情報通信サービス事業を展開してきたビジョンが、旅行者向けのWi-FiルーターレンタルサービスのグローバルWiFi事業に乗り出したのは2012年。この分野では後発だったが、約8年の間に利用者数は年間300万人を超え、トップシェアを獲得。2019年2月には累計の利用者数が1000万人を突破した。そして今、同社の第3の柱とすべく、タビナカの旅行関連事業の取り組みを強めている。
情報伝達の“インフラ”である通信サービス事業と、余暇産業の観光事業とはビジネスの根幹が違う。しかし今、タビナカの通信は旅行者にサービスとして受け入れられおり、ビジョンはそのニーズを1000万人市場に顕在化させた。旅行と同じ無形の商品を扱うアプローチには、近しく感じられる部分もあれば、学ぶ部分も多いはずだ。ビジョンの創業者である代表取締役社長の佐野健一氏に、成長を導いた経営方針と旅行分野での展開を聞いてきた。
目に見えない通信の差別化、「信頼」を勝ち得るために
企業向け通信サービスの取次や通信機器の販売で事業を広げてきたビジョンは、2015年12月に東証マザーズに上場。その1年後の2016年12月には東証一部に上場し、1995年の創業から約20年で急成長を遂げた。2018年12月期決算では、売上高が前期比22.5%増の215億円、営業利益は38.9%増の24億円、当期純利益は26.5%増の15億円と2ケタ成長を持続。その原動力となっているのが、同社の第2の柱となったグローバルWiFi事業だ。
同事業で注力するのは「ターゲティング」と「ユーザビリティ」。ターゲティングについて佐野氏は、グローバルWiFiのマーケットである海外旅行を「行く人と行かない人がはっきり分かれている」とし、「手頃な価格で提供するためには、効率的に収益を上げることが大命題。いかに対象外の人に広告を出さず、ターゲットだけにリーチできるかを重視する」と説明する。
そしてユーザビリティは、ユーザーを顧客化するための重要なテーマ。参入当時、すでに数社がWi-Fiルーターレンタルサービスを提供しており、ビジョンは後発組だった。そのなかで、お客様にビジョンのサービスを使ってもらうためには、「どこでも通信ができる品質を実現していく。選ばれる理由はそこにある」と佐野氏。
形が見えない通信は、競合他社のサービスも同じように思われがちだが、佐野氏は「(各社それぞれ)似て非なるもの」と話す。Wi-Fiルーターでインターネット通信を提供する場合、世界の通信会社からのSIMの調達方法、つまりキャリアとの契約内容によって使用感が大きく変わる。ビジョンでは世界各地の通信会社を見極め、同一地域内で複数の通信会社と一つひとつ直接契約を結び、現在地で最もつながりやすい通信会社との自動接続を実現した。
「お客様にとってつながるかどうかは、ものすごく大切なこと。つながるからこそ使ってもらえるわけで、そこに対するこだわりは強い」と佐野氏。ビジョンにとって顧客獲得とは、信頼を勝ち得ること。情報伝達のインフラを扱うことにおごることはなく、ユーザーに喜ばれる品質の向上に応えていく。だから品質管理には「絶対の自信がある」と言い切る。
ユーザーから「このエリアではつながらなかった」という声があると、品質管理部門の“電波調査隊”がすぐに現地に向かう。事業開始の間もない頃には、ニューヨークでルーターの不調を訴えたユーザーに、国際航空宅配便で新しいルーターを送付し、翌日には手元に届けたこともあるほど。佐野氏は「お客様はこの対応に非常に感動してくれた。送料は高額だったが、信頼を得るためには必要なことだった」と振り返る。
ユーザー不便の解消がタビナカ関連事業の後押しに
さらに、ユーザーに不便を強いる通信の課題を解消していくことも、ビジョンが取り組んでいることの1つ。SIMをクラウドで管理し、1台の端末で複数か国での通信を可能にしたクラウド型Wi-Fiルーターのレンタルは、ビジョンが日本でいち早く提供を開始したが、これも、顧客が世界で通信を快適に利用するための問題解決を目指したものだ。
以前のWi-Fiルーターは、訪問する国の数だけ端末を持っていく必要があり、荷物がかさばる上、その分の料金も高額になる。これを解消すべく、ビジョンは各国の通信会社と協議を重ね、合意形成をしながら1か国ずつ、1台で複数か国使える仕組みを作り上げてきた。佐野氏はグローバルWiFiがトップシェアを得たことに「通信品質はもちろんだが、通信の課題を克服していく会社のポリシーも評価されていると思う」と胸を張る。
グローバルWiFi事業を立ち上げた際、佐野氏が描いた構想は、(1)世界中どこでもインターネットに接続できる状況を作る、(2)海外で情報を提供できる仕組みを作る、(3)安心・安全な旅行をサポートする、という3つのプラットフォームづくり。つまり、現代の旅行者が快適に海外旅行をするためのサポート体制を構築するということだ。
