世界で加速する「再生型観光」、カナダ観光局が目指す「新たな観光のカタチ」と、日本での取り組みを聞いてきた

サステナブルツーリズムの先の観光のあり方として注目されている「再生型観光」。再生型観光とは、地域の環境、文化にポジティブな影響をもたらし、地域全体をよりよく再生させる観光の考え方だ。

カナダ観光局は、2023年11月に観光への「再生型アプローチ」をテーマにした国際シンポジウムを主催するなど、再生型の取り組みを加速している。カナダ観光局が考える「再生型アプローチ」とは何か。再生型の考え方や日本での取り組みについて、同局日本地区代表の半藤将代氏に聞いた。

「再生型アプローチ」でコミュニティの潜在力を引き出す

カナダ観光局のミッションは、「観光によってカナダ国内の人々の経済的繁栄とウェルビーイングを向上させること。同時に、訪れる観光客に人生が豊かになる充実した体験を提供すること」。その達成のために、観光局は従来の収益を目指す方向性ではなく、再生型のアプローチを進めている。

なぜ、観光が「再生型」に変わる必要があるのか。

いま、世界はシステムの不平等や社会の分断、地政学的リスク、そして気候変動や環境問題、災害からの復興、オーバーツーリズム、地域文化の衰退など、これまで経験したことのないような問題に直面している。しかしながら、これらを解決していくには従来のビジネスモデルでは限界があるのが現実だ。

「観光客数や消費額も大事だが、それだけを追うのでは持続可能な観光の発展は望めない」(半藤氏)。観光の力を利用して、コミュニティの可能性を最大限に引き出し、強化することで、よりよい社会を作っていこうという「再生型アプローチ」が新しい潮流になっている。

サステナブルからリジェネラティブ(再生型)への変遷を表した概念図。個別の事業者が利益を上げる縦型の従来型モデルに対し、再生型は生態系が全て統合した互恵的な社会に

課題解決のため、世界を生態系として考える

「サステナブル」から「再生型」へと変化した背景には、大きな課題を前に、機械的な社会から生きた生態系へと世界観の大きな転換があった。競争と消費社会のなかで、事業者の生産性と収益性が重視された世界から、自然や文化、行政と市民、事業者と観光客の全てが有機的につながり、相互に影響し合って変化していく世界として考えられるようになった。

伝統的なビジネスモデルは個々の企業による利益追求型。再生型では、行政、市民、事業者が有機的に協力し合い、旅行者やステークホルダーを巻き込んでコミュニティの力を最大限に引き出し、より豊かになることを目指す。半藤氏は、再生型アプローチとは、互恵的な関係作りとも言い換えられる、と説く。すでにバンクーバーやオカナガンでは、再生型アプローチによる取り組みが進んでいるという。生態系全体の繁栄に対する観光の貢献を示すためにも、観光局ではウェルビーイングの指標を設定し、効果測定をしていく方針だ。

観光局が示す、再生型アプローチをどう実践していくかという原則のプロセスは、まずコミュニティの現状を理解すること。観光の恩恵を受けているか、資源や文化が搾取されていないか、住民は観光をどう思っているかなど状況を把握する。そのうえで、コミュニティを生態系として考え、十分な栄養と活力が行き渡ってるか、全体のバランスを見る。さらに多様な人々との意見交換の場を育むことも重要なステップ。カナダでは全員が合意するまで話し合うコンセンサスの文化があり、時間をかけて合意形成をおこなうため、ビジョンが共有される時点で多くの人が参加する環境が整っている。異なる視点や意見を取り入れることで、良いアイデアが生まれ、バランスの取れた意思決定やイノベーションにもつながることで協力者も増えてくる。

再生型実践の原則

それぞれが自分の仕事をしながら、コミュニティ全体に貢献しやすい状況が作られてくると、ステークホルダーや旅行者も惹きつけることになる。そして、それぞれが能力を発揮すれば互恵的な関係が生まれ、コミュニティが魅力的になっていく。ひいては、大切な場所を守り、将来に継承する文化が育まれる。コミュニティ全体で学び、尊重し合うことが繁栄の好循環につながっていく。

いわば、「観光地の運営」から「コミュニティの育成」へのプロセスともいえる。これがカナダが目指す再生型のアプローチで、「この互恵的な関係をどう作っていくのかがポイント」と半藤氏は話す。

