千葉千枝子の観光ビジネス解説
2016年の旅行・観光ビジネスで押さえておくべきキーワードを、「国内旅行」「海外旅行」「訪日観光」「地域」の4つのテーマで挙げてみたい。
【国内旅行】
キーワード1: 北海道新幹線
2016年の国内旅行は、昨年に引き続いて好調が予想される。気になるのは3月26日開業予定の北海道新幹線だ。新青森から新函館北斗駅まで延伸され、春まだ浅き北が観光で沸く。バブル崩壊後、低迷した函館だが、観光復権なるかが気になるところだ。
キーワード2: 伊勢志摩サミットなどのイベント
このところのインバウンドの隆盛で、外国人に人気の観光ルートや穴場スポットを見直す動きもある。忍野八海(山梨)や地獄谷温泉(長野)などが、その一例だ。5月に予定されるサミット主要国首脳会議の舞台・伊勢志摩(三重)や、国内最大の鉄道博物館となる京都鉄道博物館の開業(4月29日)にも期待が寄せられる。
キーワード3: 東西テーマパークが15周年
周年で注目されるのは、春のユニバーサルスタジオジャパン(大阪)、東京ディズニーシー(千葉)の開業15周年記念イベントだ。また、東日本大震災から5年の節目にあたるため、復興をアピールする催しが被災地でも予定されている。10月には、いわて国体が開幕、2020年東京五輪を目前に、スポーツ界のあらたなヒーロー・ヒロインが誕生しそうだ。
キーワード4: 都市型観光の隆盛
都市型観光においては、大都市圏のホテル客室不足、料金高騰が是正される気配はない。
だが都市型観光は、衰えはしないだろう。東京・大手町のていぱーく跡地には、星のや 東京が7月開業、五輪に向けた“変貌”のときにある。大阪や名古屋も、明るい話題が数多く、民泊ビジネスも進むことが予想される。
また、これら外客が集中する大都市空港周辺の宿泊供給不足に呼応して、東京・千葉から神奈川・埼玉へ、大阪・京都から滋賀・和歌山へ、名古屋ではなく三重・岐阜へといった周縁移行現象も予想される。
キーワード5: 民泊
東京五輪の開幕に向けて投資が集中する北海道や沖縄も注目株だ。例えば、沖縄・那覇の台所といわれる糸満で、先月、筆者が実際に修学旅行受け入れ家庭に滞在したが、地域が大切に育んだ“民泊”の質が高いことに驚いた。本来の民泊といえるこうした動きが気になる。
キーワード6: 新祝日の「山の日」
今年のテーマで期待が寄せられるのは、「山」。8月11日が「山の日」として旗日に加わる。国民の祝日が制定されるのは実に20年ぶりのことで、お盆休暇での国内旅行の泊数延伸につながることを期待したい。また、新たな観光列車のデビューやLCCの新路線開設も進み、国内旅行ブームに拍車をかけることだろう。
【海外旅行】
キーワード7: 日中韓の関係回復
世界的なテロへの脅威で、海外旅行市場は2016年も視界不良の感にあるが、明るい材料もある。市場を占う最大のカギは、日中韓の関係回復だ。昨年暮れには、産経新聞社ソウル支局長の一転した無罪判決で、韓国の歩み寄りを印象づけた。近隣アジアの平和的安定が、海外旅行市場の復権には欠かせない。
人気目的地で盤石なのは台湾で、LCC就航が今年も拍車をかける。
キーワード8: リオ五輪
2016年、最大の海外旅行イベントといえば、リオデジャネイロの夏季五輪である。リオの閉幕をもって東京開催へのカウントダウンが始まることから、観戦ツアーも過去にない盛り上がりとなる。日系移民が多い最大都市のサンパウロや、世界三大瀑布の一つイグアスの滝など、ブラジルには見どころも多い。海外旅行デスティネーションの極が、本格的に南半球へ寄り始める予感がある。エジプトも回復の兆しが感じられる。
キーワード9: 国際線LCCの増加
LCCは昨年に引き続いて、近隣アジアへの日本発着便が数々、お目見えの予定である。Vエアーが関空・台北を(1月26日)、ピーチが成田・仁川、春秋航空が成田と重慶、武漢を(いずれも2月)、結ぶことが決定している。
また、新たな株主構成で再出発するエアアジア・ジャパンの動向にも目が離せない。セントレアを舞台に、台北便の就航が予定されている。
キーワード10: アジア諸国との周年記念
周年では、日本とシンガポールが国交樹立50周年、フィリピンとの国交正常化が60周年の節目にあたる。経済力が増すASEAN東南アジア諸国連合への渡航は、観光・商用の両面で今年も活発になることが予想される。
キーワード11: テロの標的になりづらい国・地域
欧米のロングデスティネーションにおいては、テロの標的となりづらい国・地域が旅先に選ばれる傾向になろう。永世中立国のスイスや英国連邦のオーストラリアやカナダあたりが、海外旅行の狙い目となりそうだ。
【訪日観光】
