京都市が国の特区制度を活用して立ち上げた「京都市認定通訳ガイド制度」。今年8月、その第1期生となる京都市ビジターズホスト56人が誕生した。国が主導する通訳案内士に加えて、京都市が独自に専門通訳ガイドを育成する目的とは? 京都市内のファムツアー(自治体などが主催する招聘旅行)に同行して探ってみた。
このファムツアーは、9月下旬に欧米の旅行会社を招いたもの。第1期生のひとりが京都市内をガイドした初仕事を取材した。
上賀茂神社、無鄰菴、妙心寺、感嘆するファム参加者
You can hear beautiful sounds in the garden, including the scissors’ sound of a gardener. Each of scissors is different because it is an artisan’s work, so a gardener takes all scissors to check the sound and choose one. Actually, it is very expensive.
明治・大正の元老山県有朋の別荘で名勝として知られる無鄰菴、京都市ビジターズホスト1期生の宇高春奈さんが通訳する庭師のこだわりにファム参加者の二人は頷き、感心する。障子の外には雨上がりの庭。瑞々しい風景に、参加者のひとりは、”This is so spiritual.”と感嘆の声を漏らした。
今回ファムツアーに参加したのは、ニューヨークの旅行会社ワールド・ジェネシスのマルタ・アニシッチさんとロンドンの旅行会社ブラック・トマトのハナ・アンダーウッドさん。京都市をはじめとする7自治体が立ち上げた「日本ラグジュアリートラベルアライアンス」の初の共同事業として実施したツアーで、金沢、高山、京都を視察した。宇高さんの担当は京都市内。無鄰菴のほか上賀茂神社、妙心寺春光院の座禅体験などをガイドした。
能楽師の宇高さん、「能の世界を世界の人にもっと知ってもらいたい」
宇高さんが「京都市認定通訳ガイド制度」を知ったのは、友人からの紹介。通訳案内士の資格も持っておらず、ガイドの経験もなかったが、金剛流能楽師でもある宇高さんは「日本の伝統芸能であると能の世界を外国の人にも知ってもらいたい」と思い、応募した。
第1期は伝統産業と文化財の2つの専門分野に分かれるが、宇高さんは前者での認定を受けた。この認定を受けると京都市内での有償通訳ガイド活動が可能になる。第1期の認定は56人で、英語50人と中国語6人。応募総数555人から選ばれた先鋭だ。
京都市産業観光局観光MICE推進室の三重野真代氏は「20代から40代が多く、このまま育っていくと相当の戦力になる」と第1期の認定を評価する。適正チェックで重視したのはコミュニケーション力。面接では、語学力に加えてコミュニケーションのうまさを見たという。「明るく人付き合いのうまい人を選びました。知識は後からいくらでもついてくると思う」と三重野氏。国の通訳案内士の試験には、その視点が足りないと指摘し、京都市独自の取り組みに自信を示す。
京都市がこの制度を設けた理由は、京都の伝統文化を専門にガイドできる通訳を育て、外国人旅行者、特にラグジュアリートラベラーの理解度や満足度を上げること。その結果として、伝統工芸品などの購買につなげていきたい考えがある。
また、単なる通訳ガイドの役割としてだけでなく、「幅広いインバウンド人材の育成」という側面もある。三重野氏は「認定ガイドが通訳以外の仕事も受けられるようにサポートしていきたいと思っています。また、将来的にはそれぞれの得意分野を生かしたツアーを造成することも可能になるでしょう。たとえば、二条城、工房、商店街、茶摘みなど特別感のあるツアー」と話す。
宇高さんも「能を観劇するプログラムをつくってみたい」と意欲的。「日本は、ニューヨークのミュージカルやヨーロッパのオペラのように、演劇を見ることが観光の一部にはなっていないように思います。オペラにオーケストラが必要なように、能には謡と囃子が必要となる。能装束も本物。必然的にチケットも高くなるので、富裕層が対象になるでしょう」と話す。
第2期生も募集開始、ガイド力のさらなる強化を
第1期生を送り出して見えてきた課題もある。三重野氏は「ガイディングにはそれなりのトレーニングが必要。その訓練が一期生のときは弱かった」と振り返り、2期生以降はガイド研修に力を入れていく方針を示す。3ヶ月の基礎研修では、京都学に加えてガイドスキルの研修も組まれたが、宇高さんも「ガイドをしながら、自分も学んでいる」と明かす。
自身の専門分野以外の知識について、宇高さんは「同時通訳になった場合、専門用語の通訳が難しい」と今回のファムを振り返る。ただ、「経験とともに知識も増えていくでしょう。事前の勉強ももちろん必要ですが、実地で得る知識の方が大切だと思います」との考えだ。
京都市では、認定後3年以内をめどに「京都・観光文化検定試験2級」の取得を求めており、5年後の認定更新時に、取得のない者は更新を認めないとすることで、専門性についてのクオリティーを担保していく方針だ。
また、この制度に対する事業者側の認知度向上も課題のひとつ。「8月の認定式で行われたビジネスマッチングでは、事業者側からいい反応を得た」(三重野氏)ようだが、使う側の理解が進まなければ、ビジターズホストの仕事は増えていかない。そこで、京都市は今年9月に事業者がビジターズホストを検索できるサイト「クレマチス」を立ち上げた。また、旅行会社が仲介業者になる仕組みも取り入れているほか、ホテルのコンシェルジュへの周知も進めていく。
第2期生については、今年10月17日から募集を開始。今回は、第1期の伝統産業と文化財のほか、伝統文化と食文化を専門分野に加える。また、対象言語にはフランス語も追加。1期生が新たに伝統文化と食文化での認定を目指すことも可能だ。書類選考と面接を経て、来年1月からは研修を開始し、来年夏には新たな京都市ビジターズホストが誕生する予定だ。
ビジターズホストが支える京都のラグジュアリートラベル
ロンドンからツアーに参加したアンダーウッドさんに、「最も印象に残ったところはどこ?」と訪ねてみると、間髪入れず「妙心寺での座禅。日本人の精神性を垣間見ることができたから」と話す。
体験は旅の大きな力。それを京都市ビジターズホストがサポートする。「その道のマスターに直接教わると、特別感が増してくる。本物を求めるラグジュアリートラベラーにとっては、それがいいのでしょうね。学びを得られて、それが自分の日常に生きるような旅行を手助けできればいいですね」と宇高さんは話す。
ツアー一行は、精進料理「阿じろ」でランチを取った後、「浄瑠璃寺」に向かった。浄瑠璃寺は京都市内ではないため、宇高さんのガイドはランチまで。1日半だけのガイドだったが、アニシッチさんとアンダーウッドさんは、名残惜しそうに宇高さんとハグを交わし、「See you!」と市内を後にした。
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取材・記事 トラベルジャーナリスト 山田友樹