古い関係と新しい関係。「再生型アプローチ」では、個々の取引に基づく関係から、コミュニティ内の互恵的な関係への転換を目指す

観光分野以外のエキスパートが再生型の観光を語り合う

カナダ観光局は、2023年11月にはケベック州で、デスティネーション・スチュワードシップ(土地を守る倫理責任)に関する国際シンポジウムを開催した。3日間にわたって、観光の再生型アプローチが「住民」「自然」「経済」「コミュニティ」に与える影響について話し合った。作家や学者、社会活動団体、人間行動学や先住民経済の専門家など8カ国から集まった43人の講演者のうち、約7割が旅行業以外のエキスパート。幅広い意見を聞く姿勢と、再生へのアプローチが観光業の領域を超えていることを示す機会となった。

同会議で挨拶に立ったソラヤ・マルティネス・フェラダ観光大臣はこう述べている。「旅行者が何を見たいかではなく、コミュニティが自分たちのペースで、何を見せたいかという観点で観光を進めていかなければならない」。また、多くの講演者が、コミュニティが観光開発の中心であるべきという考えを繰り返し述べた。半藤氏も、継承してきた文化を分かち合うためには「本物」に触れるべきであること、さらに「見世物的な観光施設を作るのでなく、コミュニティが大切にしているもの、見せたいものを見せる動きへの転換が確信できた」と話す。

カナダ観光局 日本地区代表 半藤将代氏

例えば、広大な自然体験や、カナダの人たちのオープンで温かい人々との出会いはカナダにしかない究極の本物の体験だ。「地元の人が旅行者を歓迎し、コミュニティが誇りを持ってストーリーを伝えることで、セレンディピティ(予期せぬ幸運)が起こる」(半藤氏)。これが旅行者の人生にポジティブな影響を与え、結果として再生型のアプローチにつながっていく。

観光局では2023年3月にも、世界の著名人による講演会を企画・運営するTEDと共催で、カナダのオピニオンリーダーたちによるイベントを実施している。このときのテーマは「Open」で、観光を超えた横断的な意見を聞く機会を設け、カナダらしいオープンな姿勢が示された。

旅行者と地域住民の相互理解が再生型アプローチに

再生型アプローチを進めるうえで、カナダ観光局はターゲットとする訪問者を、長期滞在、リピーター、消費額が高いハイバリューゲストと定めている。マスマーケットではなく、旅先の土地や人に敬意や共感があり、訪れたときよりも地域を良くして帰ろうという気持ちを持つ責任ある旅行者だ。カナダの価値がわかる人に高付加価値な体験をしてもらい満足度を高めたうえで、旅行者と地域住民の相互理解が深まることが再生型アプローチに資すると考えている。

日本では、コロナ禍から旅行会社とともに、「コミュニティのストーリー」を軸に現地の人との交流で心の充足感を見出すような高付加価値商品の造成を進めてきた。メープルシロップの生産者を訪れたり、先住民に文化や伝統を語ってもらったり、国立公園ガイドから自然への想いや仕事への想いなどを聞くなどの現地の人との交流を組み込んだツアーや、希少なホッキョクグマに会うツアーなどの商品をいち早く打ち出した。こういった付加価値の高い体験ができる商品は参加者の満足度も高く、2024年は、パッケージ商品以外に、オーダーメイド商品などハイエンド向けの個人旅行にも対象を広げていく。

そして、昨年から実施している高付加価値商品を訴求する「カナダの、その奥へ──。」キャンペーンは、今年、夏のオーバーツーリズムを避けるため、秋に集中して展開している。

さらに、カナダ全土に観光の恩恵を届けるために、デスティネーションを分散させ、メープル街道のようなすでに人気の観光地以外での秋の観光素材のストーリーを明確に打ち出していく。「秋のオーロラも定着してきたが、野生動物ウォッチングなど秋の『レジェンダリー・エクスペリエンス』の認知を上げていくこと」を目標に据える。

カナダ観光局の再生型アプローチはサステナブルツーリズムの本質、人手不足やオーバーツーリズムなど観光が抱える諸課題に正面から対峙して、関係者が議論をつくして見出した新たな観光のあり方だ。

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