旅行業界がデジタル時代に必要な取り組みは「ライフスタイルの変化の見定めと、その対応」、ナビタイム藤澤氏とJTB波潟氏の討論を取材した

旅行のオンライン予約が主流となり、ITが観光を変えたといわれて久しい。そうした時代に旅行業界に就職を検討する学生へのメッセージとして「変化の要因を正しく見定め、その対応をすべき」という言葉が向けられた。ツーリズムEXPOジャパン2018の学生向け特別プログラム「旅行業界研究講座」での講演だ。

登壇したのは、旅行最大手JTBでツアー全盛時代の店頭販売を経験し、現在は同グループのシンクタンクJTB総合研究所の執行役員企画調査部長である波潟郁代氏と、ナビゲーションシステムを主事業に2016年に旅行業に参入したナビタイムジャパンのインバウンド事業部長の藤澤政志氏。世代もバックグラウンドも異なる両氏が共感し、これから共に働く世代に伝えたデジタル時代の旅行業の姿とは?

対応すべきはライフスタイルの変化 

まず両氏が強調したのは、ITの進化が変えたのはライフスタイルであり、「その結果、ライフスタイルが観光を変えた」こと。つまり、ITの進化を追うのではなく、「向き合うべきは人のニーズ」(波潟氏)であり、「ITの進歩で生活が快適になった。それが旅にも求められている」(藤澤氏)と訴える。

ナビタイムジャパンが旅行業に参入したのも、「ナビゲーションサービスでの検索結果で提示した交通機関に対する予約のニーズが出てきたので対応した」(藤澤氏)のがきっかけ。入力された観光スポット等に応じて最適な旅行ルートを提案する同社独自の機能も、その技術自体は1996年に完成していたが、それを20年後に商用化したのは「スマホが普及し、個人がネットで旅行情報を調べたり、商品購入をするようになって技術が機能するために必要なデータが集まってきたので、旅行事業を開始できた」と、ライフスタイルの変化によることを説明する。

旅行業界は、OTAなどデジタルを駆使したビジネスモデルで参入する異業種企業やスタートアップなどが活況で、従来型旅行業が押されているという話もある。しかし両氏は「これは旅行業界だけの現象ではない」と、その見解を一蹴。

むしろ、旅行業の危機として強調したのは「ITの進化で便利になった一番の出来事は、出かけなくても欲しいものが手に入る時代になった」こと。旅行業界だけではなく、都市計画全体に係る問題であるが、「街には人の賑わいが必要であり、賑わいがなければ、観光客も行きにくい」(波潟氏)と指摘。

今後、いかに人を移動させるかという需要創出の取り組みが必要とし、「出かけなくても欲しいものが手に届く時代に『出かける』ことはどういうことかを考えなくてはいけない」(波潟氏)、「旅行は遠くに行くイメージが強いが、お出かけでも賑わいが出る。旅行や観光の考え方も変わるかもしれない」(藤澤氏)と、向き合うべき課題を示した。

インターネットや携帯電話が普及したのはこの20年のこと。さらにスマホが一般的になったのはこの10年のことで、10年後にはスマホではない何かに代わっているかもしれない。両氏は、「その時に求められているライフスタイルが何かを考えることが今回のテーマであり、求められている課題」とも話す。

シェアリング、AIの波には?

デジタルの進化で旅行では、店舗に行かなくても、スマホで情報を調べて比較検索し、自分がしたい旅行を自己手配が可能に。団体ツアーからFITが主流になり、旅行中に現地の観光情報を検索し、アクティビティを予約するなど、情報入手元の変化によって旅行のスタイルも変わっている。

しかし、その一方で藤澤氏は「どんなにデジタルが進んでも、人がいないサービスは成り立たない」とも主張する。

例えば、評価を示すレビュー。JTB総合研究所の調査で「新しい技術のサービスの広がりで便利になったと思うこと」の上位にも、「評価が簡単になり、失敗が少なくなった」が入っており、人によるレビューを「正しく反映させて情報を提供することが重要になっている」(波潟氏)という。

