海外への修学旅行、その実情と乗り越えるべきハードルとは? グローバル人材育成に向けた課題を整理した【コラム】

みなさんこんにちは。

日本修学旅行協会の竹内秀一です。

2023年度の中学校・高校の修学旅行の実施状況をみると、国内修学旅行については完全にコロナ禍前に戻っています。一方、海外修学旅行の実施率も徐々に回復してきていますが、それを牽引しているのは主に私立の中学校・高校で、公立の戻りは鈍いままです。

その理由は、コロナ禍の最中に進んだ円安や物価高騰に伴う旅行費用(航空運賃や燃油サーチャージ等を含む渡航費用、宿泊費・食費や体験活動に要する費用等を含む滞在費、保険料など)の上昇によるものと考えられます。

そこで、今回は高校の海外修学旅行にスポットを当てて、その教育活動としての意義や課題などについて考えていきます。

私立を皮切りに、グローバル人材育成を意識

文部科学省は、高等学校等(高等学校、中等教育学校後期課程、特別支援学校高等部)における国際交流等の状況に関する調査を隔年で実施しています。その調査結果について、海外修学旅行を実施している高校数の推移をみると、2000年度までは、かなりのスピードで実施校数が増えていますが、それ以降、コロナ禍の2021年度まではほぼ横ばいであることがわかります。

2000年代に入り横ばいになった海外修学旅行

私立高校の場合は、生徒募集にプラスになるということもあり、早くから海外修学旅行を実施する学校がありましたが、1990年代に入り、公立高校を含めて海外修学旅行が増えていった背景には、急速に進む社会のグローバル化への対応として、学校教育においてもグローバル人材の育成が意識されるようになったことがあげられます。その結果、教育目標に「異文化理解」や「国際交流」などを掲げる学校が増え、その目標到達に資する教育活動の一つとして海外修学旅行が位置づけられるようになりました。ちなみに、公立高校初の国際高校として都立国際高校が開設されたのは1989年のことです。

また、1995年には1ドル=79円という水準に達するなど、90年代には円高傾向が続いたことも、海外修学旅行の増加を後押ししたと考えることができます。

鈍化の背景に海外修学旅行の費用上限

2000年代に入ってからの伸びの鈍化は、やはり旅行費用の問題が第一の要因かと思われます。とくに公立高校の場合は、保護者の費用負担に対する配慮が私立以上に必要とされるため、いくら「グローバル人材の育成」に資するといっても、そう簡単に旅行費用がかさむ海外修学旅行を実施することはできません。一部の自治体が、修学旅行実施基準に修学旅行費の上限を定めているのは、保護者の費用負担に配慮してのことなのです。

自治体によって異なる海外修学旅行費用の実施基準

それにしても、現在の費用上限では、公立高校が海外修学旅行を実施するのはかなり難しくなっています。たとえば、2026年度に台湾修学旅行を計画しているある都立高校に旅行会社から提示された見積費用は11万3090円(税別、燃油サーチャージ別)で、東京都が定める海外修学旅行の費用上限11万5000円ギリギリの金額でした。費用上限がこのままなら、公立学校の海外修学旅行はやがて実施できなくなってしまうのではないか、という懸念が生じてきます。学校が掲げる教育目標との関わりからしても、ある程度の上限見直しは必要なのではないかと思います(東京都では海外修学旅行の経費を見直し、2025年度から「上限額11万5000円」を「標準額11万5000円」とすることになりました)。

乗り越えなければならないハードルとは

さらに、海外修学旅行を実施する際には、学校としてクリアしなければならない課題が国内以上に多いことも要因としてあげられます。

学校はその教育活動において、生徒の安全・安心の確保を最優先に考えなければなりません。

生徒たちが普段生活している学校を離れて行う校外での学習活動では、なおさらそのことを考慮する必要があります。とくに海外修学旅行では、旅行先の国・地域の政情や治安の良否、日本との関係や人々の対日感情、感染症の流行状況や医療体制、さらにアレルギーへの対応として旅行先での食事内容についても確認しておくことが大切になってきます。最近では、さまざまな国籍の生徒が在籍している学校も多く、その生徒たちが旅行先の国・地域に入れるかどうかといったことも確かめておく必要があります。

