新型コロナウイルス(COVID-19)による影響は世界を大きく変えている。観光産業では、その根幹となる人の移動が渡航制限や自粛で激減、緊急事態宣言下では旅行需要は壊滅的状況となり事業者の経営を直撃した。
そんななか、トラベルボイスでは2020年5月22日、イベントシリーズ「トラベルボイスLIVE」を、オンラインで開催。コラムで人気の観光政策研究者・山田雄一氏(日本交通公社 観光政策研究部長 主席研究員)に、トラベルボイス代表の鶴本浩司がコロナ危機による観光市場の変化から、今後の展望、観光関係者がとるべき打ち手を聞いた。
今回のトラベルボイスLIVEは、当初1000名を募集。しかし、募集の告知開始から3時間で満席となり、急遽定員を3000名に増員した。それも4日間で定員に達し、このテーマに対する注目度の高さがうかがえた。
コロナ禍の今、日本の観光に起きていることは?
新型コロナウイルスは日本の観光に、どのような影響を与えているのか。山田氏は、今起きていることを解説した。
4月の訪日外国人数は、前年比99.9%減の2900人となり、インバウンドは壊滅的な状況。しかし、山田氏は、需要の激減だけではなく、新たな局面を迎えていた観光振興にコロナが直撃したことが、問題を大きくしたと指摘した。
コロナ発生前の昨年から、インバウンドは減退期に入り、消費額の伸びは鈍く、人数の増加も頭打ち状態となっていた。一方で、低価格化で増加した観光客によって、観光地の局所的な混雑「オーバーツーリズム」問題も指摘されるようになった。
山田氏は、こうした問題があったなかでも「インバウンドは新たなステージに入ろうとしていた」と説明。昨年には、国が欧米市場から長期滞在客を誘致するマーケティングを強化し、ラグビーW杯でその効果が実感されたところだった。今年開催されるはずだった東京五輪では、こうした市場をさらに拡大されていくこと期待されていたが、新型コロナウイルスの世界的なパンデミックにより、その需要が崩壊してしまった。
さらに山田氏は、コロナ禍において人々の観光に対するイメージが変化したことを問題視する。オーバーツーリズム問題では、その影響を受けるのは観光地に近い一部住民などに限定されていたが、今回のコロナでは「そのほかの地域住民も観光を直視して、恐怖を感じるようになった」と指摘。「地域に肯定的に捉えられていた観光が、悪役になりつつある。地域から拒絶反応が出てきているのが、観光産業にとって最も深刻な問題」と強調した。
こうした話を受けトラベルボイス鶴本は、今後の観光振興は、「住民の理解があっての話。住民の安全と観光の存続をどう取り組んでいくか重要なポイントになる」と話した。
今後の観光マーケットはどうなるか?
山田氏は今後を予想するのは難しいとしながらも、国際間の移動は相手国の状況にもかかわるため、「インバウンド(の戻り)は今年末、場合によっては今年度末を想定した方がいい」と展望する。国内旅行は、フィジカルディスタンス(物理的距離)の確保が求められる中で、「当面、各施設は6割から7割を上限に稼働を回すことになる」。そのため、今後は2018年の宿泊需要と比べて、6割程度での推移となる見通しを示す。
ただし、回復期は「6月と11月がターニングポイントになる」との考え。緊急事態宣言の解除後、旅行が戻り始めた時の6月と7月に感染拡大となれば、また外出自粛となり、夏の需要を失う。冬前の11月、12月に第2波が来て感染が広まれば、年末年始から春先までの需要がなくなる。その結果、観光産業は、今年の春休みからゴールデンウィーク、夏休み、年末年始、来年の春休みと、全てのピーク期の需要を失うことになるからだ。
ここで鶴本が、インバウンドを含む国際間の旅行に関して「トラベルバブル(近隣の域内旅行)」の考えを紹介。コロナに関して安全の確認ができた国地域同士を1つの大きなバブル(泡)として捉え、その域内で感染防止をしながら旅行を広げていこうとするもので、オーストラリアとニュージーランドで議論が始まり、バルト三国では3か国の国民に限定した域内移動が解禁された。鶴本は「近隣諸国の域内旅行が基本になりそうだが、欧米豪からの誘致を強化しようとしていた地域もある」とし、その対応の考え方を山田氏に求めた。
