有給休暇の取得義務化、宿泊施設の経営に影響するインパクトを考えてみた

ホテルコンサルタントの堀口です。

このところ注目しているニュースの一つが「有給休暇の取得義務化」です。

エクスペディアが世界24か国を対象に2013年に調査したところによると、日本の有給休暇取得率(有給休暇の支給日数で消化日数を割ったもの)は39%で最下位となっています。国ごとに有給休暇の支給日数も異なりますが、単純に有給休暇を使用した日数で見ても最下位となっています。

最新の2014年の調査では7年連続の最下位を脱しましたが、それでもまだまだ下位グループであることには変わりありません。

厚労省によると、有休を取得できる日数のうち、実際に消化した割合を示す取得率(2013年)は48.8%。政府は2020年に70%に引き上げる目標を掲げているそうです。

休みが増えれば国内旅行の需要が増えると予想されますので、観光産業にとっては大きなプラス要素となるでしょう。

一方で、このところ顕著にホテル・旅館業界でも人手不足が指摘されています。

2015年2月23日に発表された帝国データバンクの調査でも旅館・ホテル業界で人手不足感が急速に拡大しているとの結果が出ています。

現状でも人手不足を感じているところに、厚生労働省は2016年4月から企業に有給休暇の取得を義務化する方向で調整に入っているそうです。

つまり、円安などによる訪日外国人旅行者の増加が続いているタイミングで有給休暇の取得が義務化されれば、人手不足はますます拡大されることになります。

記事でも紹介されているとおり年間5日間の有給休暇取得が義務化されれば、どの程度のインパクトがあるのでしょうか?

以下のケースでシミュレーションしてみました。

<想定>

  • 従業員数: 10人
  • 年間公休数:108日(所定労働時間を8.0時間とする)

<計算式>

  • ① 延べ労働時間:
出勤可能日数257日×労働時間8.0時間×10人=20,560時間

    ② 減少する労働時間:
有給休暇5日間×労働時間8.0時間×10人=400時間
    ③ 労働時間の減少率:
② 減少する労働時間400時間÷① 延べ労働時間20,560時間=1.9%

5日間の有給休暇取得が義務化されれば、年間で400時間の労働時間減少となります。有給休暇の取得がなかった場合と比較すると、1.9%の労働時間減少となります。このくらいの減少であれば、多少の効率化を図ることや残業を増やすことで乗り切れそうです。残業で乗り切った場合に想定時給を1,500円とすると、必要となる残業代の増加は年間75万円程度と予測されます。

ちなみに、このケースで労働時間の減少により一人新規で採用したほうがよくなる従業員数は52人となります。かなり大きな従業員数なので、ほとんどのホテル・旅館の部門では増員の必要まではなさそうです。

ところで有給休暇は6年6か月以上勤務したフルタイム労働者には、年間20日間付与されることになっています。

上記と同じケースで有給休暇を最大20日間取得させるとすると、そのインパクトは7.8%となります。有給休暇を20日間付与しようとすると、13人のフルタイム従業員を持つ部門で1名の増員が必要となります。このケースに該当する部門はかなりの数になるのではないでしょうか。

政府目標である70%の取得でのインパクトは5.4%となります。

ここまでのシミュレーションは、現状有給休暇を全く消化していない状況からの試算となっています。ですので、現状でも有給休暇を付与しているホテル・旅館ではここまでのインパクトにはならないはずです。

いずれにしても、従業員が健康で気持ちよく働ける環境を用意できないと、最低限必要な要因数も確保できず、人員不足により廃業となるホテル・旅館が出てきてしまうかもしれません。

現実にも有給休暇の取得義務化に先駆けて、完全な有給休暇取得の実施に取り組んでいるホテル・旅館もあるようです。

例えば、神奈川県鶴巻温泉にある旅館「陣屋」さんは、2014年から火・水曜日を休館にするという非常に興味深い取り組みをされています。

お聞きしたところによると、火・水曜日を休館にすることで人件費は大きくダウン(▲16%)し、営業日には全社員が出勤できるので接客と料理の品質も向上しているそうです。

気になる売上は休館日の影響があるにもかかわらずほぼ前年並みだそうです。平日にいらっしゃるお客様は日程の融通がきくことも多いそうで、その分月曜木曜日の売上が増えたとのこと。繁忙期である11月でも売上は維持できているそうです。それだけ「陣屋さんに泊まりたい」と思っている顧客をつかんでいることの表れなのでしょう。

結果、休館日を設けても増益を果たしているそうです。また、陣屋さんは有給消化率100%を目指していらっしゃるとのことでした。

(ちなみに陣屋さんは「ワールドビジネスサテライト」などでも取り上げられた「陣屋コネクト」という顧客管理などに特徴のあるクラウド型ホテル旅館総合システムを展開していらっしゃいます。以下からご覧いただけます)

▼「ワールドビジネスサテライト 〜アプリで売る企業ノウハウ〜」ユーチューブ

 

約10分間 (テレビ東京系列 2014年12月4日 放送分)

  

この機会に、皆さんのホテル・旅館や部門でどの程度のインパクトがあるか確認してみてはいかがでしょうか。

なお、今回の記事を参照しながらお使いいただけるよう、「有給休暇の取得義務化のインパクト」をシミュレーションできるスプレッドシートを用意してみました。以下のリンクからダウンロードしてお使いください。

堀口 洋明(ほりぐち ひろあき)

堀口 洋明(ほりぐち ひろあき)

ホテルコンサルタント。長崎大学卒業後、国内のリゾートホテル、シティホテル、ファンド系ホテルチェーン本部勤務を経て2007年に株式会社亜欧堂を設立。国内系・外資系、シティホテル・ビジネスホテル・リゾートホテルといったホテルの業態を問わない経験を持ち、「ホテルマネジメントをサポートする」をコンセプトに、国内ホテルを中心にコンサルティングを提供中。著書に「ホテルの売上倍増実践テクニック100(オータパブリケイションズ)」など。

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