2021年1月初旬に開催されたトラベル懇話会第44回新春講演会で、日本経済団体連合会(経団連)ソーシャル・コミュニケーション本部長の正木義久氏が「社会経済活動の活性化に向けてーコロナ禍を超えてー」をテーマに講演した。正木氏は、業種別ガイドラインの見直し、BCP(事業継続計画)の策定、国際往来再開のために求められることなど、さまざまな角度から観光産業の再生について、ヒントを示した。
トラベル懇話会は旅行会社や航空会社・ホテル・ランドオペレーター・保険会社などの経営者から構成される旅行業界団体。
業種別ガイドライン簡素化で相対的効果
まず、正木氏が引用した帝国データバンクの資料によると、2020年度の観光関連産業の市場規模は宿泊、移動、飲食店、さらに食材、アメニティ、人材派遣なども含めて延べ約64兆円。2019年度から約10兆円減少した。この失われた10兆円を取り戻すために、正木氏は「意味のない自粛をやめる一方で、意味のある感染対策で安心してもらうことが必要だ」と述べた。
具体的に、「コロナ禍で策定した業種別ガイドラインを見直し、本当に必要とされる内容に絞り込むこと」と助言する。そもそも、新型コロナのガイドラインは政府より各業界団体に対応の要請がなされ、旅行業でも2020年5月に日本旅行業協会(JATA)と全国旅行業協会(ANTA)の連名で作成した経緯がある。正木氏は「作成主体、説明責任は業界団体であり、政府はあくまで要請しているに過ぎない」と指摘。その後の感染症に関するエビデンスの蓄積を踏まえ、観光産業においても改訂を含めた判断が求められるとした。
実際、経団連は2020年5月、オフィスと製造現場それぞれを対象にガイドラインを取りまとめた後、2021年4月の再訂に続き、2021年10月に三訂をおこなっている。改訂は感染症の動向や専門家の知見を踏まえたもので、たとえばトイレはハンドドライヤー利用停止を削除したほか、従業員に対する感染防止策については、政府の水際措置の自宅待機期間の伸縮に応じて、対策を読み込めるよう記載を修正した。
正木氏は「ゼロコロナではなく、withコロナを前提とし、科学的根拠に基づいた対策によって感染拡大防止と社会経済活動は両立できる。むしろ、簡素化、削除できるものは進めたほうが相対的な効果がある」と強調した。
渡航前、検疫、行動管理の壁を壊すために
もっとも、2022年に入り、日本でもオミクロン株による感染が急拡大している。正木氏はすでにオミクロン株が急増していたイギリスの飲食店では、感染したスタッフの欠勤も増え、人手不足などから自主休業追い込まれた店が相次いでいたニュースに触れ、「オミクロン対策として、企業はBCP(緊急事態時に企業が事業継続するための計画)を早急に点検すべき。観光産業だったら、バスの運転手が出勤できなくなったら、他から連れてこられるのか。さまざまなプランを想定、検討して備えてほしい」と訴えた。
GoToトラベルの再開については、「複雑な仕組みのため、これを機に中小企業を中心としたデジタル化の推進による生産性向上が求められる」とした。
一方で、コロナ禍で失われた観光産業の10兆円を取り戻したとしても、2019年度レベルに回復したに過ぎない。観光産業の再生に不可欠なのは、今回の新春講演会で挨拶に立ったトラベル懇話会会長の原優二氏が強調した「早期の国際往来回復」だ。
正木氏も「やはり、グローバルに勝負しよう」と同調。「地方の雇用を支えているのは、観光、交通、飲食といったサービス業。世界に散らばっている日本ファンたちが、日本にとって最大の安全保障。こうした外国人の入国をいつまでも拒絶していいのだろうか。そして、世界のマーケットとつながらない、世界で稼がないのが21世紀のビジネスパーソンといえるのか。日本は国際的な人の往来が不可欠」と話し、会場の参加者に「みなさんが勇気を奮い起こし、国の扉をこじ開けてほしい」と呼びかけた。
とはいえ、国際往来を早期に回復させるためにはどうすればいいか。正木氏は「渡航前の壁、検疫の壁、行動管理の壁の3つをそれぞれ壊していくことが必要だ」と指摘する。渡航前の壁については、外務省渡航危険レベルが自由な往来の妨げになっているとし、経済界の観点から「多くの企業がレベル1で海外出張ができる。現在、どの国もレベル2(不要不急の渡航中止)で企業として出張を認めがたい状況。重症化リスクが低いと判断できれば、速やかにレベルを下げてほしい」と要望した。
また、帰国・入国後に、待機に加え行動管理が要求される日本はビジネス往来に遅れをとるとし、ワクチン接種者に優遇措置を講じている世界各国と同等の措置を求めたうえで、「3つの壁を乗り越え、海外から日本へ、日本から海外への流れをつくるため、移動、宿泊、サービスといった観光産業のさまざまな連携を活かすよう工夫してほしい」と鼓舞した。