家族旅行客が足止めされ、ハネムーンやバケーションはキャンセル、そして何千人もの従業員が失業――。英国の旅行大手「トーマス・クック」とその系列航空会社やホテルが突然経営破綻したことで、週明けの2019年9月23日は世界中で大勢の旅行者やビジネスが大混乱となった。AP通信が報じている現地の状況をまとめた。
※写真は23日のロンドン・ガトウィック空港の様子。破綻したトーマス・クックのチェックインデスクは空の状態になっている。
経営破綻の余波は旅行業全体に
債務の重圧やオンライン市場での競争激化など、複数の原因が重なり、178年の歴史を誇るパッケージツアーの元祖「トーマス・クック」は深夜に営業停止を決めた。傘下にある4つの航空会社は旅客の輸送を中止し、世界16カ国にわたる2万1000人の社員が職を失った。
経営破綻の余波は旅行業全体に及ぶが、特に地中海方面のデスティネーションで影響が大きい。どうやって自宅に戻ればよいのか途方に暮れる旅行者、宿泊費の回収に不安を抱えるホテル、チェックアウト時の支払い強要におびえる宿泊客、そしてキャンセル続出に頭を抱えるリゾート地など、各地で混乱が見られた。
破綻が明らかになる直前の日曜日、この時点でトーマス・クックの手配で旅行中だった人は約60万人。このうち、何人が旅行先で足止めされているのかは不明だ。英国外の系列会社の中には、地元当局と協議し、オペレーションの継続を模索しているところもある。
英国政府は対応策に動き出しており、推定15万人といわれる世界各地でバケーション中だった英国人旅行者のために帰国便を手配している。戦時下を除くと、平時の本国送還としては同国の歴史始まって以来の規模という。
推定100万人が旅行キャンセルに直面
各地の報道によると、ギリシャでは、約5万人のトーマス・クック利用客が動けなくなっている。同様に、スペインのカナリア諸島では3万人、トルコでは2万1000人、キプロスでは1万5000人ほど。こうした旅行者は、帰国手段を求めて空港で列に並んでいる。
ジェイムズ・エガートン-スタンブリッジ夫妻は、妻のキムさんの60歳の誕生日祝いに、ロンドンのガトウィック空港からエジプトへ出発する矢先、飛行機の運航中止を知った。「今朝、キムは泣き出してしまって。もう私たちにとっては大変なショックです」と話した。
出発後にニュースを知った人もいる。スウェーデンのベングト・オルソン氏はキプロスを旅行中だったが、「ここは温暖で快適。もっとひどい場所にいる時でなくてよかった」。
最も厳しい現実に直面しているは、トーマス・クックの従業員だ。一晩明けたら、仕事がなくなっていたという突然の事態に、英国航空パイロット協会の代表を務めるブライアン・ストラットン氏は「何の警告もなく、後ろから不意打ちをくらったようなもの」と語った。
予定していた旅行の予約キャンセルを余技なくされた人は、推定100万人。旅行保険などの取り決めに従って払い戻しが行われるケースが大半となる見込みだが、お金がいつ戻ってくるのかはまだはっきりしない。トーマス・クックによると、同社の年間利用客は2200万人にのぼる。
固定費の圧迫や新たな旅行スタイルへの対応遅れ、英国のEU離脱問題などが引き金に
1841年に創業し、イングランドで日帰りの鉄道の旅を売り出し、その後、世界中で旅行のオペレーションを展開するようになった同社だが、近年は格安航空会社や低価格のオンライン予約サイトの台頭により苦戦を強いられていた。
インターネットの旅行サイトに比べて、トーマス・クックの固定費は巨大だった。105機のジェット機を運航し、英国内の550か所ほどに旅行代理店を展開、さらに各地のビーチリゾートで200軒のホテルを展開していた。
CMCマーケットのマイケル・ヒューソン市場分析責任者は「昨今、人気が高い旅行のスタイルは、好きなサービスだけを選んで予約し、パッケージツアーを自由に組み立てるやり方。加えてAirbnb(エアビーアンドビー)などの新規参入組もあり、旅行産業は昔とは全く違う。移動手段、ホテル、レンタカーなどをバラバラに予約するのが普通だ」と指摘する。
さらにここ数年、中近東で頻発するテロ事件や、異常気象でヨーロッパ北部にも熱波が押し寄せるようになり、遠出する人が減ったこともマイナス材料となった。
また同社によると、状況のさらなる悪化を招いたのが、英国のEU離脱について不透明な情勢が続くなか、旅行予約が伸び悩んでいたこと。ポンド下落により、英国人旅行者にとって海外旅行が割高になったことも一因だ。
欧州各国が対応を開始、国によって異なる対応も
だがこうした条件はライバルの旅行系企業にとっても似たようなものだ。トーマス・クックでは20億ドルの負債を抱えており、経営破綻を回避するため、週末にかけて株主や債権者と2億ポンド(2億5000万ドル)の資金援助を協議していた。
月曜の夜明け前、同社のピーター・ファンクハウザー最高経営責任者(CEO)はオフィスの外に現れると、破産の阻止に向けた協議が不調に終わったことを明らかにした。「この結果が多くの人に非常に困難な状況をもたらし、大変な不安とストレス、混乱を招くと理解している」と同CEOはコメントしている。
英政府は今後2週間、旅行者が無料で利用できるチャーター機を10数機ほど手配するが、飛行機の遅延もありえるとし、人々に忍耐を呼び掛けている。
国連での会議出席でニューヨークに向かっていたボリス・ジョンソン英首相は、政府が同社を救済しない方針を決めたことについて、適切だったとの考えを表明。今後、他社が同様の救済措置を期待するような状況を避けるためとしている。
トーマス・クック利用客の多くは英国在住であるため、同国政府による公的な旅行保険の保護下にある。英国では、旅行者が海外滞在中にツアーを手配した英国の旅行会社に万一の事態が起きても、帰国できるよう保証している。
一方、トーマス・クック系列の航空会社、コンドルが運航しているドイツでは、政府が同社へのつなぎ融資を検討している。コンドル便は運航を継続しているが、トーマス・クックの旅客の搭乗は受け付けを中止している。
トーマス・クックの破綻は、同社の旅客を中心に受けいれてきた3150軒ほどのリゾートホテルにとっても大打撃だ。通年で人気の高い欧州のリゾート、スペインのカナリア諸島では、ホテル協会が経済的な影響を懸念。スペイン政府は地元関係者とのミーティングを行い、ダメージの精査に乗り出した。
チュニジアの現地TAPニュース報道によると、同国のリゾート地ハンマメットでは、一部のホテル従業員がトーマス・クック利用客に対し、宿泊費を余計に支払うよう求めるなど「人質」扱いされるケースが起き、観光省が対処した。チュニジア政府は、すでに問題は解決しており、旅行者が出国を足止めされることはないとしている。