また、シェアリングサービスについても、同調査ではガイドのマッチングサービスの利用意向が高い。人のノウハウをシェアするサービスは、観光ガイド以外にも家庭料理体験サービスなどもあり、「旅の中で人と関わるサービスがシェアリングで生まれている」(藤澤氏)と指摘。「シェアリングはすでに経済の形になっているので、この波は止められない。これをどのように旅行のビジネスに繋げていくか」(波潟氏)と、正面で受け止めて対応する必要性を話す。

AI(人工知能)についても、「人の仕事を奪うというよりも、仕事の一部を任せられないか。自分自身は新しいことができるようになるので、個人的には良いものではないかと思っている」(波潟氏)。「今後は、コールセンターやウェブサイト上でAIが提案することが当たり前になるが、人にしかできないサービスがある」とも語り、AIに任せた分の時間を何に使うかが、今後のテーマとした。

旅行に係る負担の軽減が、これからの「おもてなし」

では、これからの時代、旅行会社は何を求められているのか。このテーマに対し、波潟氏は店舗での旅行購入に関する調査結果を披露。「店舗で旅行相談をしない理由」では、「ネットで十分」(50.9%)に続いて「わざわざ行くのが面倒くさい」(42.4%)や「説明するのが面倒くさい」(26.1%)が、「店舗が開いている時間に行けない」(15.3%)、「行きやすい場所に店がない」(10.9%)を上回った。

「自分に合った提案がない」(9.4%)、「スタッフの知識がない」(6.9%)は1割以下で、「ハードではなく、ソフト、利用者側の感性的な部分の問題。これがキーワードで、この辺りを解決できればものすごく面白いことができると思う」(波潟氏)と提言。

この「面倒くさい」の部分については、顧客サービスの経験をデータ分析した書籍「おもてなし幻想 デジタル時代の顧客満足と収益の関係」(マシュー・ディクソンら共著)でも、「感動的なサービスよりも、お客様の負担を減らす方がロイヤリティが向上するとデータで示されている」とし、「デジタルへの対応では、根本にあるお客様のストレスをなくし、課題解決に向きあうことが大切」(波潟氏)と訴えた。

ここで両氏は再度、AIに言及。「AIが進歩しても人や店舗を使いたいサービス」の調査では、「良く知らない分野の商品やサービスを購入する時」(49.2%)に次いで、「自分のことを十分にわかってくれる人から自分では気づけない潜在的な要望などを理解してもらいたい時」(25.4%)が多かった。しかし、「AIの方が正確な判断や適切な対応をしてくれるなら、必ずしも人からサービスを受けなくてもよい」(22.2%)の回答も、ほぼ同じ割合であることを指摘。

これに対し、「人がうまく対応できなければ機械に代わることもある」(波潟氏)、「いかに適切な情報をお客様の手間をかけずに出し、潜在的な欲求を引き出せるかが求められてくる」(藤澤氏)と主張。そのためのキーワードとして「超最適化、ウルトラパーソナライズ化」を提言した。

さらに、企業と顧客の関わり方についても、「シェアリングエコノミーで、人同士の対等の取引が出てきた。今後は企業の一方的な発信ではなく、お客様からのレビューで企業の価値が高まるなど、関係性が変わってくる」(波潟氏)と言及。「ビジネスの領域、商材が変わる」(藤澤氏)ことも、今後のキーワードに追加した。

最後に藤澤氏は、同社が現在、国内外で400以上の特許を保有しており、これによって独自サービスが提供できていることを紹介。「デジタルの業界はかなりの確率で特許に守られている。一方、旅行業界はどのようにビジネスを守るかを考えることも大切」とも語った。

当日の会場は、最前列まで満席

取材:山田紀子

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