中国で旅行需要の回復が加速している。アリババグループのオンライン旅行プラットフォーム、フリギー(Fliggy)によると、2023年1~6月、国内旅行の取扱いはすでにパンデミック前を上回った。海外旅行はまだ同50%ほどにとどまるが、日本への関心は高く、特に6月は訪日旅行商品の動きが絶好調という。
このほど開催されたWiT Japnaへの登壇のために来日した同社の最高戦略責任者兼コーポレート開発担当、施焱旻(シー・シメオン)氏に、中国旅行マーケットの最新動向を単独インタビューで聞いた。
購入後に利用日を決めるパッケージが人気
フリギーの主な顧客層は、「1995年以降生まれ」と呼ばれるZ世代。全体の6~7割を30代以下が占めている。海外旅行の需要がまだパンデミック前に戻っていない要因について、施氏は、航空路線やビザなど「供給サイドの問題」であり、「中国の若者の海外旅行意欲は高い。なかでも、関心が大きい行き先が日本」との見方を示した。
今年6月、フリギーでは約3週間に渡り「618ショッピング・フェスティバル」を実施。フライトやホテル宿泊パッケージなどの期間限定セールなどを行った。その結果、海外旅行のデスティネーションで、もっとも販売数が多かったのは日本となった。さらに6月は、フリギーが取り扱った訪日ビザ申請サービス件数も、2019年同月実績を上回った。
「618」は、中国では上半期最大のオンライン商戦。年間では11月の「独身の日」に次ぐ販売規模がある。フリギーでは「期間中の販売件数は、前年比2.6倍。売上目標額も、予定より1週間早く達成するほどの勢いだった」(施氏)という。
フリギーのユーザーに好評だったのは、有効期限内なら“飛び放題”の「All You can Fly」や、購入後に利用日を決める航空券やホテル宿泊パッケージなど。「お得なバーゲン価格であることに加え、旅行日程をまだ確定できない人、ビザをまだ申請していない人でも購入しやすいのが人気」と施氏は説明する。
「もともと先行き不透明だったパンデミック中に考案したものだが、今も非常に人気が高く、日系航空会社や日本のホテルとも一緒に企画している。旅行者にとっては、購入前に決めるべきことが減ってストレス軽減になる。一方、航空会社やホテルにとっては、ブランドマーケティング効果や、将来の需要確定にもつながっている」(同氏)。
フリギーでは、こうした商品の専用予約ツールもプラットフォーム上に整えており、利用日程が決まった後の予約や申し込み手続きもオンラインで完結する。利用期限は、商品によって異なるが、例えば618キャンペーンで販売した旅行商品では、今年末までの設定が多いという。
課題はチャネルと旅行嗜好の多様化
フリギーにとって目下の課題は、「旅行に求めることが、人それぞれに多様化していること。さらに、旅行のインスピレーションを得るチャネルも多様化していること。これにどう対応するか」と施氏は話す。
旅行者が求めているものは、「まず、ローカルエクスペリエンス(地元の体験)。万人向けではなく、自分だけの体験をすること」とし、訪日旅行でも「訪問先エリアが大幅に変わるとは思わないが、美しい景色を見るだけでなく、そこでハイキングしたり、地元コミュニティとの交流を楽しんだりできたら面白い」。
もちろん価格は重要だが、「最低価格を探すことよりも、自分が求める価値やユニークなサービスがあること、それに見合った透明性ある価格なのかをチェックしている」。若年層ならではの極端な事例の一つは、最近、中国のSNSで見かける「特殊部隊みたいな旅」だ。学生などが少ない予算と短い日程で、どこまで弾丸ツアーを楽しめたかを披露し合う投稿がにぎわっているという。
旅行者が求める体験や価値が多様化するなかで、旅行プラットフォーム上にすべてを揃えることは容易ではないが、フリギーでは、ニッチな旅行体験を手掛ける旅行事業者を掘り起こし、提供内容を幅広く充実することに力を入れている。
また施氏は、SNSの「レッドブック」(小紅書)、中国版TikTokの「ドウイン」(抖音)など、旅のインスピレーション源となる新しいチャネルが続々、登場していることにも言及。「フリギーのエコシステムはオープンなので、こうした新しいチャネルと連携し、よりタイムリーに顧客が求める旅行商品を提供できる体制を構築していく」。
話題の生成AIについては「旅行産業全体を変革することになるパワフルなもの」と評し、具体的には、「業務を効率化し、スムーズにする上で、様々なシナリオが可能になる。カスタマーサービス領域では労働コスト軽減や省力化につながる。旅行者のニーズが多様化するなかで、プラットフォームのオペレーションを向上するためのカギにもなる」との考えだ。
フリギーでは、旅行市場が逆風下にあった過去3年間も、技術開発への投資は拡大しており、テック人材の数は2倍に増やした。AIモデルは主にアリババグループが開発を担当、フリギーの技術チームは、旅行ビジネスの様々な領域への応用手法について試行錯誤している。
こうしたなか、今年下期には、フリギーのプラットフォーム上に新しいテクノロジーが登場する予定で、顧客体験の向上を狙う。「ここ数年、我々がもっともフォーカスしてきたのはサプライチェーンだったが、秋以降には、インターフェースのアップグレードもお披露目できるだろう」と施氏。目下、少数のユーザーから協力を得て、テストを行っている。
一方、中国以外の海外マーケットへの進出については「将来的なプランはあるが、今すぐではない。まずはアリババインターナショナル・デジタルコマース(AIDC)主導で、旅行商品を扱う方向で検討している」と話した。
取材・記事 谷山明子