観光地への集客・リピートのカギとは? 地域資源を「経験」に変える事例

観光客の呼び込みに体験型プログラムや着地型商品が注目され、多くの地域で取り組みがされている。しかし、日本交通公社(JTBF)が2013年12月に開催した旅行動向シンポジウム第2部のパネルディスカッションで、コーディネーターを務めたJTBF観光文化研究部次長の山田雄一氏は、単なる「体験」ではなく、体験を通じて記憶に残るような「経験」の重要性を提起した。

パネリストは、山田氏が「通常の体験型プログラムや着地型商品とは何か違うと感じるところがある」とする3者を招聘。意見交換のなかから、地域資源を「経験」に変える取組み事例と地域との関係性をまとめた。


【パネリスト】

  • 高橋幸博氏

ヒーロー北海道代表:サイクリング、スキーツアー等の企画実施、ガイド、コンシェルジュ

アーチ代表取締役:地域振興プロデュース、観光事業コンサルタント、海外プロモーション等
サイクルツーリズムそらち推進連絡会アドバイザー、サイクルツーリズム北海道推進連絡会メンバー

  • 高野賢一氏

なべくら高原森の家支配人:宿泊、地域資源を活用した体験プログラム、都市農村交流

信越トレイルクラブ事務局:2県9市町村の広域連携・信越トレイルの設置・管理運営
信州いいやま観光局:着地型旅行商品造成

  • 大木貴之氏

ワインツーリズム代表理事:山梨県の地場産業ワインを核とした産地形成、地域づくり

LOCAL STANDARD代表取締役:飲食店のプロデュース・運営、地場産業振興と地域ブランディング、PR業務、広告代理業務など


 

▼「リピーター6割」、「10回以上のハイリピーター」

発信力の高い旅行者の「経験」が顧客を呼ぶ

北海道・ニセコに拠点を置くヒーロー北海道のサイクリングツアーは、積極的に農道を利用し、そこでしか味わえない出会いを演出するのが特徴。地図に記載されない農道と周辺の景色やエピソードは、地元のガイドだからこそ知る情報だからだ。他の事業者やガイドなどとも積極的に関わって情報を収集。地域のサイクリストも重要な情報源で、地元のエキスパートにコースを聞いて商品化に活かしている。

サイクルツアーのシーズンは6月から4か月間で、1回平均20名、合計約800名の集客を誇る。顧客の9割が訪日客で富裕層が多く、リピーターは6割。そのうち2割がリピーターの紹介客だ。「ライフスタイルに興味があり、自らアクションを起こし、発信力のある人が多い」(高橋氏)のが特徴で、「顧客をしっかりフォローすると百人単位で広がっていく」と話す。

また、なべくら高原森の家では、地域の小さな資源を掘り起こし、「カップラーメンを10倍美味しく食べるスノーシューツアー」などユニークな形で発信。約400のプログラムを用意しており、ツアーには地域に触れられる体験や話を交えていく。同じ素材を切り口を変えて何度も提供することに注力するのは、「マイナーな観光地なので、半日や1日の体験だけでは来てもらえない。また、他の地域でも同じ悩みがあると思うが一般的な体験は1度すると2度は来ない」(高野氏)のが理由だ。そのため、マニアックな傾向はあるが、リピート率は高く10回以上のハイリピーターも珍しくないという。


▼人の訪れる地域づくり、含まれる「経験」の要素

コンセプトは「至らず、尽くさず」

一方、山梨県のワインツーリズムが取り組んでいるのは、単なるワイナリー巡りのようなプログラム作りではなく、ワイナリーのある地域全体を楽しめるようにする産地の形成だ。生産の場を人が訪れる魅力のある産地とし、そこで人とお金が巡る仕組みを作る。「訪問者が地域を巡りながら辿りつくのは、農家や醸造家の苦労や思い。その話を聞きながらワインを味わい、五感で楽しめるようにする」(大木氏)と、参加者の経験に繋がる要素が含まれているのがポイントだ。

