経済危機に揺れるギリシャの旅行産業、国際アナリストが予測する明暗2つのシナリオ

国際市場調査アナリストの分析コラム

ユーロ圏におけるギリシャの今後が予断を許さない状況にあります。ユーロ残留の決定がなされましたが、長い将来を考えてもきわめて不安定な状況にあるといえます。この不透明な状況は、ギリシャの旅行産業にも大きな影響を与えるでしょう。世界旅行観光協議会(WTTC:World Travel and Tourism Council)によると、ギリシャはGDPの17.3%を観光産業に頼っていることからも、観光産業の動向がギリシャ経済全体に大きな影響を及ぼすことになります。

以下では、ギリシャの短期・中期的な観光産業について、GDPと旅行者数の相関を見ながら2つのシナリオを書いてみたいと思います。

※本コラムは、2015年7月15日に国際市場調査大手の「ユーロモニター」社が発表したもので、同社の協力で日本語に翻訳し、それをトラベルボイスが編集しました。原文は「Grexit or Not: The Future of the Greek Travel Industry, In or Out of the Eurozone」。

 

歴史は繰り返す

実はギリシャは過去にも同じような状況に陥ったことがあります。2008年の世界経済危機、それに続く2011年~2012年のユーロ圏の経済危機の際、ギリシャは債務不履行・ユーロ圏からの離脱の危機を経験しています。イタリアおよびスペインも同じ状態にあり、この3カ国への旅行者数は不振な状況でした。

2008年の経済危機の後、2009年のギリシャへの入国者数は前年比5%減少しました。その後、回復基調となるものの、2012年には再び前年比5%減少してしまいます。これは、ギリシャの主要観光客である、ドイツ・イギリス・フランス・イタリアの経済低迷も大きく影響しています。

この2回の谷の合間、2010年末に始まった「アラブの春」によって、ギリシャは旅行先として人気を集めました。このことから、観光産業はGDPの減少や地政学的な不安定さに左右される面も多い一方で、ある地域への観光客が減ることは、他の地域の観光産業にはプラスとなることが分かります。

ギリシャの主要観光客の遷移:ユーロモニターインターナショナル提供

ギリシャの観光産業:最良のシナリオと最悪のシナリオ

現時点ではギリシャのユーロ圏への残留決定の方向ですが、これがベストのシナリオと言えるでしょう。ユーロ圏内の他国からの更なる緊縮政策が予想されるものの、当面の間GDPの縮小を免れることができるからです。一方で、最悪のシナリオは最終的にユーロ圏からの離脱、となった場合です。

その場合、通貨はユーロからドラクマに戻ることが想定され、現在の状況を考えると、ドラクマの通貨価値が半減してしまうことも考えられます。GDPは急速に縮小し、金融システムが機能しなくなり、政情不安やデモなどが生じたりすることで、ギリシャという国のネガティブな印象が際立ってしまいます。ドラクマ通貨への完全な切り替えには2年から3年を要すると考えられますので、遅くとも2018年まではGDPはマイナス成長になるシナリオとなってしまいます。

ギリシャのGDP成長率:ユーロモニターインターナショナル提供

不安定な状況に左右される観光需要

最良のシナリオが描けたとしても、観光客数の急速な回復は見込めませんが、チュニジア情勢への不安や、勢いを増す価格競争によるメリットなどから、徐々に観光客数は伸びていくものと思われます。ギリシャの経済的安定は他のユーロ諸国へのメリットになるだけでなく、ユーロ圏の経済の安定がドイツをはじめとするギリシャへの観光客の増加に繋がるという良いスパイラルを生むはずです。

また、最悪のシナリオとして、2014年から2015年にかけて観光客が12%減少し、2016年にも減少傾向が続くということが考えられます。つまりこれは、政治的な不安定と極端なデフレが収束した後も、ギリシャはその競争力の回復に努めなくてはならないということになります。

しかしこのシナリオによると、デフレにより、ある意味では近隣諸国には非常に魅力的な旅行先であり、その先2年間は観光客が増加に向かうと予想しますが、サービスや宿泊施設の質の低下が避けられず、観光客の増加は長く続かないでしょう。

ギリシャにおける観光客数の推移:ユーロモニターインターナショナル提供

先行き不透明な状況に強いLCC

航空会社の業績は、海外からの観光客と強く結びついていることから、観光客の増加に伴って回復基調となることが期待されます。

最良のシナリオにおいて、ギリシャ着の便は成長を続け、ユーロ圏内の経済が安定することで域内の航空産業は3~5%の成長となることが見込まれます。一方で国際航空運送協会(IATA)によれば、ギリシャがユーロを離脱した場合、2015年にかけ、ギリシャへの旅行者数は6~12%も減少することが予想されています。

