静岡県藤枝市が仕掛ける「サッカー観戦 × 観光」、観戦客の周遊促す観光DX、その取り組みを現地で取材した

静岡県藤枝市の「蹴球都市藤枝 Next100 スポーツツーリズムプロジェクト」の実証が始まった。このプロジェクトは、市とナビタイムジャパンが共同で観光DXを進めながら、サッカー観戦による人の流れを活かした地域経済活性化を目指すもの。藤枝市、藤枝市観光協会、地元事業者などオール藤枝で取り組む。2025年からの自走に向けて、どのような実証の成果が出ているのか。また新たに浮かび上がってきた課題とは? 2024年9月22日に開催されたJ2藤枝MYFC 対 清水エスパルスの静岡ダービーの試合から探ってみた。

藤枝MYFC2試合の「ユニタビ」の利用状況は

プロジェクトにおけるカギとなるのが、ナビタイムジャパンが「ぴあ」と共同運営する観戦アプリ「ユニタビ」だ。このアプリは、「ユニフォームを着て、街を楽しむ」をコンセプトに「Jリーグ×地域周遊」に特化。JリーグのQR観戦チケットを読み込むと、試合日と前後1日、試合開催スタジアム周辺の観光情報をユーザーに提供する。藤枝MYFCに先駆けて、アビスパ福岡やベガルタ仙台でも活用が始まっている。

実証事業は、Jリーグの試合のほか、商店街のサッカー大会、JFAシニアサッカー大会、自治体職員シニアサッカーフェスティバル、市長杯ジュニアユースサッカー大会などアマチュアの大会も対象となる。

実証事業の第一弾は9月7日に行われた藤枝MYFC対栃木FCの試合。この試合の来場者数は3783人で、「ユニタビ」に藤枝MYFCをお気に入りに登録したユーザーは約600人。この数字について、ナビタイムジャパン・スポーツビジネス事業部事業責任者の山﨑英輝氏は、「定期的に試合観戦に訪れる人が全体の約半分と想定し、スマホのヘビーユーザーではない子供や高齢者を考慮すると、非常にインパクトがある結果」と評価する。

第二弾は9月22日の清水エスパルスとの静岡ダービー。藤枝駅前のシャトルバス乗り場には、試合前2時間以上前から長蛇の列。この日の藤枝総合運動公園サッカー場の来場者数は、藤枝MYFC史上最多となる1万667人となった。

「ユニタビ」の実績を見ると、この試合を登録した人数は約600人。さらに、Jリーグチケットで購入した観戦チケットの情報を「ユニタビ」に登録した人数は約200人。試合登録や観戦チケット登録を行うと、その試合が開催されるスタジアムへのアクセス情報や周辺情報、観光ガイド、選手やサポーターが利用している飲食店など、地元ならではの情報を確認することができる。

「ユニタビ」では、この試合に合わせてスタンプラリーイベントも展開。藤枝市観光案内所、藤枝市サッカーミュージアム、玉露の里などの観光スポットや飲食店へのチェックインも見られたという。

さらに、地元事業者が発行するクーポンの利用回数は35回。山﨑氏によると、スタジアムの「ユニタビ」ブースで、「試合前に『玉露の里』でクーポンを使った」という声も聞かれたという。「『玉露の里』は、スタジアムから距離があるが、わざわざ試合前に訪れていることから、従来の観戦とは異なる行動変容が見られている」と手応えを示す。

9月22日の清水エスパルスとの静岡ダービーは史上最多となる1万667人

地域とクラブをつなげる明確な役割分担

このプロジェクトの2つ目のカギは、地域の事業者向けに、LINEを活用したコミュニティプラットフォームを構築し、受入態勢の整備に取り組んでいるところだ。事業者向けに、試合開始日や試合時間、チケット販売数や来場者数予測などのデータを提供する一方、事業者はLINEのプッシュ通知でタイミングに合わせたクーポンの発行や広告の展開が可能になる。

例えば、事業者に対して試合終了を知らせる通知と共に、お店の開店状況を尋ねる通知を配信。事業者がLINE上で「開店している」「空席あり」などと応えると、その状況やクーポン情報などが「ユニタビ」に反映され、プッシュ通知で試合帰りの利用者に送られる。

現在のところ、登録事業者数は飲食店を中心に約30店舗。藤枝観光協会事務局長の蒔田大氏は「街が面で観戦者を受け入れる対応をしていく」と意欲を示す。そのうえで、「藤枝のサッカーの歴史は100年。サッカーをやる人も見る人も受け入れる環境があり、文化になっている。それをまちづくりにも活かしていきたい」と話す。

登録事業者の開拓には、「一軒一軒、ドアをノックして登録をお願いしている」(蒔田氏)。それぞれ温度差はあるが、「Jリーグの観戦で来るお客さんをしっかりと拾いたいと考えている事業者は多い」という。

