特区民泊の規制緩和はどうなる? 元観光庁の担当官(弁護士)が課題を整理【コラム】

こんにちは。弁護士の谷口です。

2016年9月9日の国家戦略特別区域諮問会議において、国家戦略特区法に基づく旅館業法の特例(以下「特区民泊制度」といいます。)にかかる最低滞在日数の要件(最短でも6泊7日以上)が、緩和されることが発表されました。現在、観光庁等を中心に検討されている民泊の全国的なルールについて、9月26日召集の臨時国会での法案提出が見送られるとの報道もある中、特区民泊制度普及の最大の障壁となっていた本要件が緩和されることで、同制度の一層の普及が期待されるところです。

以下、特区民泊制度の規制緩和の内容について説明するとともに、今後の制度改正の具体的内容、全国的なルールとの相違点等について検討します。

1. 現行制度

現在の特区民泊制度については、2016年6月17日のコラムにて解説したとおりですが、

最低滞在日数を7日から10日までの範囲内で条例で定め、当該最低滞在日数以上の期間、利用者を連泊させること(国家戦略特別区域法施行令第12条第2号)。

特区民泊制度を利用するため、自治体では以下の2つの手続が必要であり、準備に相当期間要すること。

  1. 本特例を活用する旨の計画を策定し総理大臣の認定を受ける。
  2. 上記の最低滞在日数を定めた条例を成立させる。

ことから、普及が進まず、現時点で制度が活用されている地域は、東京都大田区(本年1月~)と、大阪府(大阪市等の保健所設置市を除く市町村が対象。本年4月~)に限られています。また、9月9日時点までに特区民泊として認定を受けた施設数は、未だ63室(27施設)に留まり、当初期待された成果は残せていないものといえます。

2. 規制緩和

(1)諮問会議での発表事項

そのような中、2016年9月9日、官邸において第23回国家戦略特別区域諮問会議が開催され、特区民泊制度について、以下の措置を講じることが発表されました。

  1. 通知により事業者に義務付けている近隣住民との調整、宿泊者名簿の設置等の措置を法令上明記するとともに、最低滞在日数を現行の「6泊7日」から「2泊3日」に引き下げる内容の要件緩和を行うため直ちに、法令上の措置を講ずる
  2. 今後整備される全国ルールの検討に併せて、行政庁による立入検査に係る法的措置も検討する。

(2)規制緩和の具体的時期

最低滞在日数にかかる規制は、法律に基づくものではなく、法律に基づき内閣が制定する政令である国家戦略特別区域法施行令第12条第2号により規定されています。そのため、要件緩和に当たっては、同政令を改正する必要があります。法律を改正する場合は、国会での審議が必要となるため、当然、国会の会期中でなければ手続は進みませんし時間もかかりますが、政令の改正の場合、閣議による決定で足り、国会で審議する必要はないため、法改正に比べて手続が簡易であり、改正に要する時間も短期となります。

先日の国家戦略特別区域諮問会議において提出された書面(PDFファイル、「国家戦略特区における追加の規制改革事項について(案)」)でも、「直ちに、法令上の措置を講じる」とありますので、最低滞在日数を緩和する政令改正は、すぐに実現するのではないでしょうか。

(3)規制緩和の具体的内容

最低滞在日数の要件緩和のために措置される国家戦略特別区域法施行令第12条第2号の改正の具体的内容は明らかにされていませんが、改正内容としては、以下の二つの方向性が考えられます。

現行第12条第2号の「7日から10日まで」を単純に「3日から10日まで」等に改正するに留め、自治体による最低滞在日数を定める条例の制定を引き続き求める。

同号を、「施設を使用させる期間が3日以上であること。」に改正し、個別の自治体での条例制定を不要とする。

【参考】国家戦略特別区域法施行令

第12条 法第13条第1項 の政令で定める要件は、次の各号のいずれにも該当するものであることとする。

一 (略)