キーワード12: インバウンドの課題浮彫に
2015年、ついにインアウトが逆転、訪日インバウンドは、2000万人時代を本格的に迎える。市場は、ますます活気づくと同時に、さまざまな課題が浮き彫りになる。CIQをはじめ各空港の容量超過に、どう対応するのか、特にパラリン対策が課題も山積だ。空き家・空き室利用の民泊事業は、特に目が離せない。旅館業法の改正となるのかも注視したい。
キーワード13: 異業種参入
東京カウントダウンで、これらインフラ整備や法整備が待ったなしの状態なのは自明の理だが、その間隙を縫って、さらなる異業種参入がみられる。こうしている間にも、インバウンド事業の会議をしている異業種企業が、幾多あることだろう。
キーワード14: インバウンド消費
インバウンド消費は、流通小売やホテル宿泊業など一部の産業界に恩恵をもたらしているが、大都市圏に集中している。地方における新たな観光ルートの開発が急がれると同時に、訪日外客を対象にした農山漁村のグリーン(ブルー)ツーリズムやアグリツーリズム、クールジャパンに呼応した産業観光など新しい旅のカタチが、本格的に地方で広がりをみせそうだ。また、免税店が増えすぎて、キックバックでの客引き合戦が過熱しそう。
キーワード15: 急速な規制緩和
気になるのは急速な規制緩和による軋轢だ。これまで旅行業法でしばられた国内の旅行業者とは異なり、インバウンドビジネスは参入障壁が低い。規制をかけるべきところはかけ、緩ませるべきは緩和する。そうした議論が求められる。
次なる目標に、2030年3000万人がある。五輪後を見据えて、早急に手立てを講じないとならない。業界関係者の叫びが政府に届くことを期待する。
【地域】
キーワード16: 地方創生の成果
政府が掲げる地方創生が、成果を問われる2016年。ふるさと旅行券などの支援策に効果検証の年を迎えた。一過性に終わらせない努力は、各自治体ともに欠かしてはいないだろうが、アクセスや二次交通の利便性から明暗分かれているのが実情だ。
また、都道府県ごとの観光戦略には限界もある。広域連携が叫ばれて久しいが、観光予算がそれぞれ異なり、足並みがそろわない。現状、沖縄県と東日本大震災被災3県に限った中国人観光客の数次査証を、例えば青森・秋田・山形を含む東北6県、ないしは新潟を含む7県に拡大するなどの優遇策を講じて、インバウンドの地域格差を是正するといった方策を期待する。
キーワード17: パワースポット
パワースポットは国内・訪日ともに順調で、特にサミット開催県の三重・伊勢志摩は注目株。かつてのウィンザー洞爺のような、事後のツアー訪問にも期待が寄せられる。また、当地の歴史や文化にストーリー性をもたせることも重要で、新潟県阿賀町では英国女性紀行家イザベラ・バードの「日本奥地紀行」をテーマに、来訪促進を行う予定だ。
キーワード18: ガイド育成
着地型旅行商品は今、収益性で曲がり角に来ている。さらなる情報発信が求められると同時に、有能なガイドの育成に、文殊の知恵を地域に暮らす中高年者に求めるなどして、魅力を増す努力も必要だ。
【旅行業界2016年の展望】
訪日・国内、そして海外旅行市場で、2015年は明暗分かれた。2016年も同様の傾向がみられそうだが、「とにかく五輪までに稼げ」の大号令のもと、訪日市場の勢いは衰える気配がない。また、テロへの脅威から海外への旅を避ける傾向が、みられるであろう。
消費者が旅行会社に求めていることの一つに、安心・安全がある。危機管理を徹底させて、具体的な現地対応策や過去の事例を明示することで、個人旅行では得られない絶対的信頼を消費者に喚起伝達できる。損害保険会社が毎年、公表する海外医療事例などが、それにあたる。海外旅行の担当者は、ぜひ創意工夫で活路を見出してほしい。
観光が、かつてない注目を浴びるなか、中小旅行会社の転・廃業や倒産、合従連衡も相変わらずみられる。その一方で、地元の観光協会等が旅行業を登録する動きが進行している。旅行会社との棲み分けが課題だが、地域に根ざした活動は遠からず実を結ぶであろう。
大手商社をみてみよう。円高のときには輸入産業を、円安のときには輸出産業で稼いで、損益のバランスを保ちながら時代を生き抜いた。旅行3市場を網羅する経営体力がある総合旅行会社は、全体益が見込めるものの、業界全体では今まで以上に弱肉強食の時代を迎えそうだ。
安倍政権が推し進める一億総活躍社会の実現に、旅行業界にも今年の総会で女性役員が多数輩出されるであろうし、また、知識と経験豊富なシニア層の雇用延長や業界OBの活躍も期待される。老若男女、業界に通じた人たちの知恵と総力が、求められている。
――おもう念力、岩をも通す
2016年を有意義な一年にしたい。