こうした観光協会のアプローチに、このプロジェクトの強みがある。山﨑氏は「この取り組みで一番ハマったのは、藤枝市とナビタイムの役割分担の座組が明確にできたこと」と話す。ナビタイムは情報提供の手段を用意する。自治体や観光協会は、情報提供の手段と事業者をつなげる。蒔田氏も「観光協会は地域とクラブとのスペースを埋めていく」と明快だ。

また、山﨑氏は、このプロジェクトのポイントの一つとして、事業者自らが情報を入力するところを挙げる。「ユニタビ」の混雑情報も人力で入力しているという。「観光DXでもデジタル化しすぎず、人の手をうまく使うことで、地域のプロジェクトへの参画意識が高まる」と話す。

(左から)藤枝観光協会の蒔田氏、「魚時会館おさかな亭」の石上氏、ナビタイムの山﨑氏

参画事業者の手応えと見えてきた課題とは

「ユニタビ」の取り組みは、参画事業者にも好評のようだ。「プロジェクトを聞いた時、面白そうだなと思った」と飲食店『魚時会館おさかな亭』を営む石上忠義氏。「藤枝MYFCは、藤枝の地域資源。事業者はそれを商売に生かしながら、地域として藤枝MYFCをサポートするような関係ができたらと前から思っていた」と明かす。

また、「ユニタビ」のメリットとして、事前に情報を提供できることを挙げる。特に、市外から観戦に訪れるアウェイチームのサポーターにとっては有益で、「地域としては、彼らの地域での滞留や新たな流れをつくり出すことができる」と話す。

全国で開催されるJリーグの試合では、観光の文脈で言うと、いわゆる「アウェイツーリズム」が注目されているが、「ユニタビ」では居住地と好きなクラブを登録することから、その人がその試合の日に立ち寄った場所がデータとしてわかるという。

藤枝MYFCは、2023年シーズンからJ3からJ2に昇格した。石上氏は「それは非常に大きいこと」と話す。スタジアムの来場者数が1試合600人ほどだったのが、一気に3000~4000人に増えた。「それだけの人が動くと、それだけ経済も動く」と期待は大きい。

ただ、課題もある。「ユニタビ」では、飲食店などでの空席情報も取得できるが、そこから予約に結びつけるまでには至っていない。店舗のデジタル対応が遅れていることから、オンライン予約の仕組みが整わず、まだ現金のみ扱う店舗も多いという。

また、山﨑氏は、試合後の突発的な混雑など現場で生じる問題へのデジタル対応に改善の余地があるとの見解を示す。

さらに、蒔田氏は「実証の段階で、事業者に少しでも効果を実感してもらわなければ、来年からの自走につながらない」と話し、事業者との「チームづくり」の重要性を指摘した。

街の各所で「ユニタビ」登録を促す仕掛け

模索が続く輸送手段の効率化

輸送手段の効率化もこのプロジェクトの取り組みの一つとして位置付けられている。藤枝市内の公共交通機関は脆弱なため、特にスタジアム周辺では試合終了後の渋滞など、交通問題が発生しているという。

その解決方法の一つとして、静鉄タクシーと連携し、ユニタビでマッチングできる相乗りタクシーの実証も行っている。藤枝駅からスタジアムまでは約6キロ、車で10分ほどの距離だ。

実証では、駅前の通常のタクシー乗り場とは別に相乗りタクシー乗り場を設定。基本は事前予約だが、認知が進んでいないために、シャトルバスに並んでいる人に声がけを行い、希望者を相乗りタクシーに誘導したという。

通常のタクシー料金は約2000円。相乗り4人で一人500円ほど。ただ、シャトルバスが無料であることから、快適性と有料とのバランスに難しさがあるようだ。

ナビタイムジャパンでは、実証を通じて周遊データを収集・分析したうえで、将来的には相乗りタクシーをはじめ、バス、シェアサイクルなどの代替モビリティの選択肢を「ユニタビ」で紹介することで、効率的な移動の支援を目指す考えだ。

試合前、シャトルバス乗り場には長蛇の列。プロジェクトでは交通の利便性向上にも取り組む

持続可能な地域づくりに大切なのは継続性

山﨑氏は、「スポーツツーリズムの取り組みに大切なのは継続性」と強調する。スポーツ観戦は、毎試合見にいく人ばかりではない。「たとえば、年間数回しか行かない人にも『ユニタビ』を使ってもらうためには、プロジェクトを継続させていかなければいけない」と続けた。

その継続の先に「持続可能な地域経済の活性化」が見えてくる。

「藤枝が志太榛原地域(静岡県中西部)の観光のハブのような存在になれば」と石上氏。藤枝MYFCを媒体に、地域と藤枝MYFCサポーター、アウェイサポーターが関係人口となる世界の実現に期待をかけた。

トラベルジャーナリスト 山田友樹

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