韓国では、美容整形から旅行代理店、ホテルチェーンまで外国人観光客を重要な収入源とする接客サービス業界全体で、足元の政治危機が長期化した場合に生じる悪影響に警戒感が広がっている。ユン大統領が2024年12月3日に非常戒厳を宣言して以降、旅行をキャンセルする動きが見え始めたからだ。
2023年に韓国の旅行・観光産業が生み出した金額は84兆7000億ウォン(8兆4700万円)と、国内総生産の3.8%前後を占めた。2016年の大統領弾劾や断続的に訪れる北朝鮮との緊張といった過去の逆風にも、この業界は耐えてきた。
しかし、業界関係者や関係省庁らによると、軍が関与した今回の政治危機は深刻。韓国への観光旅行や出張を妨げ、10月時点でようやく訪韓外国人がコロナ禍前の97%と全面的な回復が近づきつつある業界の足を引っ張りかねないという。
旅行需要の落ち込みをめぐって、業界幹部らと協議した呉世勲ソウル市長は12月11日に「ソウルの安全に関する問題のせいで、観光産業が冷や水を浴びせられる懸念がある」と語った。「ソウル訪問を中止したり、滞在日数を短縮したりする事例が増えつつある」とした上で、英語と中国語、日本語で「ソウルは安全です」と訴えた。
国会周辺では大規模な抗議運動は続いているものの、ソウルの日常風景や旅行者の行動は普段と変わっていない。複数の専門家からは、韓国の統治機構は「抑制と均衡」の機能が保たれていると評価する声も聞かれる。
それでも旅行業関係者の話では、一部の外国人は予約をキャンセルし、状況が変わった場合に予約を取り消せるかどうかの問い合わせも出てきている。「フェアモント」や「ソフィテル」といったブランドでホテルを展開するアコーホテルズは、今月3日以降のキャンセル率が11月に比べて5%ほど高まったと説明した。
韓国ツーリズム・スタートアップ協会は6日、来年前半の予約件数が急減していると発表した。
ソウル屈指の繁華街、江南(カンナム)地区にある美容整形クリニックも、戒厳令以降に外国人からのキャンセルがあったという。「現段階では心配していない。しかしこの状況が続くようなら、外国人の来訪数に影響が出てくる」と危惧する。
「韓流」ブランドに痛手か
韓国の「国家ブランド」推進を担う政府機関の責任者は、これまで固有の文化や経済的成功などのおかげで改善してきたブランドにとっても、今の政治危機は大打撃になる恐れがあると不安を漏らす。
韓国のドラマや音楽、美容は「韓流」として一躍世界的に有名な存在となり、安全だという評判や、サムスンなどの国際的ブランドとともに同国のいわゆるソフトパワーの重要部分を形成し、政府が外国人旅行者を呼び込む力になっている。
2019年に年間3000万人だった外国人旅行者を2027年までに、ほぼ倍増するというのが政府の目標だ。戦略の一環として国際会議や展示会など企業・団体・国際機関などを対象とするMICEを重要視している。韓国MICE協会の事務局長は、政治危機が来年初めまで持ち越されれば、これらの需要にも響きかねないと警鐘を鳴らした。
リスクコンサルティングを手がけるコントロール・リスクス・グループのディレクター、アンドルー・ギルホルム氏は「韓国がこの差し迫った未曾有の局面を乗り切り、新たな選挙への明確な道筋につなげられれば、それほど悪影響にはならないと思う」と述べた。これらの問題への解決能力を証明することで、長期的にはかえって韓国の評価が上向くかもしれないとの見方を示した。
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