AI(人工知能)に代表されるテクノロジーの進化で、企業のマーケティングが大きく変わりつつある。経営側はどうすればテクノロジーを活用できるのか。
2019年2月に開催されたJATA経営フォーラム2019年「旅行業革新への挑戦(トライ)」の分科会では、「テクノロジーが変える経営とツーリズムマーケット」をテーマに、デジタルのプロフェッショナルが集まり、AIやデータドリブン(データ分析による未来予測や意思決定)が今後の旅行者の体験や旅行市場に与える影響をひもとき、変革する市場に対峙していくためのこれからの経営の姿について意見を交わした。
パネリストは日本マイクロソフト執行役員常務、デジタルトランスフォーメーション事業本部長の伊藤かつら氏、ナビタイムジャパン取締役副社長兼CTOの菊池新氏、トラベルボイス代表取締役社長の鶴本浩司。モデレーターはJTB Web販売部戦略統括部長の三島健氏が務めた。
自分が知らない世界をビッグデータが知っている ―トラベルボイス:鶴本
分科会の前半では、3名のパネリストがそれぞれプレゼンテーションを行った。トラベルボイスの鶴本は、「観光×デジタル」における2018年のトレンドを紹介。大きな2つの潮流として、通信会社をはじめとした異業種大手企業の参入本格化、テクノロジー会社によるスタートアップの活発化を挙げた上で、「たとえば、OTAは自分たちを旅行会社だとは思っていない。入口がそもそも違う」と述べた。
従来の旅館業法、旅行業法の枠を超えたビジネスモデルも続々と生まれている。キャンセルされた客室を流通するマーケットプレイス、旅行相談をLINE上でAIを交えながら受けて予約まで完結するサービスなどの出現を例として挙げ、「旅行業法や旅館業法に沿うことは確かに大切だが、業法はネットの世界を想定せず策定された。新しい発想のアイデアが業界を変えようとしている」と指摘した。
また、情報の流通と事業者間で起きていることについて、従来の事業者によるCRMマーケティングから旅行者がベンダーを管理する状況になっていること、Airbnbを筆頭に消費者も評価されるようになったこと、Wi-Fi環境の整備によりタビナカマーケティングの重要性が増していることの3点を挙げ、「自分自身が知らない世界をビッグデータによるITが知っている。そんな時代が本格化する」との見方を示した。
AIとクラウドがテクノロジーの使い方を変える ―マイクロソフト:伊藤氏
鶴本が観光分野を中心にトレンドを語ったのに対し、日本全体のテクノロジーによるビジネスイノベーションに言及したのは、日本マイクロソフトの伊藤氏だ。
伊藤氏はまず、「AIとクラウドがビジネスにおけるテクノロジーの使い方を大きく変えている」と指摘。デジタルトランスフォーメーション、すなわちデジタルで企業改革するためには、オペレーションの最適化、お客様とのつながり、製品のイノベーション、社員のパワーを与えるエンパワーメントの4つのポイントが重要になるとの考え方を示した。4つが重なって相互作用するポイントがデータで、「データにAIのインテリジェンスを活用し、アクションをとることがデジタルトランスフォーメーションの肝になる」と解説した。
一方、こうしたAIの重要性が増していることに対しては、「AIは人を脅かす存在ではなく、新しい考え方、アプローチを得るためのツール」との見解。具体的に、販売店と本社のコミュニケーションを増やすために、クラウドでセキュリティの高いチャットを導入し、社員のエンパワーメントを高めたニトリ、人手不足を解消するためにIoTの活用で初心者でも簡単に重機などを操作できるようにした建設業界の事例を紹介した。
今年はブロックチェーンが様々なジャンルに活用される ―ナビタイム:菊池氏
実際の企業経営者はどうか。検索経路ナビゲーションの最大手であり、2016年には旅行事業にも参入したナビタイムジャパンの菊池氏は、「膨大なデータで即時性を保つために、マルチクラウドの重要性が増している」と述べた。マルチクラウドとは、複数の事業者が運用しているクラウドを連携させて横断的に相互利用するもの。ナビゲーションのユーザー数は天候や季節によって大きく左右される。雪をはじめとした悪天候時はダイヤが乱れアクセス数が急増するためだ。
また、関心が高まるパーソナライズに対する考え方として、従来の同社のサービスは出発地から目的地まで誰が検索しても同じ経路が出ていたが、「人によって使いたい経路はそれぞれ違う。それまでの行動パターンによって志向を先取りして考慮しながら、高速計算で提案できるものを目指したい」と意気込んだ。
2019年のトレンドについては、ブロックチェーンを挙げた。ブロックチェーンというと、仮想通貨の運用の仕組みとして知られる技術だが、「今年は様々なジャンルへの活用が見込まれる。グーグルマップでさえ悪用した振り込め詐欺がアジアで急増している時代、データへの信憑性が高いブロックチェーンの技術を応用する構想がナビタイムにもある」と語った。
VRやARで高齢者も体験できる新しい旅のカタチ
3氏のプレゼンテーションを受けて、モデレーターの三島氏は「私たちが普段使っているサービスにはかなり裏側がある。旅行者の7割がオンライン化するなか、テクノロジーに支えられているというより、テクノロジーがないと進まない時代になり、業界の境界を超えてつなぎ合わせるゲートキーパー(門番)が次々登場している」と指摘した。
三島氏がさらに、「ゲートキーパーはどんな存在になるか」と投げかけたのに対し、鶴本は「旅行する際、大半がまず検索する。たとえば、アメリカではグーグルで行き先を検索しただけで、航空券やホテルの手配までグーグル内で完結し、OTAさえ飛ばされている」と海外のトレンドを紹介。伊藤氏も「SNSも含め、いったん検索すると、それまでの履歴、行動がすべてつながって最も興味あるものを提供する強みがある。オフラインはどう太刀打ちしていくのか」と懸念を示し、三島氏は「高齢者もVRやARを使えば、歩けなくなっても新しい旅行のカタチを体験できることになる」との考えを述べた。
モノからコトへだけでなく、さらにトキ消費が重要に
また、これまで積み上げてきたデータから「今週末、どこが混むか」「混雑を避けるにはどんな経路を使えばよいか」といった未来予測ができるのがナビタイムの強みだ。菊池氏のプレゼンテーションを受けて、鶴本は「モノ消費からコト消費へと叫ばれているが、さらに進んでその瞬間、その場所にいなければ体験できないトキ消費が重要になり、テクノロジーの活用が見込まれる」との考え方も示した。
リテールや海外の事例も織り交ぜて考察した今回の分科会。三島氏は「変革が求められる企業の経営やマーケティング戦略。まさに今、ひとつのテクノロジーの誕生をきっかけに市場が大きく変わろうとしている」とまとめた。
取材・記事 野間麻衣子