だから、グローバルWiFiで(1)の取り組みが軌道に乗った今、(2)と(3)を推進することでビジョンが旅行領域に近づいてきたのは自然の流れ。グローバルWiFiのオプションとして、翻訳ツールのili(イリー)とPOCKETALK(ポケトーク)のレンタルや手荷物の一時預かり、昨年にはハイヤータイムシェアリングサービス「ProDrivers(プロドラ)」を本格稼働した。
「翻訳ツールのレンタルでは、『これで安心して海外旅行に行けるようになった』という声を頂き、言葉の壁があったことを実感している。空港送迎では、航空会社やホテルにこだわりがなくても、現地での移動だけは安心・安全を重視するというニーズも少なくない。旅行者に必要とされるものがあれば、今後も取り組んでいく。これらは基本的にパートナーと組む方針で、旅行事業者と共存していけると思っている」(佐野氏)。
RPAを自社開発、利益を生むためのテクノロジー企業の側面も
一方で、同社の躍進に欠かせない取り組みが、テクノロジーの積極活用。旅行領域では旅行者に向き合い、必要とされるもののなかから、同社の構想に合致するものを提供しているが、そのニーズをつかみ、満足度を上げていく上で、世界のITツールをフル稼働させている。
その理由は、「あらゆるものを見える化して、社員の判断をしやすくする。直感は大切だが、人に依存しすぎるのはよくない」と佐野氏。テクノロジーの活用で本来、人が見ることができない角度からの分析が可能になる上、業務の効率化も進む。積極的なテクノロジー活用は、同社の方針だという。
既にグローバルWiFiのコールセンターにはチャットボットを導入し、問い合わせの8割を対応するようになった。AIも4年前に取り入れ、ビジョンが重視するターゲティングでも活用。例えばアドビシステムズのソリューションを利用して、ユーザーの帰国時に次回の渡航予定を聞くメールアンケートの自動化を実施。この結果をもとに、次の旅行予定の1か月前に再度リーチする「タイミングセールス」を自動でできるようにした。
これに加え、社内の定型作業を自動化するRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)も、自社で開発。すでに130ものRPAが稼働している。ベトナムや韓国で、エンジニア採用も積極化しているところだ。
グローバルWiFiの売り上げ規模は、8年前の初年度から40倍の規模に拡大したが、コールセンター、貸出カウンターなど関係部門の規模は始業時とあまり変わっていない。それをテクノロジーで補うことで、2ケタ増の大幅な収益確保に繋げているという。
加速度的な通信の変化が全産業に訪れる時代に
サラリーマン時代を含めると、佐野氏が通信の世界に身を置いて約30年。この間の通信の進化の目覚ましさは言うまでもないが、ビジョンの歩みは通信業界には次々と訪れる劇的な変化への対応の連続だったと言い換えることもできるだろう。
だからこそ佐野氏の「今後はIoTで全産業がインターネットにつながるので、全産業に大きな革命が起こる。時代の変化についていけないところから淘汰される。大切なことは、自身の変化に連続性を持たせていくこと」という言葉には真実味がある。
では観光産業の未来、この先の成長をどう見ているか。
世界の旅行人口は2030年までに18億人に達すると予測されているが、佐野氏は「それよりも前に20億人を超えるだろう」と推測。その背景には、成長を続ける中国市場の拡大や世界各国のグローバル化があり、少子高齢化が進む日本でも「インバウンドのおかげで世界で日本の存在感が増し、海外進出の好機にある」とチャンスがあると見る。
もちろんインバウンドへの期待も大きい。佐野氏の持論は、「日本のインバウンドは1億人を超える」だ。フランスやアメリカ、中国といった観光大国との競争に勝つためには、「国内で競争をしている場合ではない。日本連合として取り組む必要がある」と熱を込めて語る。
第1種旅行業登録をしているビジョンが旅行業の真ん中に攻め入るのではなく、「我々の立ち位置をしっかり見定め、求められることをやり続ける。それ以外のことは皆さんにお任せしたい」(佐野氏)と、既存の旅行事業者と協業するスタンスを強調するのはこのためだ。「旅行業界と弊社がお互いに期待感を持って話をする機会があれば、双方のリソースを活用したイノベーションが生まれると思う」とも語り、各社の変化をバネに新たな価値の共創を呼び掛けている。
聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫
編集・記事:山田紀子、高原暢彦