世界最大のホテルチェーン、マリオット・インターナショナルがMICEビジネスを強化中だ。新たなデジタルプラットフォームを立ち上げ、需要の掘り起こしと多様化するニーズへの対応を進めている。同社が描くMICE戦略とは――? タイ・バンコクで開催されたイベントに参加して、ビジネス旅行の取込みについて聞いてきた。
参加した一連のイベントのなかには、世界のオピニオンリーダーが登壇する「TED」のフェローがプレゼンテーションを行う「TED Salon」も。マリオットは「TED」とパートナーシップを締結し、新たな発想を啓発するプログラムを提供することで、ビジネストラベラーに選ばれるホテルを目指している。
世界最大のホテルチェーンが描くビジネス旅行での「存在感」
2016年9月スターウッド・ホテルズ・アンド・リゾーツ・ワールドワイドの買収を完了し、ヒルトン・ワールドワイドを抜いて世界最大のホテルチェーンとなったマリオット・インターナショナル。ラグジュアリーからセレクトまで31ブランドを抱えることになった。
今回の取材で開催されたブランド説明会では、同社アジア太平洋地区ブランズ&マーケティング担当副社長のマイク・フォーカーソン氏が、現在計画中のホテル開発は世界で145ヶ所になり、そのなかでもアジア太平洋は81ヶ所と最大になると報告。「経済成長が著しいアジア太平洋は、マリオットのビジネス展開で重要な地域」との認識を示した。
また、マリオットのブランディングとして、「ゲストが創造力やアイデアを生み出せる手助けをすること」と「ゲストのインスピレーションを刺激する洗練されたスペースや体験を提供すること」を挙げる。バケーションレンタルなど新形態の宿泊体験が勢力を拡大するなか、装置産業としての強みを訴求し、MICEをはじめとするビジネストラベル市場で存在感を示していく方向性だ。
デジタルプラットフォームでMICE素材を自在に組み合わせ
では、具体的にはどのようにMICEを強化しているのか?
同社は2015年にMICEプランナー向けデジタルプラットフォーム「Meetings Imagined」を立ち上げ、グローバルに展開してきた。同社アジア太平洋地区B2Bマーケティング&イベント・ディレクターのシェイエン・メイ(梅雪瑩)氏は「このプラットフォームは、ミーティングビジネスを再考するところから始まった。デジタル化が急速に進むなか、MICEビジネスは旧来のまま。テクノロジー的にも、B2Bにおけるホテルの役割についても、ホテルでのMICE体験を考え直した」とMeetings Imagined構築の背景を説明する。
Meetings Imaginedは、MICEプランニングの入口的な役割。プラットフォーム上では7つの目的を定義し、それをベースにプランナーが各ホテルで提供する「セットアップ」「フード&ドリンク」「テクノロジーツール」「体験」を組み合わせてミーティングの形態をデザインする。7つの目的とは、Celebrate(祝賀パーティー)、Decide(ビジネスミーティング)、Educate(教育)、Ideate(啓発)、Network(人脈作り)、Produce(生産)、Promote(プロモーションイベント)だ。
たとえば、Celebrateを選択すると、各項目でいくつかのオプションが提示され、そのオプションが提供可能なホテルも表示される。「ワンストップでさまざまな形式を組めるのがこのプラットフォームの特長」とメイ氏。現在のところ(7月上旬現在)、英語、中国語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、ロシア語、ポルトガル語、韓国語で提供されているが、日本語のサイトもまもなくオープンする予定だ。
各項目のオプションはすべてビジュアル表示。約4,000枚の写真で「Imagined(想像)」しやすいユーザーインターフェイスになっている。写真は常にアップデート(メイ氏)。将来的には、動画なども活用し、分かりやすさをさらに追求していく考えだ。また、プラットフォームには、マリオットのMICEエキスパートによるオプション選びのヒントや最近のトレンドも紹介している。
