特定社会保険労務士の岩田佑介です。「ワーケーション労務士」として、企業と個人のワークスタイル変革を推進しています。
認知度が高いにもかかわらず、その言葉が多義的すぎるゆえに企業の導入が足踏み状態にある「ワーケーション」。トラベルボイスではよりシンプルに推進していくために「旅先テレワーク」という新しいとらえ方を提唱しています。論点を整理した第1回に続き、第2回となるコラムでは企業が「旅先テレワーク」を導入するうえでの5つのステップについて詳しく解説します。
厚生労働省は「テレワーク」の形態を、「在宅勤務」「サテライトオフィス勤務」「モバイル勤務」に整理したうえで、「ワーケーションについても、情報通信技術を利用して行う場合には、モバイル勤務、サテライトオフィス勤務の一形態として分類することができる」と解説しています。旅先テレワークは、テレワークを旅先で実施するというととらえ方で、セキュリティなど一部の論点を除けば、テレワークを導入しているすべての企業が本来は導入可能というロジック。企業側の導入しない理由を消していくアイデアです。
とはいえ、いざ旅先テレワークの導入を検討するにあたっては、規程整備や具体的な手続き、社内コミュニケーションなど考慮すべき事項が複雑に絡み合い、難しいと感じる方も多いのではないでしょうか。そこで、以下の5つのステップで段階的に取り組むことを提案します。複数のステップに分けて考えることで、課題が発生した際にもその原因やボトルネックを特定しやすくなり、効率的に導入を進めることができます。
Step1:制度導入の目的を言語化する
旅先テレワークという新しい働き方を導入し、組織にしっかりと根づかせるためには、制度導入の目的、すなわち“WHY”を明確にすることが重要です。
私はこれまで、観光庁のワーケーション関連事業のアドバイザーとしてさまざまな企業の制度導入をご支援してきましたが、ワーケーションの制度導入が円滑に進んでいない企業では「WHYなきワーケーション推進」となっているケースが散見されました。最初に“WHY”を明確化することで、後述するトライアルフェーズで検証すべき項目も明瞭になり、規程・ルール整備における判断の軸にもなります。
では、“WHY”はどのように設定すればよいのでしょうか。まず、旅先テレワークという視点から離れ、自社の働き方や組織人事上の課題について俯瞰的な視点で洗い出してみることをおすすめします。旅先テレワークの導入は、企業にとって目的ではなく手段です。フラットな目線で洗い出した組織人事上の課題を解くための最適なソリューションが本当に旅先テレワークなのかどうか。一歩引いて考えてみることが重要です。
たとえば、ヤフーが導入している「どこでもオフィス」は、居住地の制限をなくし、新幹線や飛行機での出社も可能な制度。日本国内であればどこにでも居住でき、オフィス出勤時の交通費は月15万円を上限に支給されます。この制度に設定された“WHY”は、前例や正解がないニューノーマルの時代における新しい働き方を開拓していくという意思を示しています。
Step2:自社のスタンスを明確化する
また、旅先テレワークの導入にあたっては、自社のスタンスを明確化することが求められます。ここでいうスタンスとは、大きく「応援」「中立」「容認」の3つに分類されます。
応援は、会社として積極的に制度利用をポジティブに推進しているかどうか、中立は、制度利用に対してネガティブではないが、会社としては推進もしていない。容認は、制度利用に対してはネガティブだが、特定の条件下でのみ利用を認めているという状況です。
スタンスとは会社全体の方針という意味合いですが、部署ごとの風土にも着目しなければなりません。会社としては全部署に「応援」のスタンスで推進しているけれども、特定の部署の中では制度利用についてネガティブな風土が広がっているというケースもよく見かけます。
こうした制度、スタンス、風土のズレは、組織に対する期待ハズレにつながってしまいます。特に、採用活動で旅先テレワーク等の柔軟な働き方を求職者に対してPRする場合には、採用担当者は自社のスタンスや風土を理由とともに言語化することが求められます。
実際、前述のヤフーの「どこでもオフィス」では、制度の利用状況をプレスリリースで詳細に公表しています。こうした情報開示の取り組みもミスマッチ防止の効果があります。
Step3:人事規程を確認・整備する
実際の旅先テレワークの導入に際しては、人事諸規程の整備が必要になります。たとえば、勤務場所、対象者、実施頻度、情報セキュリティ、労働時間、費用の負担といった項目を規程に定めておく必要があります。特に、労働時間を柔軟化するためにフレックスタイム制度や時間単位の年次有給休暇を導入する場合は、労働基準法に基づく導入手続きがそれぞれ必要になりますので注意してください。
旅先での緊急事態やリスクへの対応策も考えるべきです。自然災害や通信環境の不具合など、予期せぬ事態への対応策を明確にし、社員が安心して旅先テレワークを活用できる環境を整備することが求められます。
このように旅先テレワーク導入には、多面的な観点からの人事諸規定の見直しが必要です。日本経済団体連合会(経団連)が公表している「企業向けワーケーションガイド」では、以下の図のようなフローチャートで、整備すべき規程の内容について解説しています。経団連は「ワーケーションモデル規定」も公表していますので、旅先テレワークの導入にもベースとして活用するといいでしょう。
Step4:トライアル導入と効果検証
本格導入する前に、期間限定でのトライアル導入を実施するのも有効です。結果をもとに問題点や改善点を洗い出し、スムーズな本格導入につなげることができます。
トライアル期間を通じて、ステップ1で設定した制度導入の目的“WHY”が達成されているか効果を検証することも重要です。あらかじめトライアル導入で、効果検証として測定する指針・指標を定めておくとよいでしょう。旅先テレワークをトライアルで実施した社員へのアンケートを実施する場合には、当事者だけではなく、同僚や上司からも意見をもらうことが効果的です。
Step5:本格導入する
以上のステップを踏んだ後に、旅先テレワークの制度導入を会社として正式に決定します。ステップ4で、できるだけ多くの社員の声や実証された効果に関する情報をしっかりと集めておくことが成功につながります。
また、経営陣があまり前向きではないというケースもよく見かけます。こうした場合にはステップ4のトライアル導入のタイミングで経営陣にも参加をうながし、効果を実際に体感してもらうということも有効な手段です。会社として正式に制度導入が決定した後は、社員に対する制度説明を実施します。制度導入の目的や規程やルールに関する制度説明会を開催しましょう。
Step1、2で紹介したヤフーの「どこでもオフィス」の事例では、オンライン・オフライン双方のコミュニケーション施策のトライアル運用や社内アンケートも実施した上で、本格導入に至っています。
今回ご紹介した5つのステップは、自社で旅先テレワークを導入するための一例です。各企業の状況や目的に応じて、カスタマイズすることが可能です。それぞれのステップについては、次回以降のコラムでよりくわしく解説していきます。