ICTの力で、公共交通機関やライドシェアサービスなどさまざまな交通手段を連携させ、シームレスな移動を実現するMaaS(Mobility as a Service)。そんなMaaSという言葉がない時代からそれに近い取り組みを地道に続けてきたのが、経路探索サービスを展開するナビタイムジャパン(ナビタイム)とヴァル研究所の2社だ。
ナビタイムは2021年12月に開催した「モビリティ勉強会 ~経路探索編~」で、ヴァル研究所を招請。MaaSに関わる議論を展開した。ユーザーに最適な移動ルートを提案する経路探索サービスは、観光型MaaSや地域型MaaS、あるいは日常型MaaSといった文脈で現在どのような役割を果たしているのか。また、MaaSの一般化のために乗り越えるべき課題とは? 日頃は競合関係にある両社が、MaaSの未来を展望した。
MaaS関連サービスに採用される経路探索エンジン
2000年に創業したナビタイムは、自動車、電車、バスに加え、トラック、二輪車など、各分野の「移動」に最適化した多数のサービスを開発している。同社の特徴は、それら道路交通と公共交通における複数の移動手段を組み合わせた経路探索を可能にしている点だ。
その技術はすでに、地域の観光型MaaSを実現するためのサービスに応用されている。たとえば瀬戸内エリア向けの観光ナビサービス・アプリの「setowa」には、ナビタイムの経路探索エンジンが採用。観光スポット情報や旅行スケジュール作成、ホテル予約といった他の機能とあわせて利用できるワンストップのサービス提供に貢献している。
また、地域型・日常型MaaSの分野でも、トヨタグループの「my route」アプリや東京メトロの「東京メトロmy!アプリ」といった特定の地域向けのサービスに対して経路探索エンジンを提供し、複数の移動手段を併用するときの最適な移動ルートを提案できるようにしている。
一方のヴァル研究所は、1988年に発売した日本初の鉄道経路探索ソフト「駅すぱあと」で知られる老舗。自社提供のアプリ・ウェブサービスもあるが、2009年には他サービスからの経路探索エンジンのAPI利用を推し進め、2019年からはMaaSへの取り組みも活発化させた。同社のエンジンはヤフーが運営する「Yahoo! 乗換案内」にも採用されているという。
ヴァル研究所もナビタイムと同様、複数の移動手段を組み合わせた経路探索に対応。「mixway API」という名称でその技術をオープンにしており、JR西日本の「WESTER」、JR東日本の「JR東日本アプリ」、ANAの「Universal MaaS」、小田急電鉄の「EMot」といった各社のサービスなどで活用されている。
さらに勉強会、ワークショップ、プロモーション企画、サービス開発、データ分析といった一連の活動を通じて、MaaSに関わる他社のビジネス支援もおこなっている。これらは長年に渡って経路探索の技術に携わってきた、同社ならではの強みといえるだろう。
地域のMaaSノウハウはもっと共有されるべき
過疎化や労働人口の減少などによって、公共交通機関の路線維持が難しくなってきている地域がある昨今、その代替にもなるライドシェアなどのサービスの活用にもつながるMaaSの取り組みには、大きな期待が寄せられている。登壇したナビタイムの森氏も、「注目が集まっていること自体が変化の兆しと感じている」とし、政府や行政に支援の動きが見えるようになってきたことも歓迎している。
ただ、地域ごとにMaaSの取り組みが少しずつ進みながらも、そこでのノウハウが他に共有されていないことは課題の1つだと捉えている。各地域での成功や失敗を通じた気付きについて「シェアしながら投資していくこと」、あるいは地域・組織間の横の連携を増やしてノウハウを「無駄にしないこと」が、現在盛り上がっているムーブメントを一段と促すために重要だと話す。
ヴァル研究所の見川氏も森氏の意見に同意し、「交通とは無関係な異業種の企業が参入してきていることがMaaSの活性化、成功につながる道筋の1つになるのではないか」と補足した。しかしながら、それをさらに加速していくにあたっては、社会実装を進めている同社自身がモビリティを「as a Serviceとして捉えきれていないところもあるのかもしれない」と、反省の弁を口にする場面もあった。
シームレスなサービス連携には地域、事業者を巻き込む提案力も必要
観光型MaaSという部分に焦点を絞ってみると、経路探索サービスは地域の観光スポットや商店、飲食店などに、旅行者を呼び込むための自然な導線をいかに作れるかが肝になってくる。つまり、ダイヤ改正に応じた公共交通機関の正確かつ迅速な時刻表データの更新はもちろんのこと、鉄道やバス、地域ならではの独自の交通手段なども含め、それらの接続を考慮した乗り換え方法の案内も求められるところだろう。
しかしながら現状、2社の経路探索サービスでは、交通機関によっては最新の時刻表に更新するタイミングが遅れてしまったり、一部の交通機関との接続は他のサービスを別途参照しなければならなかったりと、1つのサービスのなかでのシームレスな連携が実現できていないところもある。
これについては、交通事業者との連携上、データ取得がどうしても遅くなるため、ナビタイムやヴァル研究所のなかだけで対応するのには限界があると明かす。それでも森氏は、経路探索の分析データから「ニーズが高まっていることや、それによってどれだけ利益が見込めるかなど、具体的なビジネスに落とし込む」形で交通事業者に提案すれば、「MaaSに向けたさらなる投資意欲にもつながるだろう」とコメント。
見川氏も、自社以外の環境的な面での改善をただ待つのではなく、「地域を巻き込んで、どうやって推進していくのかを考えるのは我々の責務」と述べ、両者とも自社で可能な範囲で「もっと頑張らなければいけない」と力を込めた。
意識しておくべき観光型MaaSと日常型MaaSの違い
そして、MaaSをより適切に社会実装していくには、利用者が何のために移動するのか、何を目的にその交通機関を選ぶのか、といったニーズ分析も重要だ。森氏は、自身が広島県・尾道を仕事で訪れて「setowa」を利用した経験から、「日常と観光の文脈では、モビリティの選択の仕方が全く違う」ことに改めて気付いたと話した。日常では「効率・役立つ」という軸で交通手段を選ぶのに対し、観光では「楽しい・面白いという軸」で選ぶことになるわけだ。
森氏は、観光型MaaSを考えるときには、「非日常のモビリティ体験を提案できるようにすべき。経路探索事業者として、効率性だけでなく、楽しい経路提案をすることで、その後押しができれば」と述べ、“早く・安く、目的地に到着できる”とは違った視点の考え方も必要との見方を示した。見川氏は「観光は個人の体験。観光型MaaSではその地域をどれだけ楽しんでもらえるか」とも言及。「地域の素敵なコンテンツの情報をいかに素早く、伝えたいユーザーに発信できるか」も考慮しながらサービス設計していくことの重要性も訴えた。
さらに森氏は、現在の経路探索サービスはあくまでも移動手段を提示するものであり、「利用するユーザーの目的や思い、実際にどこに行こうとしているのかまではフォローできていない。そこがわかってくるとサービスの質はもっと上がってくる」と、今後の可能性に期待を示した。
コロナ禍でデジタルチケットが浸透し、企画券をMaaSアプリを通じて取引する基盤が整い始めた。今後、観光型MaaSの発展には、地域・行政と交通事業者、経路探索サービスがより積極的に連携し、いかにシームレスにつなげていけるか。そして、さらなる異業種企業の参入を促し、情報共有をはじめとするより一層の連携がおこなわれるようにすることが不可欠といえそうだ。
取材・記事:日沼 諭史