箱根に学ぶ、自然災害が起きたときの観光危機管理、観光客減少が長引いた理由とは?

2015年5月、箱根山の噴火警戒レベルの引き上げ以降、観光に大きな影響を受けた箱根町。同年11月にレベル1に引き下げとなったものの、同年の観光入込客数は前年比18.0%減の1737万6000人、うち宿泊客数は20.4%減の366万5231人と2ケタ減に陥った。その後は、安全性を最優先して規制していた大涌谷周辺の規制も解除し、箱根全地域で迎え入れの再始動をしている。

自然災害に関わる観光危機は、地域のあらましや災害の種類、程度が異なるため、他の事例をそのまま参考にするのは難しい。しかし今回、箱根町観光協会がツーリズムEXPOジャパンで行なったセミナー「箱根の現状と今後の取り組み~箱根山噴火を経験し、今後の観光を考える~」からは、地域や災害の種類を超えて参考になりえる要素がうかがえた。

観光客の減少が長引いた理由

箱根町では2006年以降、観光入込客数は2000万人前後で推移してきた。3.11の東日本大震災時には客足が減少したが、同年の2011年に箱根町観光振興条例を施行し、観光振興の「HOT21観光プラン」を策定。その後、V字回復となるなかでの打撃となった。登壇した箱根町観光協会誘客宣伝委員の澤村吉之氏(塔之澤温泉・福寿楼・五代目)によると、この状況の中から箱根町として、2つの課題が見えたという。

その1つが、「メディア対応」。澤村氏によると、2016年5月6日の噴火警戒レベル2への引き上げ以降の観光客数の減少幅がメディア露出量と比例しており、話題が風化するとともに客足が戻ってきたことが判明した。箱根は町の事業者の9割が第3次産業、その半分強を宿泊・飲食サービス業が占める「観光にかかわる人で成り立つ町」であることから、澤村氏は「メディアの力に左右される経済基盤であることが露呈した」と振り返る。

特に今回、メディアの影響が大きくなった理由には、世の中の「安全軽視論」で話題が続いたことにあると指摘。これは、噴火警戒レベルの引き上げで観光客数が減少した際に、箱根町が来訪を促したことに対するメディアや世間一般の反応だ。

発表資料より

なぜ、そのような反応が起きたのか。これには箱根は5町村が合併した町であり、面積が山手線の内側の1.5倍に当たる広範な範囲に及ぶという町のあらましが関わっている。噴火警戒レベルの表記は「箱根山」であったが、そもそも箱根山という山は存在せず、箱根地域の山の総称として使われている。そして噴火警戒地域は大涌谷の周辺であり、「箱根」ではないという地元の人の感覚や認識でメッセージを発してしまった。マスコミとの対応にも不慣れで、その意図を伝えきれていなかったことが「安全軽視の誤解を招いてしまった」と澤村氏は説明する。

実は昨年11月に箱根内の事業者や自治会に行なった調査でも、世論が湯元や強羅など境なく「箱根山」という感覚で捉えていることに対して、「そう思わない」が54.6%と半数以上を占める結果となった。澤村氏は「地域・事業者の一体感の醸成が重要」と、箱根としてのもう一つの課題も指摘する。

魅力見直すきっかけに

新たに認識した課題を踏まえ、箱根町は今後、どのような展開をしていくか。今年は町の誘客基本方針で、「大涌谷の火山からの影響の回復取り込み」を盛り込み、観光入込客数2000万人、宿泊客数500万人、外国人観光客数100万人を目標としている。

セミナーでは、日本人の観光客数が減少した際に、前年比73.8%増と下支えとなったインバウンドやMICEの強化、地域連携/DMOを推進していくことを説明。その一環として、メディア対応を含む情報プラットフォームの整備も盛り込んだ。マスコミ対応の改善のため、専門家を招いた情報発信のあり方に関する勉強会を開催しているほか、関係構築にも努める。これは情報発信の強化にもつながるとの判断で、多くの事業者の参加を促しているところだ。

また、マーケティングも強化する。箱根は既存の観光資源に加え、首都圏から1時間強の好立地も強みの一つ。それに満足していたわけではないとしながらも、「新規の観光資源の発掘意欲は少なかった」という反省も出てきた。

澤村氏は好アクセスであることは、「行きやすさの反面、日帰り需要の増加にも繋がる」と指摘。さらに、東京五輪に向けた高速交通網の整備や、先々のリニア中央新幹線などの予定を踏まえれば、「今後は首都圏のみならず、競合は関西や金沢など全国的に広がる」と危機感を示した。地方都市もアピールを強化しており、立地的な優位性は消え、現状以上の誘客の取り組みが必要になってくるという。

発表資料より

そこでSNSや箱根町の観光情報サイト「箱根全山」でアンケート調査を実施するほか、ファンづくりに重点を置いた着地型ツアーやコミュニティの設立、インバウンドの囲い込みなども推進する。集客力のあるイベントも企画し、箱根全域を舞台とした宝探しイベントを開始。誘客と同時に箱根の広さ、多様性をアピールする。こうしたイベントを通して町全体の滞在時間を増やして魅力を実感してもらい、観光客がもう一度来たいと思う気持ちを醸成していく。

さらに、箱根は火山あってこそ成り立つ町であることに改めて向き合い、2016年3月には「火山観光サミット」を初開催した。火山活動の被害を受けやすい国内外の観光地と課題や施策を共有化し、防災強化や共済づくりを考えることを目的とするもので、「生活を守るためのサミット」であるという。

自然災害は突然発生するものであるからこそ、事前に出来うる備えを行ないたい。今回の箱根のケースからは、メディア対応や地域連携・資源の見直しなどの取り組みが、事前のリスク回避策として参考になりそうだ。一方、今回の危機に面して埋もれていた課題を見い出し、新たな決意で歩み出した箱根町には、今後の取り組みに期待したい。

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取材:山田紀子(旅行ジャーナリスト)

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