中国市場向けマーケティングに関わったことのある人なら皆、「ウィーチャット(WeChat)」の名前を知っているだろう。モバイル対応アプリであり、ソーシャルメディアのプラットフォーム。アクティブユーザー数は今や10億人超。もはや欠かせない存在だ。
ウィーチャットは、生活全般をカバーしている中国の「ライフアプリ」だ。友達とのおしゃべり、仕事のカンファレンスコール、休暇写真のシェア、航空券の予約、日々の請求書支払いなど、ウィーチャットがなければ何も始まらない。
ただし、ウィーチャットを使えばすべてうまくいくというほど話は単純ではない。公式アカウントさえ開設すれば万事解決する時代は終わった。コンテンツがあまりにも膨大に増えてしまった結果、ユーザーからの閲覧率は急降下中。一方的に情報を受け取るだけでは、ユーザーの心は動かない。
では旅行マーケティングを中心としたウィーチャット活用術において、次の一手はどう打つべきか。今までのウィーチャット戦略を刷新し、中国の消費者の関心を最大限に引き出し、コンバージョンをアップするためには何が必要なのだろうか――?
※編集部注:この記事は、世界的な旅行調査フォーカスライト社が運営するニュースメディア「フォーカスワイヤ(PhocusWire)」に掲載された英文記事について、同社との提携に基づいて、トラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集しました。
直面している難題の数々
ウィーチャットの発表によると、2017年9月時点でのアクティブ公式アカウント数は350万。これだけの規模に膨らみ、それぞれがユーザーの興味を惹こうとしのぎを削る状況下では、どうしても情報の閲覧率は低下する。2017年の調査では、公式アカウントの39%で閲覧率は低下。同33%は横ばい、同28%は上昇したと回答している。
主要旅行ブランドによるウィーチャット公式アカウントでの投稿はどうか。ドラゴントレイル社がまとめたウィーチャット関連ランキングで2017年第2四半期と2018年同期を比較すると、投稿一件当たりの平均閲覧(ビュー)数は、すべてのカテゴリーで減少した。唯一の例外はクルーズ分野で、ほぼ同レベルで推移していた。
平均閲覧数の減少が特に目立ったのは観光局(NTO)で、マイナス幅は37.4%。主な要因は大手観光局アカウントでの伸び悩みで、オーストラリア政府観光局(67.7%減)やカナダ観光局(48.7%減)の下落傾向が全体の数字に影響した。一方、日本観光局(ビジット・ジャパン)は22.9%増、ニュージーランド政府観光局は26%増となるなど、ここ数年で平均閲覧数が伸びている観光局もある。
競争が激化し、閲覧率も低下しているウィーチャットでもっと注目してもらうために、マーケターはさらなる努力と広告予算の拡大を強いられている。しかし良質なコンテンツが必ずしも成約率を高めてくれるとはかぎらない。
ウィーチャットは、シンプルなメッセージングアプリとして誕生したが、どんどん新しい機能を開発し、性能を増やしながら成長。今では日々の生活に欠かせないツールとなっている。そんな経緯もあり、ユーザー側は、企業各社がウィーチャットで提供するサービスについても、同じような展開があって当然だと感じている。
面白い記事をいくつかアップするだけでは、こうした期待には応えきれない。ユーザーにとって、双方向でのやりとりは当然であり、予約・支払いから顧客サービスまで、すべてウーチャットで済ませたいと思っている。
もっと効率的にウィーチャットを活用するには
ウィーチャットで苦戦している公式アカウントは多いが、逆境を克服して効果的なインセンティブを打ち出し、フォロワーたちから反響を得ているアカウントもある。
第2四半期データを見ると、バイキング・クルーズ、エールフランス航空、エア・カナダの各社では平均閲覧数が上昇。それぞれ64.6%増、10.5%増、10.3%増だった。いずれのアカウントも、2018年に独自キャンペーンで人気コンテストを展開、これがユーザーの動きを刺激し、新しいフォロワー獲得に役立った。
こうしたコンテストはいずれもユーザー参加型で共有も可能。エア・カナダでは、中国マーケティング企業ドラゴントレイル社のプラットフォーム「Fenghuo」を活用し、アクティブユーザーたちに関するデータも収集した。同社では今後、よりパーソナライズ化したマーケティング展開に向けて、これを役立てていく計画だ。
ウィーチャットのミニプログラムは、マーケターが注目するべき新機能の一つで、特に旅行系ブランド各社にとって使い勝手がよさそうだ。中国人旅行者が、現地に滞在しているときに相手とつながり、ガイド情報を届けられるからだ。
チューリッヒやヘルシンキ市当局では、すでに同機能を活用しており、現地ローカルでのアトラクションや各種有料サービスをレコメンドしている。そのほか、インタラクティブな地図、天気予報、イベントカレンダーなど、滞在中に役立ちそうな情報も提供している。
2018年からは、ホテルによる活用も始まっている。ミニプログラムを使って、ゲストサービス情報を紹介したり、ホテル商品の追加販売を行うことも。滞在先に関するローカルガイド情報も提供し、ゲストの旅行全般をレベルアップする手法として役立てている。
ミニプログラムを使ってウィーチャットユーザーの関心をつかむには、たくさんの機能を盛り込むことが不可欠、という訳でもない。例えばフィンエアーでは、ミニプログラム導入の効果で、2018年第2四半期は記事の平均閲覧率が前年同期比187.8%増と大きく伸びた。しかし同社がやったことは、AIを活用し、ユーザーがアップロードした食べ物の画像(例えば麺とか、デザートとか)を認識、その画像に音楽を組み合わせ、さらに中国路線の機内食ページへのリンクを付けることだった。
もちろんミニプログラムには便利な機能が色々あるので、幅広く活用するべきだ。とはいえ、人気機能の一つがゲームであることから推察できる通り、フィンエアーが考案したようなシンプルなプログラムのほうが、実はユーザーの心に響き、自社ブランドへの愛着を深め、企業アカウントをシェアしたり、注目を集めるきっかけにもなる。
ガイド情報、予約、支払い、位置情報サービス付き地図など、さまざまなB2Cサービスに加えて、旅行取引におけるB2Bマーケティング機能でも、ウィーチャット活用方法は色々ある。中国では、ソーシャルな交流だけでなく、仕事上でも欠かせないツールとなっているからだ。
次の一手は?
