千葉千枝子の観光ビジネス解説
去る2016年2月5日、中部国際空港セントレアホールで開催された「NPO知多から世界へ」講演会(主催:特定非営利活動法人 知多から世界へ)では、愛知県振興部観光局長の加納國雄氏が「愛知県のインバウンド観光施策について “Heart” of Japan~Technology & Tradition」と題して、講演を行った。
加納氏といえば、香港政府観光局日本・韓国地区の局長を18年余り務め、大阪観光コンベンション協会大阪観光局長も歴任した経歴を持ち、国内外に観光人脈が豊富なことでも知られる。
2015年4月に愛知県振興部観光局長に就任した加納氏は、日本の中心にある愛知をHeart(心臓)にたとえて、ものづくりニッポンの中枢を魅せる戦略を披露した。地方創生を旗印に、観光における地域間競争が強まるなかで、自治体が推進する観光施策が過熱している。今回は、こうした観光施策を牽引する、時代が求める高度インバウンド人材について解説する。
愛知は日本の心臓部 “Heart” of Japan ――県のタグラインやキーワード、ストーリー性を強調
加納氏は会場で、県のキャッチワードの重要性を愛知の人たちに呼びかけた。インドはIncredible India、マレーシアがTruly Asia Malaysia、 タイがAmazing Thailandなど、観光を活躍のフィールドにしている人にとっては耳慣れたタグラインも、県民や財界人にとっては耳慣れないはず。
そこで地理的にも、産業技術や歴史の舞台においても、日本の心臓部といえる愛知を、Heartと表して、“Heart” of Japan~Technology & Traditionというタグラインで、世界へ向けた発信、ブランド力の向上の重要性を聴衆に訴えた。
また、愛知県で手がけたファムトリップ(海外からの招聘視察旅行をさす)では、INAXの工場見学はもちろんMIZKAN MUSEUM(ミツカンミュージアム)なども人気で、愛知産業観光への手ごたえを感じたと加納氏。外国人客はサムライやショーグンなど歴史的人物への関心が高いため、「トクガワショーグンがつかったトイレ」と紹介しただけで記者たちに大ウケしたと、会場を沸かせた。
外国人客のハート(愛)を掴むには、タグラインや日本ならではのキーワード、ストーリー性が欠かせない。観光は産業です―――。技術立県を、いかに観光振興させるかの苦悩も垣間見られた。
インバウンド誘致に求められる能力とは? ――プロモーションはもちろんリスク対応の経験値も
その加納氏は、すでに古希を迎えている。だが、自治体や観光関連の外郭団体に求められるインバウンド人材は年齢不問であることが多い。唯一無二の稀有な経験や豊富な知識、そして長年培われた海外人脈などが、大きな任用ポイントになるからだ。
香港政府観光局局長時代、加納氏は「ハマル、ミリョク、香港。」などのキャッチで、中国返還(1997年)以降、急速に冷え込んだ香港の観光プロモーションを支えてきた。在任中には、ニューヨーク同時多発テロ(2001年)やSARSサーズ重症急性呼吸器症候群(2003年)、東日本大震災(2011年)と、アウトバウンドは多難続きだった。
さらにASIAN GATEWAY OSAKA(アジアの玄関口・大阪)をタグラインに、2013年に発足した大阪観光局の初代局長に就任してインバウンドを手がけ、今の大阪の礎を築いた。しかし、興行で赤字で業者支払部分の一部を自腹で補てんするといった騒動にも見舞われた
インバウンド誘致にはプロモーション力はもちろんのこと、いざというときのリスク対応力が欠かせない。経験こそがモノを言う世界といえる。
自治体が民間登用を急ぐ高度インバウンド人材 ――求められる能力や資質とは
地方創生を旗印に、観光における地域間競争はますます熾烈を極めている。そこで地方自治体では、高度インバウンド人材を任期付き職員として民間から登用して、観光振興にあたらせるむきが進みはじめている。
県や市町村など自治体におけるインバウンド人材に求められる能力や資質を考えてみた。
- インバウンドならびに観光における専門的知見・識見を有すること
- 関連する業務経験や業界経験の豊富さ、プロモーション能力
- インバウンド誘致に関する企画発想力やプレゼンテーション能力
- (管理職クラスの場合は)部下のマネジメント能力や組織管理力、調整力
- 公務員としての基本的な資質・適格性、倫理意識、使命感
- 県(市町村)民のニーズへの理解と共感
- 県(市町村)政への理解や協力性
- 県(市町村)議会や商工会など関係者の合意を形成する調整能力や対応力
- マスコミへの対応力
- 前職や営利企業との利害関係が存在しないこと・従事制限に抵触しないこと(私益ではない行動様式)
- 一定の語学力や国際的センス、海外人脈
インバウンド市場は、グループからFIT(個人旅行)への移行がことのほか早く進んでいる。ブッキング(予約手配)はインターネット経由のオンライン派が増えており、ウェブ上での詳細情報が足りていないのが現状だ。また、リピーターを中心に、単なる物見遊山から、体験重視なコト消費の旅へと寄り始めている。そうした点での企画発想力も問われており、単に語学が堪能だけでは採用に至らない。
また、近ごろは中国経済の減速がインバウンド市場にも変化をもたらし始めている。春節爆買いの特需も長くは続かないと予想され、中国以外の市場の深堀が求められている。国別にセグメントされた、仔細な戦略立案・整備も急がれる。今後ますますの公募や任用が、各地で予定されているが、企業人が第二、第三の職場として自治体で、持てる能力を活かすには相応の心構えが必要といえよう。