コンセプトは「至らず尽くさず」で、新たに用意したのは2次交通のバスとガイドブック程度。バス停はあえてワイナリーの前には置かず、地域を歩いてもらえるようなルートで設定する。「住んでいるように歩いた方が魅力的になる。地図を片手に迷うのも面白い」との考えからだ。

地域イベント「ワインツーリズムやまなし」も主催し、1回の開催でワイナリーの売上は400万円~2000万円程度。2012年から参加人数を1500名に制限しても、売上記録は更新している。大学の調査によると、イベント開催で山梨県への来訪者も数%増えることから全体的には30億円の波及効果があるという。また、地域内の人々がワインを消費し、イベントに参加するという効果も生まれている。


▼地域を巻き込む、外からの目線で魅力を提案

地域の魅力作りには受入側の協力が不可欠だが、どのように巻き込んでいけたのか。ワインツーリズムの場合、県内消費が縮小する山梨県の課題を解決するために開始したものであるため、「お金が儲かる仕組みとその効果が理解されているので、協力してくれる」(大木氏)という。地域内には地域資源を利用して来訪者をもてなす概念の共有に努め、現在、300名ほどのボランティアが参加している。

ヒーロー北海道やなべくら高原森の家でも、ツアーやプログラムの造成・実施時には、地域との関係性を重視している。例えば高野氏の場合、「宿泊業をしていることもあり、他の宿泊業の方は不安に思うこともある。地域のアイデンティティを崩さないためにも、まず地域に対して企画を提案する」という。スタッフは高野氏を含め地域外からの人材がメインだが、地域の限界集落などに居住。「現地の人々と暮らし、普段の生活で話をすることが企画に活かせるとともに地域への理解促進にもつながる。スタッフも資源となっている」と、地域の関わりが基礎となっていることを説明する。

高橋氏の場合は、地域のサイクルツーリズムに対する理解は強いものの、外国人のツアーを行なっていることもあり、観光客と接する際に地域の人々が一歩引いてしまうこともあるという。「そういう時にガイドが間に入ってきっかけを作ることで、地域の人と観光客が打ち解けることができる。そこで会話が始まれば、ガイドは下がる。すると、いつの間にか現地の人と観光客が名刺やメール交換などもしている」。地域と観光客に足りないところを少し補う調整役も必要だという。


▼「経験」に変えるポイント

山田氏は、経験と一般的な体験プログラムの違いについて、「研究が進んでいる」としてオーストラリア政府観光局の資料を紹介。それによると、「単なる観光スポットではない」、「活動そのものだけでなく、活動時の周りの状況、相互関係、個人的な繋がりなどで構成」、「物理的、情緒的、精神的といった感覚がもたらされる」、「顧客に探究心、学び、強い思い出作りをもたらす」というものが経験で、地域に経験があると「顧客は経験を話したくなる。地域の特徴が伝えられ、集客につながる」という。

さらにオーストラリア政府観光局では、遠距離の海外旅行客の30%~50%が現地ならではの本物の経験を求める客層「エクスペリエンス・シーカーズ」であると分析。彼らの特徴として「海外旅行の経験が豊富」、「休日の活動は社交的、地域とのつながりを楽しむ」、「(自身で)経験を組み立てることをとても重要だと考える」、「仲間内のオピニオンリーダー」などを挙げている。マーケティング的に提供されたものを嫌い、自身がプログラムを選ぶ方を好むため、パッケージするよりも複数の「経験」を重ね合わせられるようにすることで、地域との接点を高めることができるという。

以上の研究と、これまで話された3者の取組みから、山田氏は「地域・自然・文化・産業と密接に絡んでプログラムが生まれている。経験は、地域の資源性に立脚した上で提案することが重要である」との見解を示した。また、取り組みを持続させていく上では経済循環を生むことが必要で、そのためには「何のために地域づくりをするのかという、全体的なデザイン作りも大切になる」とも述べた。

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