二 施設を使用させる期間が7日から10日までの範囲内において施設の所在地を管轄する都道府県(中略)の条例で定める期間以上であること。
三~六 (略)

上記

の方法ですと、最低滞在日数を何日とするのか、地域の実情に応じて定めることができます。他方、条例制定手続が必要となることで、自治体にとっては手続上の負担は軽減されません。その点、上記

の方法であれば、最低滞在日数の問題について条例制定が不要となるため、自治体における手続も簡便になろうかと思われます。

もっとも、現在、特区民泊制度に関する条例は、東京都大田区、大阪府、大阪市で制定されていますが、これらの条例では、最低滞在日数を6泊7日とすることに加え、自治体が認定施設への立入検査を実施できることや、認定事業者による予めの近隣住民への説明等についても規定されています。この立入検査は、違反行為の有無の調査や違反行為の是正のために必要ですが、法令上、自治体による立入調査の根拠となる規定が存在しないことから、各自治体、条例により当該権限を規定することが必要となります。このように、自治体において立入調査権限を条例上規定する必要がある以上、

の方法をとることで、仮に最低滞在日数の制定に当たって条例の制定が不要となったとしても、条例の制定自体は必要となるので、手続の煩雑さはあまり解消されないということになります。

この点に関連して、注目すべきは、国家戦略特別区域諮問会議において、上記「B.」のとおり、「今後整備される全国ルールの検討に併せて、行政庁による立入検査に係る法的措置も検討する。」とされたことです。今後、国家戦略特別区域法上、立入検査権限が法律上明記されることになれば、自治体において、同権限を定める条例を制定する必要がなくなるので、その場合に、最低滞在日数の要件緩和について上記

の条例制定を不要とする政令改正が行われた場合には、自治体は、晴れて、特区民泊制度に関連する条例を制定する必要がなくなります。

しかし、この「B.」では、「A.」(最低滞在日数の要件緩和等)と異なり、「直ちに」との文言がなく、また、「措置を講ずる」ではなく、「措置も検討する。」との文言に留められています。また、「A.」では「法令上の措置」と記載されている一方、「B.」では「法的措置」とされていること、及び立入権限が私人の権利を侵害する強い権限であることに鑑みれば、「B.」は、政令や省令の改正ではなく、法改正によって対応すべき事項といえ、国家戦略特別区域諮問会議において提出された書面(PDFファイル)の記載からは、「A.」と「B.」が同時に措置され、同時に施行されることはなさそうに思われます。

そのため、仮に「A.」について、上記

の条例制定を不要とする旨の改正が行われたとしても、その後も実際上は、自治体において条例を制定する必要性はなくならないのではないかと推察されます。

3. まとめ

今回、諮問会議において発表された最低滞在日数の要件緩和が実現すれば、利用者の目線からは、特区民泊の使い勝手が格段に上がることになると思われます。2016年6月17日のコラムに記載したとおり、特区民泊については、国家戦略特区として指定されたエリアに限定されるものの、現在、検討されている民泊の全国的なルールと異なり、年中営業が可能であり、簡易宿所に比べれば既存の住宅を転用しやすい類型と言えますので、全国的なルールや既存の旅館業法にはない独自の意味を持つルールとなるのではないでしょうか。今後の特区民泊の拡大に期待したいと思います。


谷口和寛(たにぐち かずひろ)

谷口和寛(たにぐち かずひろ)

弁護士法人御堂筋法律事務所 東京事務所所属弁護士。2014年5月から2016年4月まで任期付公務員として観光庁観光産業課の課長補佐として勤務。旅行業、宿泊業、民泊など観光産業の法務を担当し、「民泊サービスのあり方に関する検討会」の事務局、「イベント民泊ガイドライン」、「OTAガイドライン」、「障害者差別解消法ガイドライン(旅行業パートのみ)」、「受注型BtoB約款」の企画・立案を担当。2010年3月東京大学法科大学院卒業、2011年12月弁護士登録。

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