガシー創出について議論が交わされた。今回におけるMICEのレガシーとは、イベント開催後も人々の生活や経済に長期的なプラスの効果をもたらすものを指す。

タマサート大学准教授のピーラドーン・ケーオライ氏は大都市のMICE市場の課題と地方都市の可能性について言及。「大都市は競争が激しく新たな価値を生み出すことが難しく、次世代のニーズへの対応に苦戦している」。その一方で、地方都市には手つかずの自然や伝統文化があり、新しいMICEの潜在力があると指摘。新しいニーズに適応した開催地となるためには、地域の強みを活かした価値を創造、ターゲットのニーズへの対応、質の高いホスピタリティの提供が必要だと説いた。

マレーシアでの観光やMICEの豊富な経験を持つPATAのCEOヌール・アフマド・ハミド氏はMICEが「レガシー」の創出に大きく貢献していると力を込める。アジア太平洋地域のなかでも、会議の長期的な影響を追跡調査しているシドニー、コミュニティに利益をもたらすプロジェクトを実施するマレーシアなどが成功例だ。

「会議は会議場の中だけでなく、地元の人々と出会い、会話を交わす場でもある。医療系の会議では、会話が研究や人命救助につながることもある」(ハミド氏)。PATAは過去に、プーケットやバリなどを開催地として国際的な認知度向上に貢献してきたが、「各会議のレガシーはPATAに属するのでなく、参加者や関係者に属するものだ」とハミド氏は強調した。

TCEBのパリチャット・スヴェタスレーニ氏は入札の過程でどのようにレガシーを構築できるかとの問いに、MICE誘致は社会や環境への影響も考慮した包括的なアプローチが望ましいと回答。政府機関は国や都市の発展を考慮するので、「都市の独自性や強みを明確にし、地域コミュニティや専門組織と共に創造することで、レガシーを単なる物理的な建設物以上の意味を持つものとして位置付けることができる」と地域共創の意義を述べた。

ワークショップではコミュニティ観光ついてグループで話し合い。「時間、言語の壁、包摂性、持続可能性」などが課題として挙げられた

ツーリズムを通じたコミュニティ開発

オープニングで、「観光の価値は経済成長にとどまらず、雇用創出、文化保護、環境保護、そしてコミュニティの向上を支える共有経済を育む力にある」と発言したPATAのピーター・セモーネ会長。

このフォーラムでは、業界のリーダーや専門家だけでなく、コミュニティ支援や開発に関わるNGOやスタートアップ企業も参加し、多様な視点が交わされた。筆者が印象的だったのは、ソーシャルビジネスをしている若いシンガポール人との会話。「コミュニティの課題解決のためにツーリズムを活用しているのであって、単に旅行というソリューションとして提供しているのではない」という言葉は、新しい世代がツーリズムを目的ではなく手段として捉えていることを如実に示していた。

今回のPDMFは、単なる観光産業の会議を超えて、ツーリズムを通じたコミュニティ開発という広い視点から地域の未来を考える貴重な機会といえるだろう。

オープニングで挨拶するPATA会長のピーター・セモーネ氏

※タイバーツ円換算は1バーツ4.5円でトラベルボイス編集部が算出

取材・記事 平山喜代江

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