こんにちは。観光政策研究者の山田雄一です。
訪日客数が、2019年10月から2ヶ月連続で減少となりました。10月は前年比5.5%減、11月は0.4%減となっています。
今回のコラムでは、この動向をとらえ方やいま考えておくべきこと、準備しておくべきことを整理してみたいと思います。
減速している訪日客数
この動きについて、「ライフサイクル変化か一時的な調整か」では、一時的な調整という見方をしていましたが、その後も横ばい傾向が続いていることを考えると、ライフサイクル変化にさしかかっている可能性も考える必要があります。実際、過去15年のトレンドを見ても、半年あまり伸び悩んだ後には、1年近く続く減退期が訪れていることや、2012年以降、2〜3年でトレンド変化が起きてきていることを考えれば、「一時的なこと」と言い切ることは難しくなってきています。
また、私が何度も指摘しているように、旅行市場は経済要因で左右されるもの。米中の経済摩擦や米国での景気不安は、世界、特に東アジアの景気に影を投げかけています。世界的な景気の減速時には、円高が進む傾向があることを考えれば、日本はより深刻な状況に置かれる可能性があるのです。
しかも、主要市場でもある日韓関係も悪化傾向にあり、社会的な要因によるリスクも無視できない状態にあります。
実際にどうなっていくかは、それこそ「景気次第」ですが、減退期となる可能性を念頭においた対応が必要となってくるかもしれません。
減退期への対応
仮に減退期に突入してしまった場合、地域や施設が取れる取り組みは2つあります。
1つは、「こだわり戦略」です。
旅行市場は経済要因で変動しますが、すべての人の懐が寂しくなるわけではありません。過去の推移を見れば、不景気となっても、3割の人々は、従来通りまたは、さらに所得を増やすことになっていきます。原理的に、彼らの需要を取り込めれば、市場の減退期でも市場を確保することができるわけです。
こうした人々は、旅行に対する経験値が高く、一般に、欲求も高次(=自己実現思考が高い)であるため、彼らの需要を確保するには、「こだわった」経験を創造し、他地域との違いを演出し、スマートに提供することが必要です。
これは2000年代、大規模温泉地が軒並み厳しい状況であった時に、小規模温泉地が比較的元気だったことを思い返せば、理解できるのではないでしょうか。
もう1つは、「安売り戦略」です。
一方、景気が悪くなれば、7割の人々は所得を大きく落とすことになります。もともと、観光は「上級財」であることを考えれば、所得減は、旅行需要の喪失に直結します。
これに対するには、シンプルに「安くする」しかありません。このセグメントに対して、中途半端に「こだわり」を示しても「無い袖は振れない」状態であるため、噛み合わないからです。
同じく2000年代、地域に根ざした中堅の旅館よりも、ともかくシンプルに安売りオペレーションを行ったチェーン旅館が元気だったことを考えれば、これも理解できるのではないでしょうか。
マーケティング論として考える
これらは経験則からの思いつきのようにも見えますが、実のところ、前者は「差別化戦略(差別化集中戦略)」、後者は「価格戦略」という競争戦略の基本中の基本を、対象とするセグメント(ターゲット)に応じて使い分けているにすぎません。
マーケティングの基本はS.T.P、すなわち、セグメンテーション、ターゲッティング、ポジショニング。この中で「センス」が最も求められるのが「セグメンテーション」です。なぜなら、市場が一様ではないことは誰でも知っていますが、それをどのように切り出すのかについて「決め」は無く、その時々にマーケッターが独自に設定することになるからです。
多くの場合、切り出し軸は、自地域の特性に合わせたもの(例:温泉地であれば温泉好きか否か)となりますが、今回のように「減退期への対応」という場合は、顧客側(需要側)の変化が要因であるため、そこから切り出し軸を設定する必要があります。
世の中の事象は「パレート分布」するため、1つの軸で、3:7の割合で市場を区分(セグメンテーション)できます。よって、景気の減速という環境変化においても、市場は、「所得を維持する3割」と「所得を落とす7割」というように区分すると考えることができるのです。
そうやって区分してしまえば、次は、どちらのセグメントを対象とするのかというターゲッティングの問題です。ターゲットを定めれば、前述のような対応の基本方針は自ずと出てくることになるのではないでしょうか。
ポジショニングはストックで決まる
単純に、どちらのセグメント、戦略を選択するのかと聞かれれば、多くが3割の「こだわり戦略(差別化戦略)」を選ぼうとするでしょう。
ただ、戦略は選択しただけでは実効性を持ちません。
戦略に実効性を持たせるには、(経営)資源と時間という2つの概念の存在が重要です。「減退期」への対応はある種の防衛戦ですから、これまでの活動(時間)で蓄積(ストック)してきた経営資源が大きな意味を持ってくるのです。
つまり、「3割」を狙う場合、その「3割」の人々(以下、セグメントA)に接触することができるコミュニケーション手段を持っているかどうかということが重要となるのです。BSCで言えば「顧客」が、それに相当します。市場の成長期にセグメントAを顧客として取り込めていなければ、市場環境が厳しくなる減退期に接触することは極めて困難。さらに、「こだわり」を示すには、「人材と組織」や「業務プロセス」のストックも重要となってきます。
一方、「7割」を狙う場合、「7割」に人々(以下、セグメントB)の関心を呼ぶだけの「割引」を展開するだけの原資が必要です。BSCで言えば「財務」が、それに対応します。また、安価にサービス提供するには、それに対応できる「業務プロセス」も必要となるでしょう。
経営資源のストック量については、地域によって異なる点も注意が必要です。これが、各地域の相対的な関係性(ポジション)を規定することになるのです。
仮に、ストックが乏しい地域の場合、十分な防衛ラインを引くことは難しいため、状況を限定して対応することになるでしょう。例えば、これまで取り組んきた中で最も競争力の高い「ツーリズム」に特化したり、夏休み期間に特化するといった方策があります。市場の減退が起きた場合は、無傷では済まないのですが、致命傷を避けることに専念するということになります。
場合によっては、積極的な対応を行わず、減退期と言う嵐が過ぎ去るのを待つのが得策というケースも出てくるでしょう。
潮流を読み取る力と経営資源を作る力
社会は連続的な事象の積み重ねによって流れ、変化していきます。
マーケッターは、そうした流れと変化を展望し、対応するシナリオを練っておくことが必要です。
さらに重要なのは、経営資源のストックに他なりません。なぜなら、マーケッターが構想するシナリオを実現できるかどうかは、ストックされている経営資源量に依存するからです。これは、一朝一夕でできるものではなく、日々の取り組みの積み重ねが重要です。言い換えれば、「状況」への対応力は、状況変化が起きてから試されるものではなく、事前に決まっているということ。これも「慣性の法則」の一つでしょう。
余談ですが、単純に「先進地」を真似ても上手くいかないのは、先進地は、そこに至るまでに多くのストックを積み上げてきており、そのストックを踏まえた取り組みだから意味をもつためです。
状況変化の起きそうないまだからこそ、戦略的な対応を志向していきたいものです。
※編集部注:この解説コラム記事は、執筆者との提携のもと、当編集部で一部編集して掲載しました。本記事の初出は、下記ウェブサイトです。なお、本稿は筆者個人の意見として執筆したもので、所属組織としての発表ではありません。
出典:失速への準備が必要かも