「VR」(仮想現実)に「AI」(人工知能)、「IoT」(モノのインターネット)--。これまで、流通やプロモーションでの活用が主流だったこれら注目の最先端テクノロジーが、いよいよ旅行・観光のシーンで旅行者の体験を変えていく。旅行・観光業者にとって、販売機会を広げる存在となるのか。今年の「ツーリズムEXPOジャパン2017」で見つけた、新サービスを紹介する。
VRで遠隔旅行、グアム挙式にリアルタイム参列
ツーリズムEXPOジャパン2017の最終日、KNT-CTホールディングスのブースでは、結婚式が行なわれた。といっても、実際の挙式はグアムのチャペルで行なわれ、同ブースには新郎新婦の親族が来場しているだけ。挙式の様子をVRでライブ配信し、それを親族がVRゴーグルをつけて視聴する。これはVRによる海外挙式の遠隔参列。VRによるライブでの遠隔旅行サービスで、大切な瞬間に立ち会う機会と感動を提供する。
「なし婚」や「フォト婚」など挙式のカジュアル志向の一方で、海外挙式の需要は増えている。しかし、海外渡航に対する親族の意向などで断念するケースも少なくない。実は今回のグアム挙式をしたカップルも、一度は海外挙式を予約したものの、親族の都合で断念していた経緯があった。しかし、現地に行かなくても挙式に参列するような体験ができる今回の試みを伝えたところ、両家とも喜んでくれたという。
同社によると、海外挙式のVRライブ配信は日本で初めて。同社では2014年から、傘下の近畿日本ツーリストの未来創造室で最先端技術の活用による「スマートツーリズム」に着手。「江戸城天守閣と日本橋 復元3Dツアー」など、ARで現存しない仮想世界を現実世界に複合するタイムトリップツアーなどに取り組んできた。
VR観光の取り組みは今年から。6月には「ふくしまミュージック花火」で、福島市内の会場から40キロ離れた飯館村の老人ホームにVRライブ配信の実証実験を行ない、遠隔旅行体験として花火大会の大迫力を届けた。そして事業化への取り組みとして目を付けたのが海外挙式だ。
「海外挙式は、基本のパッケージにアルバムなどオプションを追加していく商品なので組み込みやすいのでは」(執行役員未来創造室長の安岡宗秀氏)。この考えは、販売現場が抱いていた海外挙式の課題解決に繋がり、「(潜在力のある)海外挙式の需要が広がる仕掛けを作りたい」(近畿日本ツーリスト個人旅行・首都圏営業本部部長・鈴木卓氏)との思いにも合致した。
では、実用化はいつか。カギを握るのは、次世代通信「5G」。「海外でも途切れのない大容量の高速通信ができる環境が不可欠」(安岡氏)だ。海外VR挙式で組むKDDIでは5Gについて、2020年の実用化を目指している。
この流れのなか、旅行会社をはじめ様々な企業がVRへの取り組みをしており、「今後、親和性の高い旅行の分野で続々と商品が出てくる。そのなかで弊社が一番でありたい」(安岡氏)と、いち早く今年のツーリズムEXPOでの公開を決定した。同社では2020年に向け、海外挙式以外にも、海外見本市や業務渡航のライブ出張などの活用も視野に入れている。
気になる値段設定だが、「海外に行くよりも安くないと意味がない」と安岡氏。そのため、海外VR挙式については現地に設備投資を行ない、価格を抑えていく考えだ。現行の旅行商品と旅行をしないVR遠隔旅行をどう扱っていくのか。今後の展開に注目したい。
「支払いは指で」、完全手ぶらの決済が変える観光体験
財布やパスポートなどの貴重品を肌身離さず携行する煩わしさから解放されたら、どんな観光ができるのか。そんな新しい観光の可能性を垣間見させたのは、「オンライントラベル・ICT」エリアに出展した「経済産業省おもてなしプラットフォーム」(IoT活用おもてなし実証事業)の「Touch&Pay」。
ツーリズムEXPOでは、人気コンテンツの一つ「全国ご当地どんぶり選手権予選会」のチケットを指先に登録し、各どんぶり屋台の専用端末に指紋を読み取らせるだけで好きなどんぶりを受け取れる体験を提供した。チケットを購入するための長蛇の列に並ぶ必要がなく、現金やカードなどの決済手段の出し/仕舞いが不要でスムーズにサービスが受けられるのは、想像以上の快適さだ。
Touch&Payとは、指紋認証で決済から各種チケットやポイント、割引などの各種サービスを提供するプラットフォーム。利用者の同意のもとにパスポートなどのID連携も行ない、買物や飲食、宿泊、レジャーなどの各種サービスを受ける際に必要な情報も共有するので、宿泊のチェックイン/アウトも指先の認証だけで済むようになる。訪日外国人の場合、免税手続きで煩雑な手続き用紙の記入も不要になる。(チェックインや免税手続きは2018年度の開始予定)
