千葉千枝子の観光ビジネス解説
地方創生が叫ばれるなか、地域主導型観光の重要性が増している。そもそも「地域主導型観光」とは何だろうか。
近年では、着地型旅行商品の開発や産官学連携、食や祭りをテーマにした地域おこしなど、地に足がついた取り組みが各地で目立つようになっている。しかし地方における観光政策は、手さぐりで進められている点は否めない。
また、地域どうしの競争力も問われ始めているのが現状だ。大量仕入れの画一的な商品造成や中央集権的ビジネスモデルが崩壊を始めるなかで、旅行業として地域での役割や有り様も大きく様変わりしている。
今回は、地域主導型観光を旗印に事業展開する沖縄県の沖縄ツーリスト(以下、OTS)を一例に、今後の地方創生の活路を論考する。
地域主導型観光とはグローカルでなく「LNG」に根拠がある
戦後70年の今年、米軍基地問題など幾多の課題を抱える沖縄県は、経済的自立のための最大産業として観光に注力している。なかでも訪日外客の伸びがめざましく、サービス産業における外国人労働者も増加の傾向にある。県内の有効求人倍率は、本土復帰後の最高値を上回る勢いで毎月推移しており、沖縄経済に新たな風が吹き始めているのを感じさせる。
その沖縄の旅行業をけん引しているのが、沖縄ツーリスト(以下、OTS)である。
OTSは、終戦から13年目の1958年に沖縄県那覇市で産声をあげた。
現在、OTS会長を務める東良和氏は、早稲田大学から日本航空を経て、米国コーネル大学ホテルスクール大学院に進んだ。観光ロジスティックスを海外で学んだリーダーのもとで展開される地域主導型観光とは、いったいどのようなものなのだろうか。
地域主導型観光は、「グローカル」という言葉では代用できない。グローカリゼーションやグローカリズムなどを意味する世界標準(グローバル)と、局在的な地域特性(ローカル)との混成造語であるグローカルは、東京や大阪などの大都市とは違った、地域ならではの特性を生かした国際間の産業連携や観光誘致によく用いられる。
ところが沖縄県では、「グローカルという言葉を用いられることがほとんどない」と東氏は語る。よく用いられるのが「LNG」というわけだ。
「LNG」とは、Local National Global(ローカル・ナショナル・グローバル)の頭文字をとった略語で、EU連合やASEAN共同体などで頻繁に用いられている造語である。世界普遍を意味するグローバリゼーションよりも前に、まず、私たちの地域・ローカルがあり、国を意味するナショナルを挟む点でLNGは、より沖縄県観光にふさわしい響きをもつと東氏。
世界の架け橋を意味する万国津梁(ばんこくしんりょう)で栄えた琉球王朝の時代に想いを馳せれば、今の時代に沖縄が日本の観光戦略上、大変重要なポジションであることがわかる。今、那覇は東アジアの物流拠点ハブとしてその機能を果たし、また、中国人のマルチプルエントリーを可能にする観光ゲートウェイになっている。これも必然なのだと知らされよう。
ちなみにOTSでは、経営にLNG戦略を実践している。
沖縄旅行、国内旅行、海外旅行の3領域を横軸に、(1)沖縄、(2)国内(沖縄以外)、(3)海外の3市場を縦軸としたマトリックスで、それぞれ事業展開している。また、日本以外を発着地とする第三国旅行にも乗り出している。インバウンドではレンタカー事業のOTSレンタカーが活況だ。外客利用が多く、外国人の個人旅行者が急増していることが背景にある。
ファミリービジネスモデルの推進で地域主導 ―沖縄MICEのキーワードは"女性と子連れ"
OTSの豊崎ビル内に2012年、企業内保育施設「ふじのき保育園」が開園した。従業員の子弟はもちろん、近隣企業のお子さんも預かる。子を預ける社員は、昼の休憩時に子供の様子を見にいくこともでき、送迎にかかる時間の無駄も省けると好評だ。
さらに、子連れ出張や子連れ社員旅行を、OTSでは推進している。子連れも、沖縄MICE誘致の大きな目玉になると東氏は考えているからだ。
先進国やアジアの女性エグゼクティブたちは、国際会議出席のために子供を連れてくることが珍しくない。子連れ旅でも、安心して預けることのできる環境をつくる。そのために、社自ら環境づくりに着手した。
わが国では、アベノミクスによる成長戦略で女性の就労支援策が打ち出され、企業は対応に追われた。支援策には、ベビーシッターなどへの支出に税額控除を認める家事支援税制などが盛り込まれている。
例えば企業の職場旅行を福利厚生費でまかなう場合、現行では4泊5日が上限となっているのはご存じだろう。行き先がハワイなら税制上、3泊5日までとなり、同行しない子供のベビーシッターなどの費用は損金計上の対象外だ。日本の企業の職場旅行の目的地としても選択されやすい沖縄で、子連れでも参加しやすい環境を整え始めている。
沖縄MICEの伸びしろに、ファミリービジネスや女性の就労支援がキーワードになっているのだ。
地域主導で来てもらいたいひとに来訪を促す ―その原点は"クオリティ・オブ・ライフ"
着地型観光や着地型旅行商品の開発が叫ばれて久しい。しかしこれらは、地域主導型観光とは全く異質のものである。
地域主導型観光とは、地域が主導権を握り、精神的・経済的豊かさ、すなわち"クオリティ・オブ・ライフ"をコンセプトに、発地も着地も強くなれる観光のあり方を模索しようとするものだ。意思決定権が地元にあることの優位性は高い。発地だけで行程を組んだ昭和のマスツーリズムとは、対極にある。
地域が主体となって、「来てもらいたいひと」にアプローチして誘客できるようにするため、着地の側がさらなる影響力をもつためには、価値観の共有を得ることができる市場へ的確にアプローチを施すことだと東氏は語る。それには、従前にみられた在庫放出のためのセールスではなく、徹底したマーケティングが欠かせない。
OTSが主催する国内募集型企画旅行・ニコニコツアーにおける顧客への啓発活動が、その好例なので紹介しておこう。OTSでは独自のマナーブックを作成して、参加者に配布している。これらマナー集は、過去のお客様のクレーム対応や社員の苦労から編み出されたという。
具体的には、バス車内での飲酒を禁じている。また、車内で参加者に自己紹介をお願いしている。旅ではなく飲酒が目的の小グループの職場旅行や、素性や関係を明かされたくない人の参加がなくなったという。「来てもらいたいひと」にご参加いただく地域主導型観光を、沖縄生まれのOTSは実践している。
まとめ
地域主導型観光を旅行業の観点で論考する際、もっとも重要なのが地域に根づいた旅行会社の確かな舵取りである。
近年、着地型旅行商品の販売や外国人旅行の取扱いに、地元観光協会や振興エージェントが旅行業を取得して参入する向きが顕著になっている。だが、豊富なノウハウと堅固な信頼関係で結ばれたサプライヤーを数多くもつ地域の旅行会社が、なかなか台頭できないでいるケースを散見する。県外への、いわばアウトバウンドに事業のほとんどを費やしているからだ。
今一度、目を向けたいのが商店会やバス会社、地域NPOなどの県内事業者であろう。地域主導型観光が地方創生の核となるよう、地域の旅行会社が主体となり、早急に仕組みづくりを進める必要がある。企画提案型で進めていかなくては、川上に立つことはできない。
そのためにも自治体は、さまざまな施策を練ることが求められる。適切な助成や支援、後援を行い、地域が一丸となって需要の創出を狙うことが重要だ。