これについて山田氏も、コロナ感染者数は拡大しているものの、現状では世界の9割程度の人は感染していないとした上で、「感染リスクの低い人を優先的に選択し、その人たちから旅行を始める方法があるのでは」との考えを示した。
信頼のある観光客を呼び込む
では、今後の観光振興には、どのような打ち手があるか。山田氏は、観光振興の枠組みの再構築が必要と提言する。ポイントは、「観光客をどれだけ呼び込めるか」ではなく、「観光客を丁寧に選んで呼び込む」こととし、次の4点をあげた。
1.地域単位の感染症対策と、その「見える化」
- 各業界や地域で策定された感染症対策のガイドラインを遵守し、その有効性とあわせて観光客と地域住民にわかりやすく伝える。安心感・信頼感を持って観光を捉えてもらう仕掛けが必要とする。その一例が、佐渡観光交流機構の取り組み。一定基準を満たした施設に星を付与して、対策の程度を示す「佐渡クリーン認証制度」を始めている。
2.感染症対策に対応した観光の顧客管理(CRM:カスタマーリレーションシップマネジメント)
- 感染症対策は受入れ側の努力だけはなく、旅行者の協力が不可欠。しかし、どんなに対策を講じても、地域住民の「観光がウイルスを持ち込む」という意識は残る。その恐怖を軽減するには、観光客を感染リスクの低い人に誘導していく仕組み作りが必要。旅行に備えて行動自粛をしている人は感染リスクが低いとし、旅行前からトラッキングをかけるなど、旅行者と事業者、住民に安心感を持ってもらえる観光誘致を行なう。
3.量でなく質、「関係性」を主体とするマーケティングへの転換
- 地域が観光に取り組む目的は、コロナ後であっても変わらず、観光振興は必要。その際は「低価格による人数増では豊かにならない」という課題対応が不可避となる。コロナ禍の生活では、テレワークや地方の良さの見直しなど、人々の行動や考えに変化が生じた。この価値観のリセットに乗じた量から質の向上に取り組む。観光を超えた「半定住」の促進や、観光客に対して訪問地に対する一定の責任を求める「レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)」に取り組む機会でもある。
4.新たな官民連携・体制の確立
- 新たな取り組みをするための、官民連携。DMOが行政と事業者間の会話を成立させ、地域住民や観光客、社会(メディア)へ対応する。
ひとり勝ちしない、観光産業や地域、住民全体への配慮を
山田氏は、こうしたポイントを伝えながら、今後の対応の前提として感染対策の重要性を強調。観光振興においては、「観光産業は自分たちのことしか考えていないと思われると、今後の観光振興における問題の火種になる」との危惧を示し、住民から観光が悪者にされない取り組みをするべきと訴えた。
また、鶴本は「観光客を丁寧に選んで呼ぶ」ことを重要な視点とし、補足説明を促した。山田氏は、観光客のトラッキングやレスポンシブル・ツーリズムなどと、「すべて繋がっている話」と説明。例えば、「旅行者が、旅行をする前から旅行先と繋がり、日頃から感染拡大しないような行動に気を配っていることを伝え、万が一現地で感染があった場合にはその防止に協力する。そういう雰囲気を作っておくようなこと」と話した。
さらに、需要の減少が予測されるなかでは、観光産業の各セクターが少しずつ負担をし、「危機をみんなで乗り切っていく体制」、「1990年代後半の不況時に見られたワークシェア的な考え」も、コロナに対応する有効な手段になるとの考えを示した。
そして、「自社や自分の地域だけが良いという行動をすると、他所がその煽りを受ける。自分勝手な行動が感染拡大に繋がると、元も子もなくなる」と警鐘を鳴らした。
一方、量から質への転換の一環である単価上昇については、引き続き課題になるとの考え。ただし、国が予定している復興の「GoToキャンペーン」では、コロナ後の旅行では、感染対策のために旅行者にも手間がかかることを踏まえ、誘致の際は「キャンペーンが、感染抑制に協力する部分への補助として捉えられるようにする。『安いから行く』という風潮にならないようにすることも重要」とも述べた。
最後に山田氏は、4月から5月の外出自粛でここまで感染を抑え込めたことに「我々の行動によって感染がコントロールできることも示唆された」と言及。「我々の行動でコロナとの付き合い方が決まっていく」と話した。