国内外のトラベル業界のリーダーが集う「WIT(Web In Travel)JAPAN & NORTH ASIA 2018」の開催まで、あと約1か月。初日の起業家コンテストなどを開催する「ブートキャンプ」、2日目の話題のトピックスを取り上げて議論する「メイン・ステージ」で構成されるイベントは、年々拡大を続け、旅行業界における認知度も上昇している。7回目を迎える今年の見どころをWIT Japan実行委員責任者、柴田啓氏(ベンチャーリパブリック代表取締役社長CEO)と浅生亜也氏(サヴィーコレクティブ代表取締役社長)に聞いてきた。
2日間にわたるイベントには、今年も、オンライン旅行会社、ホテル・旅館・民泊などホスピタリティー業界、航空会社、タビナカ体験、デスティネーション・マーケティングを担うDMOまで、幅広い関係者が集結する予定だ。各分野に精通したキーパーソンが、スピード感あふれるディスカッションを行い、様々な知見から本音まで、惜しみなく披露してくれる「共有」の精神が満ちているのも魅力のひとつといえるだろう。
テクノロジー百花繚乱だからこその原点回帰
「WIT Japan 2018」のテーマは「Better Travel」。そこに込めた想いや狙いについて、柴田氏は「原点に戻る節目の年」と説明する。
もともとテクノロジーを軸に、旅行業の未来について議論してきたのが同イベント。もちろんテクノロジーは引き続き重要なベースであり続けるが、「そこだけにスポットライトを当てるのではなく、ここで一度、本来あるべき旅行の姿、より質の高い旅行の在り方について立ち返って考えよう」(柴田氏)という問いかけだ。
具体的には、旅行がもたらす基本的な価値として「love, respect, creativity, diversity, openness」の5つを掲げた上で、テクノロジーを活かして「より良い経験、ビジネス、人、旅行を実現し、より質の高いものを目指すこと」と柴田氏は説明する。
シンガポールで始まったWITの第1回目から数えると、2018年はちょうど13年目でもある。浅生氏は、「12年をひとつの周期と考えると、第1期が終わり、2期目のタームに入る最初の回。会議に携わってきた人たちと話すなかで、テクノロジーが進化しても、最終的に求めているのは、やはり質の高いもの、良い体験であり、そこはずっと変わらないよね、と。その本質を見直してみよう、ということでベタートラベルになった」と話す。
IT活用は当たり前という時代になり、1~2年前は「未来」だった技術がどんどんサービスの現場に登場している昨今、多種多様なテクノロジーがあふれ、WITシンガポールでも「テクノロジーのカオス状態」といった声が出るという。
こうした状況下、「例えばフェイスブックのデータ流出問題などが典型だが、テクノロジーを追求してきたなかで、色々な問題も浮上している。テクノロジー一辺倒ではなく、調和のとれた、質の高い旅行という本来の目標を改めて意識したい」(柴田氏)。
幅広い分野を網羅したプログラム、今年のイチオシは?
WIT Japan 2018のプログラム内容に目を転じると、今年も様々な業種が盛りだくさんという印象だ。まずテクノロジー関連では、毎年恒例の人気セッション、大手オンライン旅行会社のトップが一同に会する「OTA Exchange」に加え、旅行業でも有名な投資家であり、ドローン事業向けファンドも率いる千葉功太郎氏が登壇。WIT創始者であり、シンガポール旅行業界の論客、Siew Hoon Yeoh氏が一対一で対談する。エンジェル投資家が今、何に注目しているのか、ヒントをもらう絶好のチャンスだ。
AI関連では、去年に続きIBMワトソンを取り上げるほか、この分野に詳しく、独自の視点を持っているカー・トローラー社のボビー・ヒーリイ最高技術責任者(CTO)が予測する旅行業への影響、アマデウスのセバステャン・ジベルグ・アジア太平洋地区オンライン担当副社長の見解も注目だ。
航空業界からは、ANAとJAL、ピーチ・アビエーション、野村総合研究所からの登壇者を迎え、レガシーキャリア対LCC、業界再編、空港民営化まで多岐に渡るトピックスを取り上げる。
ホスピタリティー関連のセッションも充実。旅館、ラグジュアリーホテル、民泊からコンドミニアムまで、様々なタイプの宿泊サービスと、その運営手法について、あらゆる角度から今後の流れを予測する。訪日旅行のスタイルにおいて、長期滞在や個人旅行のニーズが増えるなか、宿泊産業界では、どのような取り組みが始まっているのだろうか。
