自然災害や感染症、経済不況といった危機や逆境に対応して回復する能力、レジリエンスの向上が日本を含め世界的な課題となるなか、日本と国連の連携により2024年11月に仙台で「観光レジリエンスサミット」が開催された。
会期中はプログラムの1つとして「過去の危機の経験と教訓を次の危機への備えにどう活かすか」に焦点をあてたシンポジウムがおこなわれ、産官学の有識者が意見を交わした。そのなかから、開催地の仙台の取り組みを中心に紹介する。
国際的に中核なす「仙台防災枠組み」
基調講演には、国連防災機関(UNDRR)駐日代表の松岡由季氏が登壇。「地球のレジリエンス(強靭性)向上のために-仙台防災枠組みの実施と観光レジリエンス-」と題し、国連の「仙台防災枠組み」の概要と果たす役割を説明した。
「仙台防災枠組み」は、2015年に仙台市で開催された第3回国連防災世界会議で、各国政府の議論によって採択され、国際的な防災レジリエンスの取り組みの中核となっている。すべての国連加盟国には自国で仙台防災枠組みを実施することが要請されており、UNDRRはその活動を推進する役割も担う。
松岡氏は、近年、気候関連災害の激甚化、頻発化が進んでおり、1980年から1999年の20年間と2000年から2019年の20年間を比較すると、災害数、死者数、被災者数、経済的損失が全て増加していることに言及。「レジリエンスの出発点として、『災害は自然ではない』ことを押さえておきたい。地震や火山の噴火、台風といった自然災害を人間が止めることはできないが、もともと社会には自然災害に対する脆弱性、曝露というものが存在しており、それらが自然災害と掛け合わされることによって、災害リスクが高まる」との考え方を示した。
また、脆弱性や曝露は、経済、社会、環境など様々な要因があるため、災害が起こる前に災害リスクを軽減し、自然災害が起こったときに災害を最小限にするための方策、政策、アクションを多方面からとることが、防災減災レジリエンスの構築にあたると説明。「同時に、災害が起きた後の復興プロセスにおいても、教訓として得たリスクを軽減するための対策を取り、より良い復興を遂げることが重要。防災はコストではなく、強靭性を向上、構築するための投資である」と訴えた。
発災前の投資が重要、「安心して訪問できる観光地」の価値を
仙台防災枠組みでは、7つのグローバルターゲット(1:死亡者数の削減、2:被災者数の削減、3:経済的損失の削減、4:重要インフラへの損害や基本サービスの途絶の削減、5:国と地方の防災戦略を有する国家の増加、6:開発途上国への国際協力の増加、7:マルチハザードに対応した早期警報システムの増加)を規定している。
「2023年の中間報告では目標の2、3、4の数字が悪化しており、軌道に乗っているとは言えない。だが5と7は大幅に改善しており、その結果、1も改善されている」(松岡氏)。なかでも7のマルチハザード早期警報システムは、開発途上国や小島嶼国の3分の2がいまだ保有できていないため、国連事務総長が音頭を取り、すべての国が早期警報システムでカバーされる状態を目指している。
また、仙台防災枠組みでは、包括的な優先行動として4つのアクション(1:災害リスクの理解、2:災害リスク管理のための災害リスク・ガバナンスの強化、3:強靭性のための災害リスク軽減のための投資、4:効果的な応急対応のための災害への備えの強化と復旧・再建・復興におけるよりよい復興)を提唱している。
松岡氏は、「観光レジリエンスでは、この4つの優先行動を念頭に置いた包括的な視点が有用で、発災前からのリスクの軽減、強靭性への構築、投資に重点が置かれるべきということを強調したい。多様なステークホルダーが責任を共有する社会全体の関与、連携も非常に重要であり、意思決定においては科学技術の研究成果の活用、包摂的なアプローチ、官民産学の連携、そしてレジリエンス構築への投資の推進が必要になる」と述べた。
さらに、こうした活動により観光レジリエンスが促進されることで、「安心して訪問できる観光地」としての評価が得られ、デスティネーションとしてのブランド価値が高まるだけでなく、観光資源を通じた社会全体の防災文化の醸成、レジリエンスの向上も期待できるとし、「仙台防災枠組みを観光事業者や地域のツールとして活用してほしい」と呼びかけた。
中小企業、零細企業の対応が急務
続いて行われたパネルセッション1では、観光レジリエンス研究所代表の高松正人氏がモデレーターを務め、「観光危機発生時への備え ―観光客・旅行者の安全と安心を確保するために必要なこと」とのテーマで4人の有識者が、異なる立場から観光レジリエンスに向けた取り組みや課題を発表した。登壇者は、太平洋アジア観光協会(PATA)の持続可能性及び研究部長の Pavnesh Kumar氏、国土交通省気象庁仙台管区気象台気象防災部長の塚本尚樹氏、仙台観光国際協会理事長の結城由夫氏、和倉温泉加賀屋支配人、道下範人氏の4人。
PATAのPavnesh Kumar氏は「災害やパンデミックが今後どこでも起こりうるなか、観光業界がしっかりと生き残り、繁栄を続けていくことが重要だ」と話し、ツーリズム・ディスティネーションにおけるレジリエンス(Tourism Destination Resilience :TDR)の重要性を説いた。