ここまで聞くと、構想自体は特に目新しくないと思うかもしれない。しかし、ストレスフリーの体験を生む違いのキモは、使用する生体認証の決済ソリューション「Liquid Pay」にある。生体認証自体、すでに空港や銀行のATMなどの日常で使用されているが、実はそれらはキャッシュカードやパスポート、暗証番号などとの併用が必要。これに対し、Touch&Payでは「指紋認証だけで、スムーズな照合ができる」とLIQUID Japanの代表取締役・保科秀之氏は強調する。つまり、完全手ぶらで買物や飲食、各種観光サービスが受けられるのだ。
LIQUIDはこの技術で日本とシンガポール、フィリピンで特許を取得。米国やEUでも特許出願中だ。
保科氏は「例えば湯めぐりを含む温泉街の散策やビーチ、プールなどは特に便利だと思う」と、利用シーンを提案。すでに実証を始めており、昨年10月~今年3月まで神奈川県・湯河原温泉と三重県・湯の山温泉に先行導入した際には、声がけをした旅行者の半数が登録し、決済の利用や割引サービスなどを楽しんだ。特に訪日外国人は指紋を読み取らせることに対する抵抗が少ないという。
課題は、「タビマエの予約周辺との連携」と保科氏。利用には最初に、専用端末での指紋と決済手段(クレジットカード情報や現金チャージ)の登録が必要なため、現地に着いた時にはすでに各種サービスを従来の手段で購入しているケースもあるからだ。
ただし、このTouch&Payは今後、さらに多くの地域で体験する機会が増えそうだ。2017年10月からサービス対象地域を全国に拡大し、博多・天神や城崎温泉など約400の施設で実証を開始する。また、Liquid Payは世界展開を図っており、インドネシアでは最大財閥のサリムグループと、フィリピンでも某財閥グループと契約した。今後は海外でLiquid Payを利用した訪日客が、日本でもサービスを受けるというケースがあるかもしれない。
希望の場所で乗り降りできる「AI運行バス」
観光地では自分の希望する場所で乗り降りし、かつ、安上がりに利用したい。そんな希望を叶えてくれるのが、NTTドコモと未来シェア社が共同開発している相乗り移動サービス「AI運行バス」。ツーリズムEXPOではアクティブセミナーブースに出展し、実際にバスを運行してお台場の街中に乗り出す体験を提供した。
このAI運行バス、一般的な公共交通のバスと違うのは、運行ルートを固定しないこと。利用者がアプリで乗降場所を指定すると、対象エリアで周遊中のバスのなかからAI(人工知能)が最適な位置で走行しているバスを判断し、ルートを最適化し直して利用者のピックアップを指示する。利用者にとっては希望の場所に乗り降りができる利便性が高いと同時に、交通業者にとっても運行の効率化が図れる、両者にメリットのある仕組みとなる。特に十分な公共交通の維持が難しく、2次交通の手段や数、ルートが限られている地方の課題解決にも繋がる。
2018年度中の実用化を目指しており、すでに、浅草・両国や函館などで実証実験を実施。2017年9月26日と10月6日には鳥取県境港市で、寄港する外航客船「コスタ・ネオロマンチカ」の外国人客に対する実証実験を行なった。
山陰インバウンド機構マネージメント部課長の福間一之氏によると、境港にはこの数年で多くの外航客船が寄港するようになった。地域への経済効果が期待されたが、大型客船が停泊する貨物港から境港の中心までは距離が離れている上、境港市内を周遊する2次交通はコミュニティバスのみ。乗客は、船会社が提供する寄港地観光ツアーや、港/JR境港駅間のシャトルバスとJRを利用するなどして、松江城や足立美術館、出雲大社など境港域外へ観光に出てしまうという課題があった。
実証実験では、外国人客にスマホやタブレットを貸出し、画面上の地図で運行範囲となる港周辺の魚市場や展望台、温泉施設、スーパーマーケットなどの観光施設や飲食店をアイコンで表示。市内の観光スポットを紹介しながら乗降場所の指定を簡易化し、下車観光を促した。利用者にも好評で、「訪日外国人側のニーズも感じた」(福間氏)という。
先進テクノロジーが旅行・観光に新たな魅力を加えていく。その推進力は、現状の不便や課題の解決だ。自社の関わるマーケットが抱える課題とのマッチングが、テクノロジー活用の観光が受け入れられるポイントになるだろう。
取材:山田紀子