また、今回、従来以上に力を入れた分野の一つがデスティネーション・マーケティング。登壇者の一人、熱海出身で、同地域再生に力を入れるアタミスタ代表理事の市来広一郎氏について、浅生氏は「熱海といえば観光の町だが、旅行業やマーケティングの視点ではなく、コミュニティの内側から、まず自分自身と地元に対する自尊心を持つところから着手してきた手法は異色。地元に根付かせ、継続することを重視したアプローチで、シェアハウスや民泊への取り組みにも通じる」。市来氏がITコンサルティング業界出身でまだ若く、そういう人材が旅行業に関心を持ち、活躍しているということも、同氏に注目した理由の一つという。
課題山積みの訪日インバウンドにおけるタビナカ事情
世界的にみて、今、最注目の分野であるタビナカ関連。実は今回のテーマ「ベタートラベル」実現に向けて、課題が一番多いのが、このタビナカ分野であり、特に訪日インバウンド旅行において、日本の各地域では、まだ対応しきれていない事業者が多いと浅生氏は指摘する。
柴田氏も「今後、AIや支払いシステム整備が一番、大きく影響を及ぼす部分は、飲食店や現地体験などのタビナカ。パーソナライゼーションを進める上でも、まず予約段階から始まるオンライン化が不可欠で、時間はかかるかもしれないが、これから激変していく分野だろう。逆に言えば、変化が不可欠ということでもある」との意見だ。
「オンライン化、自動決済への対応は、地域における観光需要の平準化にも、重要なポイント。フランスでは、おばあちゃんが一人で店番している片田舎の小さなワイン店でも、カード決済で支払い可能、日本への配送も手配してくれたりする。ところが日本の地域では、まだ対応にばらつきがあり、海外からの旅行者にとっては不便。テクノロジーがこうした問題を解決し、インバウンド市場における格差が解消していく流れを期待したい」(浅生氏)。
特にタビナカ体験におけるオンライン決済への対応は、注目のテーマ。昨年、シンガポールで開かれたWITでも、決済システムに関する議論は終始、白熱したという。WITジャパン&ノースアジアでも、今回、初めて決済システムを取り上げたセッションを設定した。
そのほか、「クールジャパン」と題したセッションでは、老舗旅館から意外な動物のアニマル・カフェまで、訪日観光客にウケている人気の滞在コンテンツが登場。さらにオーバーツーリズムの問題、いよいよ日本でも法整備されて動き出した民泊など、多彩なトピックスで展開される。
恒例のブートキャンプがさらに発展、ピッチのエントリー国も多彩に
一方、WITの存在意義であり、スタート時点からの目玉イベントでもある初日ブートキャンプのピッチコンテストには、今年も日本および世界各国から様々な起業家たちが参戦する。日本からの4社を含む世界8か国・22社がエントリー。シンガポール、フィリピン、ネパール、ナイジェリア、米国など、地域も多彩だ。中には、スタートアップとは呼べない企業の名前もあったという。このうち、事前審査を勝ち抜いた半分ほどが、審査員の前でプレゼンテーションを行う。
ただし、スタートアップ向け=初心者向けプログラム、という認識は、ぜひ改めてほしい、と柴田氏は強調する。今年のブートキャンプでは、ブッキング・ドットコムのアダム・ブラウンスタイン北アジア太平洋地区ディレクターや、AIコンシェルジェ「ビーボット」が好調なビスポークの綱川明美CEOなどが登壇。渋谷区観光協会によるソーシャルメディア系スタートアップの現状についてのレポートもあり、すでに旅行業を熟知したベテランやマーケティング関係者にとっても、示唆に富んだ話が聞ける場となる。
柴田氏によると、「実は例年、初日のブートキャンプが面白かった!という感想はとても多く、むしろWITらしさが最も感じられる場」。当初はC2Cが多かったが、今回はB2B事業のエントリーが増えたほか、内容もバイク・シェアリング、トレッキング、プロ・カメラマンが写真を撮りながらガイドするなどのエクスペリエンス系、チャット・サービスを活用したソーシャル系など広がっている。今回は、過去のブートキャンプ卒業生たちが今、どのように活躍しているかを追うセッションも楽しみだという。
WITの魅力は、台本を読み上げるような議論ではなく、スピード感やアドリブを含めた本音に迫る展開。昨年は500人超の参加者が熱心に耳を傾けた。
「WITの参加費は決して安くはない。もちろん参加者は多いほうがよいが、数を目標にはしていない」(柴田氏)。「それよりも興味を持っている方、共感して共有してくれる方、そしてできれば惜しみなく共有してくれる方が集まる場を目指している」(浅生氏)。
日本からの参加者にとって、WITは世界のオンライン旅行最前線を知る絶好の機会。こうした関係者と情報を共有できる稀有な場に、リアルに参加することで得られることも多いだろう。
なお、トラベルボイスは、今年もイベントのプレミアムメディアパートナーとして会場で取材をすすめる。事後のレポートも各種行う予定だ。