世界が注目するMICEデスティネーションは「日本」
Meetings Imaginedは現在、フラッグシップブランドのマリオットをはじめJWマリオット、コートヤード・マリオット、ラディソンなどでも一部提供されている。「今後は、ほかのブランドのほか、将来的には旧スターウッドグループのブランドにも広げていきたい」とメイ氏。「旧スターウッド・ブランドは、プロダクト、サービス、コンセプト、ロイヤリティープログラムなどで違いがあり、統一には時間がかかると思うが、MICEカスタマーにとってさらに大きな利益になるはず」と未来を見据える。
MICEにとってホテル内での過ごし方と同様に重要になってくるのが、ホテル外でのローカル体験だ。メイ氏も「カスタマーはホテルよりも先にデスティネーションを選ぶ。今後は観光局などと一緒に各ホテルのデスティネーション・コンテンツも充実させていく必要があるだろう」との認識を示す。さらに、「CSR体験は人々の創造性を刺激し、チームビルディングにとっても有益」なことから、ボランティアなど社会的責任に関連したアクティビティーもプラットフォーム上で紹介していきたい考えだ。
アジア太平洋で最大のMICE市場は中国。最近ではインドの需要も高まっているという。そのなかで、「日本は成熟したマーケット。アウトバウンドではタイやハワイなどで需要が見込める一方、インバウンドでは非常に注目されているMICEデスティネーションになっている。2020年の東京オリンピック・パラリンピックは大きな転機になるのではないか」という。マリオット・インターナショナルは、今年から2020年にかけて日本で相次いで新しいホテルを開業する予定。合わせて、国内、インバウンド双方でMICEビジネスを強化していく。
TEDでブランディング、ビジネストラベラーへの訴求力高める
マリオット・インターナショナルは昨年9月、TEDとのパートナーシップを発表し、これまでシアトル、ロンドン、アブダビのマリオットホテルでTEDフェローがプレゼンテーションを行うTED Salonを実施。今年6月29日には、タイ・バンコクでも行われた。
バンコクのTED Salonには3名のTEDフェローが登壇。日本人の父親を持つ原田・シーザー・実氏は、新型ロボットを使った海洋清掃の話を披露。海洋環境の観点から福島沖の汚染水の調査にも参加しており、その活動も報告した。インド出身のマルチメディアアーティストであるアパルナ・ラオ氏は、ユーモラスに社会を風刺する自身のアート作品の発想の源についてプレゼン。上海を拠点にオンラインファーマーズマーケットYimishijiを運営するマチルダ・ホー氏は、中国の農業の現状を変える取り組みと世界の農村コミュニティー支援について話をした。
TED Salonの開催は、クリエイティビティー刺激し、新しいインスピレーションを得られる機会を提供するマリオットの取り組みのひとつ。特にビジネストラベラー誘致のためのブランディングとして行われた。次回のTED Salon は、7 月にチリのサンチアゴ・マリオット・ホテルで開催される。また、世界各国のマリオットホテルでは(一部のホテルのみ)、客室内でマリオットオリジナルのTED Talks をストリーミング配信している。
東京五輪を見据えて、日本でも新規ホテルが続々開業
日本でもマリオットホテルの開業が相次ぐ。2016年には「軽井沢マリオットホテル」がオープン。2017年7月には「南紀白浜マリオットホテル」「富士マリオットホテル山中湖」「伊豆マリオットホテル修善寺」「琵琶湖マリオットホテル」が相次いで開業した。さらに、2020年には「JWマリオット奈良」と「ザ・リッツ・カールトン日光」が開業する予定。このほか、森トラスが開発を進める銀座と虎ノ門の2つのホテルが2020年にマリオット・インターナショナルの最高級ブランドのひとつ「EDITION(エディション)」としてオープンすることも発表された。
世界最大のホテルチェーンの拡大は、MICEビジネスから施設の増加まで、まだまだ続きそうだ。
取材・記事 トラベルジャーナリスト 山田友樹