ユーロ圏の経済が好調に戻るまでの間は、ギリシャ出張のためのビジネス需要が減少することから、定期就航便はかなり苦戦を強いられることになります。その点では、LCCの方が需要に応じた航路の追加や削減が可能なことから、このような先行き不透明な状況には柔軟性があると考えることができます。


中小ホテル事業者の苦戦

ホテル産業は経済状況と輸送業の動向を、約6ヶ月遅れで追いかけると言われています。そうなると、向こう2~3年は苦戦を強いられ、回復は2016年以降となります。しかし、緊縮政策により、宿泊施設に対する税金が、現在の6.5%から13%程度まで引き上げられることが想定されるため、特に中小規模の企業はかなり不利な状況に追い込まれることになります。

ギリシャの動向がどのような方向に向かうとしても、旅行者は、キャンプや素泊まりを含め、より安価な宿泊施設に流れることが予想され、ホテル産業の回復にはかなり時間がかかると考えられます。稼動率の回復には5年、「販売可能客室売り上げ」においては、回復に10年はかかる恐れもあります。大手事業者は稼働率を上げるためのディスカウントや期間限定キャンペーンなどが打ち出すことが可能ですが、これがさらに中小事業主を苦境に追い込むことになります。

英・ブライトン大学のホスピタリティ専攻主任講師Ioannis S. Pantelidis博士によると、ドラクマ通貨の採用は、接客産業に従事する人々に悲惨な状況をもたらすとされています。理由は、急速な通貨価値の下落によって輸入品の価格が上昇して利益幅が縮小されるだけでなく、旅行客の減少によってホテル側は従業員の削減に踏み切る可能性が高まると考えられるからです。

一方で、個人間の宿泊場所の貸し借り(peer-to-peer lodging)は今後も伸びていくでしょう。ギリシャにおける民間の賃貸産業は2009年から2014年にかけて年平均114%で成長しており、今後5年で15~35%拡大いていくと考えられているのです。


ギリシャの旅行客は“ステイケーション”に流れる

ギリシャの旅行代理店業は、ギリシャの残留・離脱いずれの場合においても回復が最も遅くなると予想します。ユーロ圏に残留したとしても緊縮政策により、消費者は旅行への消費を抑える傾向にあるでしょうし、離脱した場合は通貨価値の下落からギリシャ国民が海外旅行に出る機会は大きく減ると考えられるからです。仮に離脱した場合、ギリシャからの海外旅行数は、2017年までに5~15%減少し、代わりにギリシャ国内への旅行が3~8%増加すると推測されます。

つまりいずれの場合も、遠出せずに自宅にいるか、近場で日帰り旅行をして過ごす休暇スタイル「ステイケーション」の方向に流れると考られるのです。


予測不能なギリシャ観光業の将来

ここまで、過去の歴史に基づいた2つのシナリオを想定してお話してきましたが、日々刻々と状況の変わるギリシャの今後は完全に予測できるものではありません。

2014年、ギリシャ政府観光局は、ハイシーズンの旅行客になるべく依存しないための策として、パッケージツアーから脱却した多角化を図ってきました。ゴルフや登山、健康・ウェルネス需要、など、誘致のためのオプションを増やしてきましたが、これらが今度の観光産業にどう貢献していくか、注目していきたいと思います。

参考:ギリシャにおける国別・旅行者人数トップ10と年成長率 ※ユーロモニターインターナショナル社提供

順位

国名

2013年旅行者数(人)

2014年旅行者数(人)

2015年旅行者数予測(人)

2014年成長率(%)

2015年成長率予測(%)

1位ドイツ(Germany)         2,268,546         2,791,530         2,871,985                23.1         2.9
2位イギリス(United Kingdom)         1,846,333         2,290,481         2,402,245                24.1         4.9
3位ロシア(Russia)         1,352,901         1,641,244         1,605,630                21.3- 2.2
4位フランス(France)         1,152,217         1,408,014         1,437,755                22.2         2.1
5位イタリア(Italy)           964,314         1,178,216         1,193,111                22.2         1.3
6位トルコ(Turkey)           831,113         1,035,172         1,081,966                24.6         4.5
7位セルビア(Serbia)           778,765           948,907           967,367                21.8         1.9
8位ブルガリア(Bulgaria)           691,874           849,333           872,905                22.8         2.8
9位オランダ(Netherlands)           580,867           710,492           728,357                22.3         2.5
10位アルバニア(Albania)           504,809           625,524           659,662                23.9         5.5

バウター・ギーツ(Dr Wouter Geerts)

バウター・ギーツ(Dr Wouter Geerts)

ユーロモニターインターナショナル・トラベルアナリスト。ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校において、サービス業のサステイナビリティに関する博士号取得後、2013年ユーロモニターインターナショナル入社。トラベルアナリストとして、150カ国にわたる旅行・観光・宿泊に関する調査・分析を担当。サービス業のマネージメントに関する学士号および、ホテル業界における多数の研究実績や協力実績を持つ。

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