ドラゴントレイルでは、これまでに中国旅行アカデミー(CTA)と提携し、中国の旅行会社向けに、ウィーチャットベースの研修プログラムを企画。世界20以上の都市や旅行ビジネスに関する内容を提供している。続く第二段として考案したのが「CTAライブ」だ。こちらはウィーチャットのミニプログラムを使い、旅行関連各社が中国市場向けのプロモーションを効率的に展開するためのツールで、一度に2万8000人の登録ユーザーを対象とした「ライブウェビナー」が開催できる。
ウィーチャットをより効果的に使えば、オフラインの拠点に働きかけて、自社アカウントやミニプログラムへのアクセスを増やすことができる。
この場合は、QRコードを活用する。まず広告に掲載したり、観光施設やホテル、旅行関連スポットでQRコードを表示する。独自のデザインを取り入れたQRコードを作成してブランドPR効果を狙ったり、ウィーチャットユーザーの興味を惹くことも一案だ。
最後にもう一つ。今やウィーチャットの役割は非常に多彩だが、2011年の創業時と同様、依然としてメッセージングが同アプリの中核であることに変わりはない。
チャットボットでのやりとり、ライブメッセージング、あるいは両方を組み合わせた手法など様々だが、共通しているのは、顧客にとって便利であり、企業ブランドへのロイヤルティを刺激し、最終的には売上アップにつなげるという目的だ。コンシェルジェから予約、旅行のカスタマイズ、顧客向けアシスタンスまで、メッセージ機能は、あらゆるサービスの場において活躍する。
ウィーチャットのメッセージ機能は、中国人ユーザー向け販売業務に便利なだけではない。自社の潜在顧客層について理解を深め、相手のリアルなプロファイルデータを把握する貴重な場であり、マクロレベルおよび個人レベルで、現在から未来までのマーケティングやサービス活性化が実現できる。
顧客に質問し、その要望に耳を傾けることで、企業側は重要な情報を得ている。例えば、
・このお客様は、出張に行くのか、それとも観光目的なのか?
・一人旅か、それとも家族と一緒なのか?
・独身か、既婚か?
チャットを通じて相手の人物像に関する質問をすると、その人の個人的な嗜好が見えてくる。一つ一つ、積み木を重ねるうちに形が出来上がっていくような作業だ。その結果、何気ない会話や追加販売、旅行後のフォローアップといった顧客との関わりすべてにおいて、相手のニーズをより的確にくみとりやすくなる。
またメッセージで収集したデータは、マクロレベルで自社の顧客層を深く理解するにも役立ち、今後のマーケティング施策やサービス開発を成功へと導く。顧客とメッセージをやりとりすることでウィーチャット個人IDのデータを収集、中国市場のマーケティングデータベースも構築できる。
正しい戦略を立案すれば、ウィーチャットは非常にパワフルなコネクターとなる。ただし、最も威力を発揮するのは、ユーザーにもメリットがあるインタラクティブなやりとりでの活用だということは把握しておいたほうがよいだろう。
※編集部注:この記事は、世界的な旅行調査フォーカスライト社が運営するニュースメディア「フォーカスワイヤ(PhocusWire)」に掲載された英文記事について、同社との提携に基づいて、トラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集しました。
※オリジナル記事:What is next with WeChat marketing for travel brands?
著者:シエナ・パルリス-クック(Sienna Parulis-Cook)氏 ドラゴントレイル・インセンティブ社 コミュニケーション・マネジャー