PATAではTDRを「観光地が逆境に耐え、危機や災害から立ち直ることを可能にするプロセスおよび結果」と定義し、その中核として、リスク評価、リスク管理、適応能力を挙げている。すなわち、危機に備えた予防措置、危機中の対応、危機後の回復が求められており、これらが最終的に観光産業や観光地のサステナビリティにつながるという考え方だ。
また、PATAは、政策立案者及び政治家、観光事業者、立場の弱い労働者の3方面に対してTDRを推進するためのプログラムを展開している。政策立案者や政治家に対しては、観光地におけるレジリエンスがいかに重要か認識してもらうための活動に注力し、観光事業者や働き手に対しては、具体的にTDRを達成するための10のモジュールを6言語(英語、中国語、インドネシア語、クメール語、タイ語、ベトナム語)で展開。そのほかTDRに関する資料を備えたオンライン・ライブラリー、自分たちの地域が抱えるリスクをチェックできるツール、リスク評価に役立つツールなどを提供しており、オンラインやリアル開催でトレーニングやワークショップも実施している。
「観光産業全体の80~90%は中小企業と零細企業が占めている。仮に観光産業で100のビジネスがストップしたら、2年で全体の2割が倒産し、10年後には20~30%しか残らないとの試算もあるほど、脆弱な産業だ。PATAとして、中小企業にレジリエンスに必要な知識とスキルを提供するにあたり、特にファイナンスの知識、デジタルスキルの強化を重視している」(Kumar氏)。
ファイナンスに関しては、基礎知識、リスク管理、ファイナンシャル・マネジメント、サステナビリティがもたらす利益など、デジタルスキルに関しては、デジタルマーケティング、事業のオンライン化、サイバーセキュリティなどを学べるプログラムを用意している。Kumar氏は「観光レジリエンスは、アジア太平洋地域におけるサステナブルツーリズムのひとつの柱。環境、経済のサステナビリティ、安全、健康といった分野から、観光産業のレジリエンスと適応能力を高めていきたい。観光産業全体をレジリエントにすることを目指し、今後も活動を続けていく」と語った。
親身な対応と通信手段の確保が重要
パネルセッション2では、「危機後の事業継続と復興への備え ―観光地・観光事業者への影響を最小限にするために必要なこと」というテーマのもと、日本観光振興協会常務理事の内山尚志氏、東日本旅客鉄道(JR東日本)マーケティング本部くらしづくり・地方創生部門長の沢登正行氏、東北大学災害科学国際研究所教授の丸谷浩明氏、JICA(国際協力機構)の専門家として、カリブ地域で観光レジリエンスに取り組む、松村直樹氏の4人が登壇。発災後に観光産業が受ける様々な影響と、その立て直しを見越したBCP(事業継続計画 Business Continuity Plan)の確立、そのための人材教育などについて意見を交わした。
東北大学災害科学国際研究所教授の丸谷氏は冒頭、東日本大震災の本震後、JR仙台駅周辺に集まった1万1000人もの帰宅困難者を地域住民のための避難所に誘導したことで避難所がパンク状態になった事態を「失敗例」として紹介。そのうえで、仙台市ではこうした失敗から改善を重ね、現在では国内でも最先端の発災時の帰宅困難者対策と訓練が実施されていることを説明した。「日本の防災対策が他国に比べて先進的と評価されるのは、仙台市をはじめ多くの自治体が過去の失敗から学んできたからこそ。BCPは、過去の失敗をいかに回避するか考えて作られた計画であると理解してほしい」(丸谷氏)。
また、丸谷氏は、観光産業は産業の構造上、BCPが普及しにくい産業であることを指摘。その理由として「観光産業は中小企業が多く、BCPを策定するための人材及びスキルが不足している」「産業の構造上、消費者と直接取引するケースが多く、他産業のように取引先からBCP策定を要請されることが少ない」「一般的なBCPでは、自然災害やパンデミックなどの非常時に、供給量が下がることをいかに克服するかを重視しているが、観光産業においては供給ではなく観光需要が下がるため、個々の事業者として対策が取りにくい」の3つを挙げた。
さらに丸谷氏は、「観光産業のBCP策定は産業構造上、難しい点はあるが、それぞれの現場でできることは必ずある」と話し、観光産業のBCPの重要な要素として、旅行者を含む被災者や帰宅困難者への親身な対応と通信手段の確保の2点を紹介。
「たとえば、宿をチェックアウトした人が発災後に自宅に戻れなくなり、宿に戻ってきたときに、その人たちを宿で受け入れるかどうかで、宿に対する評価は大きく変わる。顧客の安全確保を親身に行ったかどうかで、風評被害による需要減少は避けられることがある。必要な情報を、外国人旅行者を含めた被災者や帰宅困難者にスムーズに届けるための仕組みづくりも必要だ。同様に非常時の通信手段をいかに確保するかは、観光産業のBCPとして重要な要素。こうした重要な要素だけはまず取り組みを始め、誰でも共有できるようにすることが大切だ」と語った。
次回のレポートでは、観光に特化した危機管理計画を策定した仙台市、能登半島地震で宿泊客を守るため奔走した和倉温泉加賀屋の取り組みを詳報する。