このようなハードルを乗り越えて海外修学旅行を実施するには、学校や先生たちの高いモチベーションと保護者の理解が欠かせないのです。

学校が海外修学旅行を実施するねらいとは

それでは、学校が海外修学旅行を実施するねらいは何なのでしょうか。

生徒たちが海外の空港に降り立ち、外に出て最初に感じるのは、日本とは異なる空気やにおい。街なかで見かける人々の佇まいや聞こえてくる様々な音、初めて口にする食事の味…。まずは、このような日本との「違い」を五感で直接感じとること。そして、旅行先の人々との交流を通して自分とは異なるものの見方・考え方に触れること。その体験を通して、自らの視野を広げ、国際感覚を身につけることではないでしょうか。さらに、これまで学習してきた英語を使って旅行先の人々とコミュニケーションをとることも、学校としては生徒たちに試みてほしいことだと思います。

実際、海外修学旅行では、ほとんどの学校が旅行先の学校の生徒たちとの交流を重視し、行程に組み込んでいます。また、旅行先の大学生が修学旅行生のグループを案内して街を歩くB&S(ブラザー&シスター)プログラムも多くの学校が実施している人気の体験活動です。

高等学校学習指導要領では、修学旅行をはじめとする「旅行・集団宿泊的行事」の内容として「平素と異なる生活環境にあって、見聞を広め、自然や文化などに親しむ」ことが示されていますが、海外修学旅行は、まさにこの内容に合致したものといえるでしょう。

海外修学旅行を体験した生徒たちの感想

実際に、海外修学旅行を体験した生徒たちの感想を見てみましょう。

1. 今まで海外に行ったことがなかったが、自分の世界観が広がったように思う。また、グアムとは戦争の歴史があるけれども、日本人の私にも親切にしてくれ、過去を越えて未来をより良くしていくことが大事だと感じた(大阪府立高校生、旅行先はグアム)。

2. 海もきれいで街の雰囲気がとてもよかった。気温や空気、服装が全く違い、バイクの4人乗りを実際に見て驚いた(大阪私立高校生、旅行先はベトナム)。

ベトナム・ダナンの高校にて

3. イスラム教やイスラム教徒に対し、厳しい戒律や一部の過激な思想ばかり取り上げたイメージが固まっていたが、私の考えは180度変わった。今までイスラム教徒はイスラムの教えにがんじがらめにされていると勝手に思っていた(東京都私立高校生、旅行先はマレーシアとブルネイ)。

4. 日本の言葉や習慣を現地の学生さんに教えるとき「台湾ではこれは珍しいんだなー」「日本のこんなところに驚くんだなー」と自分にとっては当たり前のことを教えることに不思議な感覚を抱いた。でもきっとそれは現地の学生さんも同じだろう(岡山県立高校生、旅行先は台湾)。

台湾・台北の夜市にて

海外修学旅行への強力な支援を

外務省の旅券統計によれば2024年(1~12月)の日本人のパスポート保有率は17%で、韓国や台湾に比べてもかなり少なく、日本の若者が海外に出る率も低いとされています。若いうちに海外を体験することは異文化を理解し、国際感覚を身につけるうえで極めて大切であることは誰しもが理解していることと思います。

高校生の海外留学については、それを促進するために国などが様々な支援をしていますが、留学を希望する生徒はもともと海外に興味・関心のある生徒で、そうでない生徒は留学などは、はなから頭にないでしょう。

しかし、修学旅行は授業と同じく、実施する学年の生徒全員が参加することが大前提になっています。したがって、その時点で海外に興味・関心を持っていない生徒でも否応なしに参加することになりますが、その体験をきっかけに海外や異文化、国際交流に目が向くことも考えられます。つまり、海外修学旅行は、多くの生徒に自ら「海外に踏み出す第一歩」を与えることができる教育活動なのです。

海外留学をうながす前に、まずは、海外修学旅行を活発化させるための国や自治体からの強力な支援が必要なのではないかと思っています。

竹内秀一(たけうち しゅういち)

竹内秀一(たけうち しゅういち)

(公財)日本修学旅行協会理事長。東京教育大学文学部史学科(日本史専攻)卒業。神奈川県立、東京都立の高等学校教諭(いずれも日本史担当)、都立高等学校副校長を経て都立高等学校長。東京都歴史教育研究会会長、全国歴史教育研究協議会副会長。昨年度まで順天堂大学国際教養学部の非常勤講師として教職課程担当。

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